第24話 ホンダG1
小熊がカブであちこち走り回るようになって数日、一つの節目となる時を迎えた。
中古で買った走行距離500km少々のカブは、納車以来の累積走行距離が100kmを超えた。
買ってしばらくの間は自宅アパートから学校まで2km少々の距離を往復していたカブは、小熊が幾つかの装備を買い足すことで一日あたりの走行距離を大幅に増やし、100kmのうちの後半50kmはここ数日で走った距離。
小熊の行動半径も大きく変わった。
60km巡航が出来るようになったカブで甲州街道を走り、隣の韮崎市に行ったり、中央本線の線路沿いに走って北杜市の中心部である須玉の市街地に行ったりもした。
奨学金頼りの生活費をカブで散財したこともあって、特に何を買うでもなくただ行って帰るだけの原付散歩だったが、小熊の中で、自分に認識出来る範囲が拡大されていくのがわかる。
小熊は走るという行為を楽しんでいた。
自分の足と違ってエンジンで動く機械製品のカブには、走らせるために色々とやらなきゃいけない事もある。
朝の通学時間に走行距離100kmを達成した小熊は、必要な用事を学校帰りに済ませることにした。
燃料計を見る限り、納車してすぐ満タンにしたガソリンはまだ半分少々しか使ってない。でもカブに必要なのはガソリンだけというわけでもない。
駐輪場でハスラー50に乗る礼子と別れた小熊は、学校を出て自宅アパートとは逆の方向にカブを走らせる。
そのまま2kmほど県道を走ったあたりにある、青い建物の前にカブを停めた。
小熊がこのカブを買った中古バイク屋。店頭でバイクをいじっている禿頭の男に挨拶すると、彼は顔を上げてカブを見て、それから小熊を見た。
「約束通り持ってきたな」
小熊はゴーグル付きヘルメットを外しながら禿頭の店主に言った。
「オイル交換をお願いします」
禿頭の男は小熊がそう言うやいなや、まだエンジンの熱いカブのハンドルを手に取って店舗の中へと転がしていった。
センタースタンドをかけたカブの下にプラスティクの受け皿を置き、エンジン下部のボルトにレンチをかける。
レンチで緩めたボルトを手で回し、手早くエンジンから抜き取ると、中からエンジンオイルが流れ出てきた。
走行100kmでのオイル交換は、小熊がカブを買った時にこの店主から言われたこと。
100kmで一回。500kmでもう一回交換し、それ以降は1000kmに一回。
その頃には自分でオイル交換できるようになっているのが望ましいらしい。
小熊が横で見てる限り、ボルトを外してオイルを抜き、ボルトを締めた後、エンジン上部のキャップを外して新しいオイルを注ぐという作業は難しいものでは無さそうだった。
次のオイル交換でもう一回作業を見せて貰って、礼子に聞いたり学校の図書室で見るインターネットで調べたりすれば自分でも出来そうだ。
このカブに乗り続けるためにお金がかかるのが必然なら、出来ることは自分でやって出費は出来るだけ少なくしたほうがいい。
そのためにとりあえず必要なのはボルトを外す工具と、今カブに入れているエンジンオイル。
オイル補給を終えた店主は、エンジンをかけてアクセルを吹かし、一度エンジンを止めてオイルキャップについたレベルゲージでオイル量を確認している。
横で見ていた小熊は、ホンダG1と書かれたオイル缶を指差して禿頭の店主に聞いた。
「これ、ここで売ってもらえるんですか?」
「売ってるよ、どこでも売ってる」
ここ数日の習慣となったカブでの徘徊で、ホームセンターにも行くようになった小熊。
車やバイクのエンジンオイルには高価なもの、安いもの、色々な種類があることは知っている。カブに使うためにはどのオイルを買えばいいのかはわからない。
「このオイルを買えばいいんんですか?」
「これが一番いいな」
カブのオイルを交換し、ブレーキやタイヤ、電装など各部の点検を行った禿頭の中古バイク屋は作業を終え、五百円、と言う。ガソリン満タン一回分。高いのか安いのかはわからないけど、必要なコストなんだろう。
小熊はお金を支払いながら、横目でオイル缶を見る。
いつになるかわからないが、あと500km走った後の二度目のオイル交換もここに頼むことになるだろう。その次からは自分で交換することになる。
ホンダG1。小熊はオイルの名前を記憶した。
ホンダ・スーパーカブに使用するエンジンオイル。カブオーナーの間で最も多く名が挙がるのは、ホンダ純正オイルG1。
ノーマル、チューンドカブ、ヒストリックと言われる旧いカブを大事に乗る人まで、口を揃えてホンダG1が一番いいと言う。
廉価な自動車用エンジンオイルを使うと、添加されている研磨剤でクラッチの滑りを起こすと言われ、高価高性能なバイク用エンジンオイルも、合成油特有の均一的な成分が逆にエンジンに負担をかける。
鉱物油に最低限の添加剤。ホンダG1はスーパーカブとともに進化してきたオイルと言われている。
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