第59話 二人乗り

 修学旅行への合流を認められた小熊は、カブとほぼ同時にバスで到着した他の生徒と共に旅館の一室に落ち着いた。

 山梨から鎌倉への修学旅行。移動距離をケチった替わりなのか、学校行事にしては高級な宿。上品な木の香りがする和室で小熊は畳の上に座り込む。

 自宅からカブのガソリンをほぼ使い切るほどの距離を走ってきた体には、まだエンジンの振動が残っている気がする。お尻の皮も擦れて少し痛い。

 部屋には小熊と礼子、あとは特に話したことの無いクラスメイトが二人。向こうはいつも一緒に居る二人組らしく、特に小熊や礼子とは喋ることなく二人で携帯をいじってる。

 礼子がお茶を入れてくれたので、畳の上に足を投げ出したまま卓の上に置かれた茶菓子を摘んだ。仲良しな二人を眺めていた小熊は、特に仲がいいという意識を持ったことの無いバイク仲間の礼子を見た。 

 礼子は急須を手に小熊を見つめ返してくる。言いたいことはわかった。北杜から鎌倉までのカブツーリングで何があったのかを聞きたいんだろう。小熊は礼子から視線を外し、自分の旅行バッグに手を突っ込みながら言った。

「お風呂、入りに行こう」

 礼子も自分のバッグを開けて、タオルや着替えを取り出しながら言う。

「行こう!」

 話すことなら少しある。


 旅館の風呂で長距離移動の疲れを癒し、待ちに待っていた夕食を楽しむ。礼子は小熊から聞いた、御殿場でカブをパンクさせて困っていた少年を助けてあげた話、その後受けた誘いを断った話を聞いて転げまわるほど笑っていた。

 豪華な夕食を終え、部屋に戻った小熊と礼子は、布団を敷いてからも話し続けた。あんまり楽しそうに喋ってるので、同室の二人も寄ってくる、原付には乗ってないが興味はあるらしい。

 小熊と礼子は、バイクに乗る者として、あの宝石みたいな時間と、それを得るために必要となる様々な面倒事を知っている人間として色々と教えてあげた。二人は興味を惹かれているような、居ないような顔をしていた。

 旅の疲れと幸せな満腹感でぐっすり眠った翌朝。今日は修学旅行の予定の一つ、自由行動の日で、事前に自分で計画し教師に提出した予定表に従い、近隣の寺社や名所を回る。

 小熊と礼子は江ノ電に乗って長谷の大仏をはじめとする鎌倉の名所を巡る模範的な予定表を出している。教師から行動予定の再確認を受けた小熊と礼子は、旅館を出る。


 一度歩いて旅館を出た二人は、そのまま旅館の周りを半周して建物の裏手から敷地に入る。従業員用の駐輪場。そこには小熊のカブが停まっている。

 教師からは修学旅行中はカブを旅館に預けるように言われている。しかしながら特にペナルティを言い渡されているわけでもなく、運悪く見つかったとしてもせいぜい修学旅行を欠席扱いになるくらい。

 これじゃ教師に見つかり、旅行先から追い返されることを覚悟して夜中に女子の部屋に忍び込む男子と同じだと思ったが、きっと男が女を、女が男を求める気持ちよりずっと厄介なものに違いない。

 礼子はどこで手に入れたのか、旅行バッグからスケボー用のヘルメットを取り出した。小熊はカブが盗まれたと騒ぎにならぬよう、旅館の関係者に話を通しておく。

 礼子はカブの車載工具を取り出し、ネジ四本だけで留まってるカブ後部の荷物箱を荷台から取り外し、蓋を開けた荷物箱から出したヘルメットを小熊に放り投げる。受け取って頭に被った小熊は、続いて飛んできたグローブを装着する。

 小熊はカブのエンジンをかけ、礼子は荷台に跨る。少々の暖気の後に二人乗りのカブは走り出した。

 自由行動日にはカブでどっか行こうと言い出したのは礼子だった。小熊は重荷でクラッチが減ると言ったが、礼子がクラッチはディスク単体で部品を取寄せれば千円少々、私が組んであげると言う。そこで断る理由は無くなる。元より小熊には最初から断る積もりも無かった。

 何か大事な話があることには、気付いていた。


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