第12話 ボックス
ここ数日の原付通学と昨日の寄り道を経て、小熊はカブを日常の足に使うことに少し慣れて来た。
朝起きて弁当を作り、朝食を取ってから教科書、ノートの詰まったディバッグとキルティングのヘルメットバッグを肩にかけ、ヘルメットとグローブを手に取ってアパートの駐輪場まで行く。
カブのエンジンをかけて暖気しながらヘルメットを被り、グローブを嵌めてヘルメットバッグをディバッグの外ポケットに突っ込んだ。
ここまでの手順はもう何も考えずとも出来るようになった。ディバッグを背負い直してカブに跨り、アパートの駐輪場を出る。ここから県道をまっすぐ走るだけの通学コースも勝手知った物。
2kmほどの通学コースを走り、学校のバイク駐輪場にカブを停める。隣にはスズキのオフロード原付バイク、ハスラー50。
原付通学を認められている高校。駐輪場のほとんどを占めるスクータータイプの原付と違って、サイドスタンドで傾けて停められているハスラーは見た目が不安定。
傷だらけのハスラーが風で倒れて、自分の原付を壊されたらたまらないと思ったのか、ハスラーの左右はいつも一台分ほど空いている。
小熊はハスラーの隣にカブを停め、メインスタンドをかけてキーを抜いた。
別の鍵穴を回してハンドルロックをかけ、グローブとヘルメットを外した小熊は、ディバッグから取り出したヘルメットバッグにそれらを入れ、肩にかける。
もう無意識に出来るようになった作業。カブは小熊の生活に馴染んでいた。
そして最近の小熊に訪れたもう一つの変化。礼子という同級生。
今朝も自分の席で文庫本を読んでいた礼子は、ディバッグとヘルメットバッグを持った小熊が横を通っても顔を上げることさえしない。
小熊も席につく。午前の授業が始まった。数学の小テスト。発表された小熊の点数は中の上くらい。礼子はクラス一位だった。
カブに乗り始めても変わることのない授業。一つあるとすれば小熊に放課後の楽しみが出来たことくらい。
昨日の学校帰り、1km少々の寄り道で見つけたショッピングセンター。スーパーマーケットとホームセンターの二棟からなる郊外型店舗。
今日はホームセンターの方に行ってみようかな、と思ってるうちに、午前の授業が終わり昼休みが始まった。
礼子がお弁当の入ったバッグを手に自分の席にまっすぐ近づいてくる。
「じゃ、行こうか?」
昨日と同じく強引に腕を引く礼子。小熊は慌てて自分の弁当とお茶の入った水筒を手についていった。
カブと違って、こっちにはまだ慣れない。
駐輪場で自分の原付のシートに座りながらお弁当を食べた。
礼子は自分のハスラーの上で教室の狭苦しい椅子よりリラックスしたような感じ。
小熊はカブに跨ったが相変わらず安定しない。礼子を真似て横座りしてみた。こうすると案外座り心地がいい。
礼子は大きなコッペパンにソーセージや炒り卵が入った弁当を旺盛な食欲で食べながら、無糖の炭酸水を飲んでいる。
小熊はいつも通りの白飯とレトルト。昨日の買い物でレトルト食をまとめて買い込んだので、今日はその中でも一番好きなカレー。
ただし冷えてない奴に限る。今日は電子レンジの列に並んで温めなおせば良かった。
礼子は相変わらず一方的に喋る。今日の話の内容は近くやってくる夏休みに出かける予定だというツーリング計画について。
「テントもシュラフもあるんだけどね。積めるかなーって。こういう時はカブが羨ましくなるわー!」
ハスラーのシートを叩きながら話す礼子。確かにスーパーカブには礼子のハスラーより大きく頑丈そうな荷台がついている。
それでも荷台はただの荷台。荷物を置いても走れば転がり落ちる。
小熊が前に乗っていた自転車についていたカゴすら無く、昨日の買い物も毎日の通学でも、荷物は全部背負って走っている。
それまで礼子の話に相槌を打つだけだった小熊は、手を伸ばして礼子のハスラーに触れながら言った。
「これは?」
ハスラーの後部にある小さなキャリアには、灰色の蓋がついた緑色の箱が固定されていた。
小熊が触った感じではプラスティックで、かなりしっかりした作りになっている。
「ボックスだけど?ホームセンターに行けばどこでも売ってるアイリスオーヤマのRVボックス。鍵もかけられて便利よ」
小熊が礼子のハスラーの中で唯一うらやましいと思った箱は、昨日行ったスーパーの隣にあるようなホームセンターで売っているという。
小熊は居ても立ってもいられない気分になった。早く午後の授業を終えて、あのホームセンターに行ってみたい。
今の小熊には、それを可能にしてくれるカブがある。
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