第19話 ヘルメット

 少し遠回りしてアパートに帰った小熊は、荷物箱の時と同じように夕飯を食べながら思案した。

 顔と目に当たる風がスピードを上げる障害になっているのなら、その風を防御すればいい。

 お弁当の余りご飯で作った卵とネギだけのチャーハンを勉強机兼用のテーブルに置き、食事中も考えるべく皿の横にヘルメットを置いた。

 主におかずの品数的な意味で寂しげな夕飯が少し賑やかになった気がした。

 部屋でいつも聞いているラジオを流しながら片手でチャーハンを口に運び、ヘルメットを眺める。

 カブを買った時にサービスでつけて貰ったアライ・クラシックのヘルメット。

 顔以外を覆うシンプルなジェットタイプのヘルメットで、Sサイズの帽体は小熊の頭にピッタリ。ついでに白一色の地味な外見もどうやら自分にお似合いなんだろうと思った。

 以前高校の農業実習で被った作業用安全帽と同じヘルメットとは思えないくらい被り心地がいい。風対策さえ出来ればこれから先もずっと使えるに違いない。

 外で見かける他のバイク乗りみたいに、ここに透明な覆いをすればいいんじゃないかと思った。ヘルメットの開口部にはそれを固定するためのスナップボタンも付いている。 


 ヘルメットというのはどこで買うのか?その透明な覆いだけを買うことは出来るのか、チャーハンのフォークをくわえながら手に持ったヘルメットをひっくり返した。

 まだ真新しい樹脂の匂いがする内装。パッド部分を指で引っ張った、ベルクロで固定されたパッドはベリっと剥がれる。外して洗えるらしい。

 パッドの奥にタグがあったので見てみる。アライヘルメット特有の検品責任者のハンコが押印されたタグと、製造元が印刷されたラベル。

 本社はさいたま市大宮。ここまで買いにいかなくてはいけないんだろうか?

  山梨の北寄りにあるここから埼玉までなんてカブで行ける距離じゃないし、電車で行ったら往復で幾らかかるか。とても現実的な方法とは言えない。

 このヘルメットをどうにかしようと思ったけど、わかったのは何もわからないということだけ。

 奨学金暮らしのアパート。情報を得られるものはラジオとウェブの使えない契約の携帯電話だけ。資料を探しに行こうにもここから一番近い書店は車で30分はかかる韮崎の駅前にしか無い。

 これ以上考えても意味無さそうだと思った小熊は、風呂に入ってノートをめくる程度の予習復習を済ませ、布団に入った。

 枕の横にヘルメットを置いて眠りについたが、夢の中でも答えは得られなかった。


 翌朝。

 相変わらず顔が無防備なヘルメットを被り、カブで学校に向かう。やっぱり40kmくらいの速度では大丈夫だけど、それ以上のスピードを出すと風や空気中のゴミが目に当たる。

 この季節に多い虫でも飛び込んできたらカブの操縦どころじゃなくなるだろう。

 無くても何とかなったけど欲しくて手に入れた荷物箱とは違う、安全に係わる事。 

 小熊はこの問題を先延ばしにせず、早急に解決しないとダメだと確信した。

 転じて考えれば、風対策さえ成されれば他にカブでこれ以上のスピードを出す上での障害は無い。

 カブを駐輪場に停め、ヘルメット後部の鉄製ボックスに収納する。隣に停まってるハスラー50を見て、礼子はどうしてるのかな?と思った。

 朝の礼子は相変わらず無愛想で、今日は道路地図を熱心に読んでいた。

 昼の授業を受ける。もうすぐ期末試験の時期。きっと今回も普通に試験勉強をしていれば普通の成績を取れるんだろう。

 予想外の事など何も起きない学校の勉強は、カブのように小熊をひっきりなしに困らせることも無い。

 小熊はカブのシートに座って食べるお弁当に思いを馳せ、早く昼休みにならないかな、と思いながら退屈な午前を過ごした。 

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る