第20話 インターネット
小熊は今日も礼子と一緒にお弁当を食べた。
最初は礼子からの一方的で強引な誘い。それは今も変わってないけど、今日は昼休みが待ちきれない理由があった。
もう昼食の定位置となったカブのシートに落ち着いた小熊は、お弁当を広げながら言った。
「ヘルメット、見せて欲しい、その、食べた後で」
こっちの一方的なお願いで昼食の邪魔をしてはいけないという気持ちもあったが、礼子は「ん、いいよ」とあっさり答えた。
黒パンにチーズを挟んだお弁当を片手で食べながらもう片方の手でハスラー後部のボックスを開け、中に入っていたヘルメットを放ってくる。
小熊は慌てて自分の弁当箱を抱え込みながら礼子のヘルメットを受け取った。
初めて見るわけではない。礼子が登下校時に被ってる見慣れたヘルメット。
オフロードタイプのフルフェイスヘルメットで、バイクの色に合わせた黄色いバイザーがついている。
それから、目を覆うゴーグル。
「被っていいわよ」
小熊は弁当をカブの荷物箱の上に置き、礼子のヘルメットを被った。顔の露出する小熊のジェットヘルメットとは違う。閉鎖した場所から別世界を見るような視界。
礼子のハスラーは環境や騒音の規制でパワーを落とされる前の原付で、特に改造しているわけでも無いながら80km弱の速度が出るという。
小熊がカブで達することの出来る速度の二倍近い速さの中では、この閉塞感が安心に繋がるんだろうと思った。
フルフェイスのヘルメットを被った姿をカブのミラーに映してみる。制服に似合わない。
小熊は礼を言って脱いだヘルメットを返す。礼子は受け取ったヘルメットを無造作にボックスに放り込んだ。
「それ、高価いのかな」
礼子はボックスの中のヘルメットより小熊のほうを見て言う。
「ヘルメットの値段は守るものの値段って言うしね。それなりに。これでもあなたのメットと同じくらい値は張るわよ」
小熊は自分のヘルメットをボックスから取り出す。片手で抱えたお弁当にはほとんど手をつけないままヘルメットを見つめ、言った。
「風が当たらないようにしたい」
礼子は手を伸ばし、小熊のヘルメットに付いているスナップボタンに触れながら言った。
「シールドね、売ってるわよ」
「どこに?」
「この辺で一番近いバイク用品ショップは甲府かなぁ」
小熊は考え込んだ。埼玉の製造元まで買いに行かなくてもいいことはわかったが、ここから20km少々ある甲府の街はカブで行ける距離じゃない。
カブで遠くに行くために必要なものを買いにいきたいのに。服を買いに行く服が無いというデパートのキャッチコピーを思い出した。
小熊とヘルメット、そして全然減ってないお弁当を見ていた礼子は、ハスラーのシートから立ち上がった。
「買いに行けるわよ、今から」
礼子はそう言うと小熊の腕を引く。小熊は食べかけのお弁当を抱えながらついていった。
昼休みの図書室には何人もの生徒が居た。
礼子は書棚のある場所とは別のスペースに歩いて行く。デスクトップのPCが並ぶ一角。
既に置かれている幾つかのPCの前には列が出来ていて、「一人十分まで」という張り紙が掲示されている。
図書室を見回した礼子は教師の姿を見かけ、呼び止める。
「生活に必要な用件のために使いたいんですが」
小熊は顔を知らない人だったが、礼子とは顔見知りらしい教師は図書準備室を指差して言う。
「あっちのPCを使っていいわよ。内装工事中だからちょっと騒がしいけど」
手短に感謝を延べ、勝手知った様子で図書準備室に入る礼子。小熊も教師にペコリと頭を下げてついていく。
図書室と同じくらい広い部屋の中に書棚や事務机がある図書準備室。隅では作業着姿の男性がこちらを見もせずに壁材を剥がす工事をしている。
机に置かれたノートPCは電源が入っていた。椅子に座った礼子は小熊にも座るよう促し、駐輪場で食べかけの弁当を口に運びながらマウスを操作した。
アイコンがクリックされ、ノートPCがネットに接続する。
小熊は一緒に暮らしてた母が失踪して以来、ネットをしたことが無いのを思い出した。
母と一緒に暮らしてた頃には自宅にPCがあったが、その時もネットで何か見た記憶はほとんど無かった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます