第26話 クーリエ

 期末試験最終日の放課後。教務課の先生が小熊に見せてくれた求人票は、少々特殊ながらわかりやすいものだった。

 アルバイトの内容は書類の輸送。夏休みの間、毎朝学校に来て各種の書類を受け取り、甲府にある提携校の職員室まで届ける。

 夏休みの間に行われる教員の研修で必要な書類の中には、ファックスやメールファイルで送ったり、郵送や宅配などで外部の人間に委託することが出来ない物も多く、それを運ぶ仕事。

 以前は教員の中で手の開いている人間が車で送り届けていたが、数年前から生徒の中からバイトを募集することになったらしい。

 謝礼は一往復二千円で、主に朝と夕方に二往復。必要なガソリン等の各種経費は謝礼の中に含まれている。

 カブであちこち走るようになった小熊にとって渡りに舟のバイトで、毎日仕事があるなら実入りも悪いものでは無い。夏休みの間も毎朝学校に通うことも、休日に寝坊をする習慣の無い小熊にとって負担にならない。

 小熊が好きな物を買うこともままならぬ奨学金暮らしであること。最近になってカブで通学するようになったことを知っている教師は、小熊に最適の仕事を紹介してくれた。

 小熊は仕事の内容に惹かれた。コンビニで買うバイト情報誌で探すよりもよっぽど割のいいバイトに違いない。少し考えてから小熊は返答した。

「明日まで、考えさせてください」


 期末試験の翌日。明日から試験休みが始まるという少々だらけた雰囲気の学校に、小熊はいつもより早く登校した。

 教室で国土地理院の地形図を真剣に見ている礼子に挨拶し、ブラウスに紺ベストの夏服の上に着た体育ジャージを脱いで席につく。期末直後の授業は特に内容も無いまま終わった。

 昼休み。いつも通り駐輪場で礼子と一緒にお弁当を食べながら、小熊は昨日紹介されたバイトのことを話した。

「クーリエじゃん。それ」

「クーリエ?」

 小熊が聞き返すと、礼子は説明し始める。

「正式には外交通信使。守秘上他者に預けられない外交書類を直接届ける仕事。今では運送会社の手持ち急送便のこともそう呼ぶわね」

 わかったようなわからないような顔をする小熊に、礼子は聞いた。

「で、その仕事を請けるの?」

 小熊は膝の上に乗せたお弁当を一口食べてから答えた。

「うん、やってみる」

 礼子は小熊より、彼女が食べているいつもと違うお弁当を見て頷いた。

 甲州とり飯弁当。JR甲府駅で売っている駅弁。


 小熊は書類輸送のバイトを請ける前に、実際に自分が走ることになるコースを見てから決めようと思った。

 アパートから10km少々の韮崎には行ったことがあって、それは自分にとって負担になるほど遠い場所で無いことを知った。でも、甲府はその倍の距離がある。

 遊びで行くわけでは無い。大事な書類を預かり、届ける仕事。途中でやーめた、と言うわけにもいかない。事故やカブの故障で立ち往生したら、他の手段で届け物を完遂しなくてはいけない。

 今朝、小熊はいつもより1時間半早くアパートを出て、早朝の道路をカブで甲府駅まで走ってみた。

 駅でお弁当を買って、来た道とは違う県道17号経由でアパート近くまで戻り、そのまま学校に行った。

 駐輪場でカブの距離計に記録された数字を見る。往復で40km少々。時間は片道30分くらい。往路は早朝で車の数が少なく流れの早い道路を、戻り道は通勤の車が増てくる混雑時間の道路を走り、小熊は自分にこの仕事が可能であることを確かめた。

 いつもの手製弁当よりもだいぶ高価い駅弁は、甲府までの往復したことを自己確認するための経費のようなもの。まだ働きもしないのに入ってくるお金を皮算用して、少し気が大きくなっていたのかもしれない。

 昼休みと午後の授業を終えた小熊は、駐輪場でいつも通り礼子と別れの挨拶をする。

 休日に誘い合って遊びに行くような関係ではない。次に会うのは9月の新学期。

「バイト頑張ってね、わたしも夏は走ってくるから」

「うん、気をつけてね」

 礼子がハスラー50で走り去った後、小熊は職員室に向かい、簡単な手続きを終えて夏休みの書類輸送バイトを始めることとなった。

 小熊は明日から、このカブと一緒にクーリエになる。

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