第37話 ログハウス
携帯で礼子に家の場所を聞いた小熊はカブに乗り、学校前の県道を自宅や日野春駅とは反対方向、南アルプスの山に向かう方角へと走り始めた。
道は単純で、県道を突き当たりまで走って右折。そこから更に走ると、ある企業の保養所があるので、その看板を目印に曲がって三軒目の家。
カブで家の周りを特に目的地を決めず走り回るようになった小熊が数回行ったことのある、北杜の別荘地。
さほど時間がかかることもなく教えられた家に着く。学校からの距離は小熊のアパートと大して変わりない。
簡易コンクリート舗装された山道にログハウスや2by4のセルフビルドハウスが住宅地のように並ぶ別荘地。行楽の季節とあって灯りの点いた家は多かった。
その中でも目立たない外観のログハウスが礼子の家らしい。表札らしき物を探すまでもなく軒先で礼子が原付バイクの洗車をしていた。
小熊がカブで走り寄ると、作業ツナギ姿の礼子が手を振る。
「カブはそっち」
小熊は少しためらった。礼子が指差したのはログハウスの正面。車一台分とはいえ表通りから見える位置。盗難の可能性を考えると、出来れば表からは見えない場所に停めたかった。
とりあえず礼子の言うとおりカブをログハウス前に停めると、ハスラー50の洗車を切りあげた礼子はログハウスの大窓を開ける。
それから床まである大窓とログハウス正面の敷地との間に、分厚い木の板を斜めに掛けた。
なるほど、招待されたのは私だけでないということかと小熊は納得した。
小熊は礼子の誘導に従って、カブをログハウスの室内まで運び入れた。
礼子のログハウスは散らかった印象だった。
十二畳ほどのリビングに梯子で上がる中二階がついた構造。室内の三分の一ほどが煉瓦敷きになっていてバイクを置けるようになっている。
残りのフローリング部分にキッチンやバス、トイレなどがある。後からハスラーを運び入れてきた礼子が、煉瓦敷きのスペースにカブと並べて置く。
「適当に座って、今お茶淹れるから」
とはいってもバイク用の煉瓦敷きスペースを除けば、座る場所は部屋の中心に敷かれた大きな羊毛のラグくらい。回りにクッションが幾つか置かれてる。
ラグの端にちょこんと座りながら小熊は言った。
「お茶より水がいい」
礼子はクスリと笑って大きなグラスを二つ取り出し、水道の水を注いだ。
愛媛にはオレンジ色の蛇口があってポンジュースが出てくるというのはネットのジョークだが、山梨、長野の山岳地帯では水道から南アルプス天然水が出てくるというのは本当のこと。
それゆえ二十年ほど前に輸入ログハウスの別荘がブームになった頃、ただの山林だった北杜のこの辺りは、中央本線の駅からバスで一本、中央高速のインターから三十分少々というアクセスの良さで別荘が次々と建ち、今では住宅地の様相を呈している。
部屋の隅に立てかけてあったちゃぶ台をラグの中央に置いた礼子は、コップを二つ置いてラグにどっかりと座り、グラスの水をゴクゴクと飲んだ。
小熊もグラスに口をつける。美味しい。井戸水らしき水は夏に飲むとひんやりとしていて、体に風が吹いたような気分になる。
水を飲んだ礼子はラグから立ち上がり、キッチンの冷蔵庫を覗き込みながら言った。
「晩御飯は何がいい?何があったかな?今日こっちに帰ってきたばかりでロクな物が無いのよ」
小熊もグラスを置いてラグから立ち上がり、室内に停めてあるカブの荷物箱を開けながら言った。
「買ってきてる。今作るから台所貸して」
礼子は驚いた顔をしている。小熊も自分がこんなことをするとは思わなかった。荷物箱から自分のアパートに帰って作る予定だった料理の材料が入った学校近くのスーパーの袋を出す。
「何作ってくれるの?」
小熊は袋の中身をキッチンのシンク横に並べながら、目を輝かせて聞く礼子に答えた。
「お好み焼き、苦手じゃないなら」
「お好み焼き大好きよ~」
体をくねらせて喜びを表現する礼子を背に、小熊はあまり料理に使われていないらしきキッチンで見つけた包丁とまな板を見つけ、キャベツを刻み始めた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます