第46話 原付の不自由
礼子の山小屋で過ごす二人の夜。
小熊は借り物の寝袋に包まって床に寝転がった。
ログハウスの床には分厚い羊毛のラグが敷かれているので、寝心地は悪くない。夏でも夜は冷房いらずと言われる山梨北部の中でも、礼子の暮らす別荘地は冷涼で気温も快適。
ちょっと遊びに行ったはずが、なりゆきで夕飯の食卓を囲み、何となく泊まることになってしまった。
横では礼子がビールケースを並べた上にマットレスを敷いた簡素なベッドの上で、携帯をいじっている。
いつもと違う環境で少し落ち着かない気分の小熊は、横の礼子に話しかけた。
「夏休み、どうする?」
小熊と礼子の夏休みは、あと一週間ほど残ってる。
宿題は日割りでやっているので休みの終わり際に慌てることは無さそうだけど、休みの殆どをバイトで過ごした小熊は、、やることが無くなってしまうと落ち着かない。
小熊の問いは礼子にとっても難解だったらしく、携帯を放り出した礼子はしばらくベッドの上を転げながら考えていたが、結局小熊に問いを返した。
「あなたはどうする積もり?」
小熊はさほど考えることも無く答えた。今日ここに来た本当の目的は、礼子に相談するため。
「免許を取ろうと思う」
礼子がベッドから体を起こした。
「免許って、自動二輪の?」
小熊は頷いた。
北杜から甲府までをカブで往復するバイトで、行動範囲の広まった小熊は、カブというバイクの便利さと面白さを知った。
同時に知らされたのは、原付というものの不自由さ。
建前上の法定最高速度は30km。小熊の暮らす山梨では、それを超えて走る地元の農家や学生の原付を警察が捕まえてるとこを見ることはそうそう無いけど、それでも速度違反には変わりない。
小熊は走行中、バックミラーにパトカーが映った時は、お目こぼしを見越して40kmまで速度を落としていた。
制限速度50km、実質的な車の流れがそれ以上の幹線道路でそんな事をするのは馬鹿らしいとしか思えない。
交差点での二段階右折とかいう難解な代物も然り。小熊は原付の二段階右折が義務付けられた三車線の交差点で、うっかり右折車線に入って交差点の警官やパトカーに注意されたことが何度かある。
バイトで知り合った甲府の高校に勤務する女教師によると、彼女の地元である神奈川県では、警官が右折車線に入った原付を見かけたら、そのまま何も注意せず、曲がらせてから捕まえて違反切符を切るようなことが横行しているらしい。
それじゃ街角の警官は現金自動支払い装置と同じだと思った小熊は、使い道を決めかねていたバイトの稼ぎを、街に居る制服を来たATMにくれてやるより自分のために使うことにした。
「バイクの免許を取る」
小熊の決意を聞いた礼子は言う。
「あなたのカブのわたしのハスラーも50cc。免許取っても変わんないわよ」
「それは後で考える」
それを聞いた礼子はベッドから起き上がった。部屋の隅まで駆けてってデスクトップPCのスイッチを入れながら言う。
「決めた、わたしも免許を取る」
小熊が何となく考えてた二輪免許取得。礼子は思いついた途端その場で、近隣の韮崎にある二輪教習所のサイトを開き、二人分の入校手続きを終えてしまった。
「教習は、明日の朝からでいいわね」
相変わらず強引で行動的な礼子。小熊は自分でも気付かないうちに緩んでしまいそうな頬を押さえて言った。
「じゃあ早く寝たほうがいい」
翌日から始まった小熊と礼子の二輪教習。
二人揃って行ったのは初日だけで、以後は各々が開いてる時間に一人で行くことになったが、夏休みの最終週が終わる頃、二人はほぼ同時に中型自動二輪の免許を取得した。
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