第15話 匿名性
小熊は今日もカブに乗って登校した。
相変わらずヘルメットとグローブをバッグにしまわなくてはならないカブにも、朝の教室では愛想の悪い礼子にも慣れてきた。
午前の授業は半分聞きながら半分は考え事をして過ごした。
カブに荷物を入れる箱をつけたい。
礼子のハスラーに付いていたボックスはホームセンターで見つかったけど、今の小遣いでは微妙に手が届かない。
ちょっと落ち込んだ小熊、でも、よく見てみると世の中にはカブに使えそうなハコやカゴがあちこちにある。
この中で使えそうな物を安価で譲って貰い、それをうまく荷台に装着すれば、せっかく買ったカブなのに通学や買い物の荷物が積めないという現状も改善される。
自転車で買い物に行ってた時は重さによろめきながら、割高な近くの店で買っていた米や灯油も、箱があれば簡単に買って帰れる。小熊は午前中ずっと箱のことを考えていた。
女子高生に似合わぬ考え事ながら、案は色々浮かぶ、農家の集荷箱、スーパーの買い物カゴ、ゴミ集積所にある折りたたみコンテナ、いらなくなったスーツケースやクーラーボックスも使えるだろう。
いつのまにか午前の授業が終わり、今日も礼子が駐輪場での昼食に小熊を誘う。
小熊も今日は礼子が腕を引く前から弁当を持って席を立ち、礼子の後ろからついていく。
きっと今日も礼子が一方的に喋るだけの昼休みになりそうだけど、小熊にも話すことくらいある。
駐輪場に停めた各々の原付に座った礼子と小熊は、一緒に弁当を広げる、礼子は黒パンにハムとチーズを挟んだもの、小熊は白飯にレトルトの麻婆丼。
礼子が夏に行こうとしているというキャンプツーリングについて話し終えた頃、小熊は礼子のハスラーに触れながら言った。
「これ、昨日ホームセンターで見つけた、高くて買えなかった」
「わたしは捨てようって人から貰ってきたけどねー、買うとけっこう高価いわね」
いつもは一言くらいで終わる小熊のお喋りが続いた。何か別の箱をつけようとしてること、色々考えてるけど、まずは探し回ってみようと思ってることを話す。
小熊の話を笑いながら聞いていた礼子は、首を傾げて何か考え事をしている。
「うーん、ちょっともったいないかもね」
勿体ないとはどういうことだろう?カブに箱をつけると何か損をするのか、意味をわかりかねた小熊は礼子に、目線で続きを促す。
「そういう箱つけてるとねー、バレちゃうのよ。おいお前昨日あの店に居たろ?ウチの車追い抜いたろ?ってね、カブのいいとこの一つはは匿名性だと思うのよ。でも箱があると、あいつのカブだってバレちゃう」
それもそうだと思った。小熊はカブの必要以上に目立たないところを気に入っていたが、箱をつければ他人からの注目という、小熊の苦手なものを呼び寄せてしまう。
昨日からずっと考えてたアイデアが全部無駄になった。小熊は頭を抱えて考え込んだ。これからもカブで荷物を運ぶ時にはバッグいに入れて背負うしか無いのか。
礼子は頭が混乱した様子の小熊を見て、言った。
「箱、欲しいの?」
小熊は頷く。
礼子はポケットから携帯を取り出し、「ちょっと待ってて」と言って駐輪場から離れる。校舎の影で何か話してた礼子は、短い通話の後で携帯を切って小熊のところに戻って来た。
「学校帰りにちょっと寄り道しよっか?たぶん気に入ってもらえるから」
小熊は礼子と、放課後のお出かけというものをすることになってしまった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます