第5話 バイク通学
はじめての原付通学をした小熊は、数台の原付が停まっているバイク駐輪場にカブを割り込ませた。
今までの自転車通学と変わったような変わらないような、少なくともこの季節に自転車で坂道を漕いで汗まみれになることは無くなった。
白無地の地味なジェットヘルメットを取った小熊は、地味な薄革のグローブを外して特に潰れてもいないおかっぱ頭の髪を手で少し直す、カブのキーを抜き、フロントフォーク根元にあるハンドルロックの鍵穴にキーを差して回す、次の週末にホームセンターに行ってバイク用のロックを買ってこようと思った。
まだ予鈴には余裕のある時間、教室に向かおうとした小熊は、自分がまだヘルメットを持っていることに気付く。
教室に持ち込むわけにもいかないが、まだ樹脂の匂いのする真新しいヘルメットを、カブの荷台に放り出して行くのも気が引ける、盗難の類をほとんど聞かない学校だけど、自転車だって駅前あたりに鍵をかけず置いておいて盗まれたんなら、悪いのは盗んだ奴だけではない。
どうしようか、やっぱり教室に持っていこうかと迷った小熊は、夕べカブの説明書を読んだ時のことを思い出した、カブにはヘルメットロックがついている。
荷台の下にあるヘルメットロックを見つけ出した小熊は、手に持っていたキーを差して回してみた、押し込まれたロックバーがパチンと音をたてて外れる、指でロックバーを押し込んでからもう一度キーを回す、外れた。
中古で買ったカブだけど使っても問題ないと判断した小熊は、ヘルメットのストラップを手に持ち、金具をロックバーに通そうとした、届かない。
ヘルメットロックが荷台の下の奥まったところにあり、ストラップがなかなか届かない、伸ばすとヘルメットが大きく頑丈な荷台にぶつかる、あれこれと角度を変え、知恵の輪みたいにヘルメットを回しながら、やっとロックバーにヘルメットの金具を通した、指でバーを押してパチンとロックする。
ヘルメットを固定するだけで随分時間がかかってしまった、時計を見ると予鈴が鳴る寸前、これではいつも時間ギリギリに自転車通学してた頃と変わらないと思いながら、焦る気持ちを落ち着かせようと髪をいじった。
自分の髪がヘルメットでどうなってるのか気になるが、近くに姿を映すのにちょうどいい窓が無い、些細なことに苛立ったのは、せっかくカブで通学してるのに、少なくとも時間に関しては自転車通学と変わりないという現状からなのかもしれない。
奨学金の積み立てをはたいて買ったカブを見る、さっき苦労させられたヘルメットロックが目に入った、明日からは教室に持って入ろうと決めた小熊は、カブの装備品の一つを目にした。
原付ならついているバックミラー、カブの標準装備は左側だけだけど、短期間で持ち主を三回変えたカブは右側にもホンダ純正のミラーがついている、ロックされたハンドルを少し動かし、カブのバックミラーに自分の姿を映した。
化粧なんてものに縁のない顔と、いつもと変わり映えしないおかっぱ頭が自分自身を安心させる、失踪した母が女は毎朝鏡を見なくちゃいけないと言っていたことを思い出した、予鈴が鳴る。
指先で前髪を少しいじった小熊は、カブのシートを一度撫でてから教室に向かった。
足取りは、昨日より少し軽い。
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