第57話 湘南
箱根の山を越えて小田原まで来た小熊は、一度カブをロードサイドのコンビニ前に停めた。
脱水症状を防ぐため時々口にしていたペットボトルのお茶が無くなりつつあったので、道順の再確認を兼ねて一休みすることにした。
普段よりお茶の消費が多い気がする。きっと富士山五合目や箱根などの高地を通ってきたことで、水分が汗や呼気になって出て行ったんだろうと思った。
コンビニで冷たい紙パックのお茶を買い、一口飲んでからペットボトルに詰める。百均のペットボトルカバーに入れているから、あと数時間は冷たいままのはず。
ペットボトルのお茶を口に運びながら全国地図を開く。現在地は国道一号線の小田原。このまま国道をまっすぐ行けば鎌倉。
全国地図には主要都市の市街地図も載っていたので、鎌倉のページを見て目的地である旅館の大体の位置を確認した。
旅行鞄の中に手を突っ込んで修学旅行のしおりを取り出し、添付されていた宿泊先旅館のパンプレットで地図と建物の外観を記憶する。
用を終えた小熊はペットボトルケースをカブの右膝あたりにあるコンビニ袋用のフックにブラ下げ、地図をボックスに仕舞ってカブのエンジンをかけ、走り出した。
ロードマップでは海沿いの道路だった一号線は、小熊の想像に反し周囲を建物に囲まれた幹線道路だった。
東西の動脈の割りに道幅の細い国道の左右には、商業施設や住宅が立ち並び、海は時々建物の間から少し見えるだけ。
海と一緒に見えるのは、国道一号線と並行する西湘バイパス。カブには通れない有料道路。
あの砂浜の上に作られた橋梁の道路で、眼前に海の広がる絶景を楽しめるのは、車や大型バイクに乗り、道路にも金を払った人間だけ。 ちょっと憎らしくなるが、ふと自分のカブを見て、本当にこのカブでは通れないのかな?と思った。
小熊ももう中型二輪の免許を持っている。このカブも礼子に助力を受けながらも排気量を上げて原付から原付二種に登録変更した。
もしかして、もう一回り大きいエンジンに載せ替えて登録を変更すれば、カブで有料道路を走るのも不可能では無いのかもしれない。
出来るかな、出来るか礼子に聞いてみようと気分が盛り上がる。そう思うと西湘バイパスに比べ殺風景な国道一号線の風景も、いずれ高速道路で移動するようになると見ることも無くなる、今しか味わえない物のように思えてくる。
幹線道路沿いのロードサイド店舗と新旧混ざり合った住宅街。その中に思い出したように海産物の販売店や加工工場が存在する、国道一号線西湘特有の、海沿いのような海沿いでないような風景を楽しみながら走っているうちに、カブは平塚に達した。
ここで道は二つに分岐している。湘南の内陸寄りを通る国道一号線と、海の直近を通る国道134号線。
鎌倉までの距離は一号線のほうが短く、地図で見る限り市街地を避けているので車の流れも良さそう。より早く目的地に達するなら一号線だろう。
小熊はさほど迷うことなく、カブを海沿いの一三四号線に滑り込ませた。
ついさっき有料の海岸道路を見て羨ましい思いをさせられたばかり。タダで海を見ながら走れるとあっては走らない手は無い。
最短で安全な道路を出来るだけ効率良く走るくらいなら、最初っからカブで修学旅行を追いかけるようなことはしていない。
小熊は海が見える道路を潮風に包まれて走った。
つまり、わたしはこういうことをしにきた。
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