第51話 経路選択

 服装を整えた小熊は、ベッドの上に地図を広げた。

 少し前に古本屋で買った全国ロードマップを脇に置き、高速のサービスエリアに置いてある地図を指で追う。

 カブで高速道路には乗れないが、高速道路利用者だけでなく近隣住民にも開放されているサービスエリアは近年増加していて、小熊は以前物珍しさで中央道のサービスエリアに行った時、地図を数枚貰って来ていた。

 畳むとパンフレットサイズだけど、広げたら二万五千分の一の地図になっているので経路の選択に便利で、何よりタダ。

 見てみた限り、日野春駅付近の自宅から鎌倉にある修学旅行の宿泊先まで行くのには二つのルートがある。

 一つ目は甲州街道を甲府と勝沼の間あたりで南に折れて、御坂道と言われる国道139号に入り、そのまま御殿場、箱根経由で一号線に出て、小田原、湘南を経て鎌倉に至る道。

 もう一つは甲州街道を神奈川県の相模湖まで走り、そこから国道412号で南下。宮ヶ瀬、厚木を経て平塚で一号線に入り、鎌倉へと至る道。


 指で距離を測ってみたところ、どっちも同じくらいの距離。甲州街道は勝沼くらいまでしか行ったことの無い小熊にとって、どっちも知らない道。

 カブの弱点である上り坂が少ないほうを選ぼうにも、平面の地図では道路と地名から察しをつけるしか無い。前者の御坂道経由は箱根を、後者は笹子峠を越えることになる。

 どっちが最善の選択なのかわからない。いっそコインでも投げて決めようかと思ってた小熊は、地図の中に一つの地名を見つけ、部屋の勉強机から三色ボールペンを手に取った。

 甲州から御坂、御殿場経由の道路を赤いボールペンでなぞり、地図の端っこにある鎌倉まで線を引く。

 特にこっちの道を選ぶ理由があったわけではない。ただ、この道の途中には富士山の須走口がある。

 礼子がこの夏、ハスラーで登った山。結局頂上までは到達できず、九合目の先で転げ落ちた富士山。

 小熊はカブなら登れると大見得を切ったが、それなら下見の一つもしておくのもいいだろうと思った。時間に余裕があれば車道が通じてる五合目まで行き、礼子と同じく富士山を途中まで登った人間ってことになる。

 一応、相模湖、宮ヶ瀬経由のルートも、一つ目の道が何らの理由で使えない時のための保険として青いボールペンで鎌倉まで線を引いた。

 

 鎌倉近辺の詳細図が載っているロードマップを修学旅行のバッグに入れ、経路を書いた二万五千分の一の地図は、すぐ取り出せるように、たすき掛けしたウエストポーチに小さく畳んで入れた小熊は、部屋の水道とガスの栓を確かめた後、バッグとグローブ、ヘルメットを手に玄関へと向かった。

 下駄箱替わりの百均のラックを見ながら靴を選ぶ。

 とはいっても履く物をそんなに持ってるわけじゃない。通学用のローファとスニーカー、あとはカブに乗る時のために買ったプロケッズの布製バッシュ。

 叩き売りされてたため何足かまとめ買いしたバッシュの上に、最近買った靴があった。

 甲府のブックオフ系リサイクルショップで見つけた黒い革のショートブーツ。

 未使用中古にしては安かった足首までのブーツは、旧いスケート靴からブレードを取った物だった。

 靴底にブレード跡のネジ穴はあるけど、フラットなゴム底は歩きやすく走りやすく、何よりカブに乗るのにピッタリだった。

 新古品でまだ少し固いショートブーツを履き、紐をしっかりと結んだ小熊は、荷物を持って玄関のドアを開けた。

 両親が居なくなってこの部屋に来てから、数日に渡って部屋を空けるのは初めてかもしれない。もしも無事修学旅行に合流できたとして、明後日の夕刻に無事帰れるんだろうか。

 玄関前から部屋を振り返り、もう一度自分の暮らす場をよく見た小熊は、ドアを閉めて鍵をかけた。

 無事に帰ってこよう。そう思いながら、小熊はこれから旅を共にするカブへと歩み寄った。  

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