八蓮花あやめは、あの夏を思い出し...そして苦悩する
♦︎♢♦︎♢♦︎♢八蓮花あやめ side ♦︎♢♦︎♢♦︎♢
デクもデクで腰とか普通に抱いてたし、顔近いし、柚子さんもうっとりしてたし……カッコつけ過ぎ!
神代くんじゃないんだから、デクは誰にでも悪態をついてウザがられて、キモがられてぼっちになっちゃえばいい!
……違う。そんなこと思ってない。
わたしはみんなにデクのことを分かってほしい。
本当は優しくて、カッコいい……本物のヒーローみたいだって知ってほしい。
ただ……わたしだけのヒーローだと思ってた。でも分かる人には分かるよね、きっと柚子さんもデクが好きなんだ。
一年生の頃に一緒だったと言ってたから、その時にデクに助けられたのかな……モヤモヤする……これはきっと……嫉妬なのだろう……わたしは、嫌な子だ。
「八蓮花さん……八蓮花さん?」
「え?すみません、何の話でした?」
「……疲れてない?けっこうお客さん多かったから」
「ありがとう。大丈夫です」
「そう、じゃあどこからまわろうか」
「わたし、3年生の出店に行ってみたいです」
「僕もそう思ってた」
「じゃあ行こう!」とわたしの手を取る神代くん。え?神代くんがわたしの手を……?
「か、神代くん……てて、手が……つつ、つながってる」
「プッ……ハハ……八蓮花さん面白いね。手は繋いでるんだよ」
「でで、でも……他の人に見られたら」
「八蓮花さんは嫌なの?」
「い、嫌……とかじゃないけど……勘違いされると神代くんに迷惑がかかるから……」
「違うよ、迷惑をかけるのは僕のほうだよ」
どうして?神代くんはわたしのこと何とも思ってないんだよね?デクと話してるとき、どう断ろうか迷ってるって……好きではないようなことも言ってた。
じゃあどうして手を繋ぐの?
胸が苦しい……。
デク……デク……デク……わたしは、どうしたらいいの?
「僕は変わらなきゃと思っているんだ。……正直に言うよ。本当は悩んでた、八蓮花さんの誘いをどうしようかと。こんなこと言うとあれだけど、たくさん誘いがあったんだ。でも、誰か一人を選ぶと、その人が傷つくんじゃないかと思ってた。傲慢だね……。何様だと思うよね」
「そんなこと……」
「誰かが傷つくようなら守ればいい。そう思うようにしたんだ……でも、いきなり手を繋いだりするのは良くなかったね……ごめん。いろいろあって頭がぐちゃぐちゃなんだ。ただ、前に進もう進もうと思ってて……」
「神代くんでもそんな風に考えたりするんだ……」
「ハハ、僕は普通の高校生だよ……守日出と違ってね」
「――え?デ……守日出くん?」
「昨日、彼とちょっと口論になってね……いろいろ考えたんだ」
「……そう……なんだ」
「うん、八蓮花さん……どうして僕を誘ってくれたの?」
「――!わたし……わたしは」
わたしは神代くんがあのヒーローだと思ってる。そして、あのヒーローだとしたら伝えたいことがあるし、会わせたい人がいる。
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痺れを切らした
あとは小倉から乗り換えるだけ……だけど、わたしが小倉に迎えに行っても待ち合わせの改札に来ない。不安になり連絡するが携帯にもでない。
どうしていいか分からず窓口に向かった。
「大事な物だけん探してほしか。あれが無かと孫にあわすっ顔がなか!」
「そう言われましても、ストラップくらいならまた買われたほうが……それにいつか届けが来るかもしれませんし……待ってもらえれば」
「そがん待てん。今すぐに一緒に探して!」
双子ストラップ……つばきとわたしの手作りだ。小学生の時に千恵ばぁに手芸を教えてもらい、一緒に作ってプレゼントした物。
「千恵ばぁ……?」
「あやめ!聞かれてしもうたか!?ごめんよ〜あやめ〜……大事な大事な物を落としてもうた……ごめんよ〜」
「大丈夫っちゃ。今度はもっと上手に作るけね!そん時は、千恵ばぁもまた手伝ってよ!」
千恵ばぁは、泣きながらわたしに謝った。
そんな大切にしてくれてたんだ、と胸が苦しくなった。
探してあげたいけど千恵ばぁも一緒だから心配だ。そう思い、ふと千恵ばぁの荷物がないことに気付く。
「千恵ばぁ……荷物は?」
「うん?……ああ、荷物は探すとに邪魔だけん、ロッカーに預けと〜とばい」
「よくそんな気が回ったね」
「イケメンの男ん子がロッカーまで運んでくれて、窓口に相談してみたらどうかて言うてくれしゃってん」
「優しい人だね」
「大事な物やて言うたら、ストラップば探しとくけん窓口に行っといてって……そうや!あん子にも、もうよかよってゆわんと!」
「どんな子なん?」
「背ん高うしてイケメンで茶色ん髪ん男ん子。お礼にジュース奢るって言うたら、水みたいなん買うとったばい。最近ん子はジュース飲まんとやなあ」
「そっか……優しい人に出会えて良かったやん」
「あやめの彼氏にちょうど良かったばい」
「な、何それ、もう、千恵ばぁ!そんなん言うのやめて!」
とりあえず二人でロッカーに荷物を取りに行った。荷物を出していると駅員さんが走って来る。
「すみませ〜ん!ストラップはコレですか!?」
息を切らせて走って来た駅員さんの手の中には「双子ストラップ」が!
少し汚れていたが洗濯すれば大丈夫そうだ。
「ありがとうございます!」
「ありがとうね〜……良かった〜……本当に良かった〜……」
千恵ばぁはストラップを胸に抱いて、涙を流して感謝を伝える。
そんな千恵ばぁを見て涙が出た。
嬉しくて……千恵ばぁが傷付かなくて良かったと心底思った。
「いや……これを見つけたのは私ではないんですよ。男の子です……彼は清掃員に相談していたらしく、ダストボックスを手当たり次第にひっくり返して見つけてくれたんです……それで……申し訳ございません!」
「――え?どうして謝るんですか?」
「今日、彼が見つけてなかったらゴミとして処分されてました……あと……その男の子に言われちゃいました」
「言われた?」
「いや……彼に……おばあさんにはお孫さんと帰ってもらったと伝えたら……『人それぞれ大事なモノは違うだろ』って怒られちゃいました……10以上も歳下の子に……反省してます」
「『人それぞれ大事なモノは違うだろ』……その人の名前は分かりますか?」
「すみません……名乗らずに帰っちゃいました。でも高校は分かりますよ。「青蘭高校の一年生」です」
青蘭!?つばきの高校!同じ学年なら分かるかも!
「また会えたらお礼ばせんばね!」
千恵ばぁの笑顔が嬉しい。
「そうだね」とだけ返し、絶対に見つけてみせると心に決めた。
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「わたしは……感謝してるんです」
「感謝?僕はそんな感謝されるようなことしてないよ」
青蘭高校一年生、イケメン、背が高い、茶髪……そして他人に優しく接する。2か月の調査で該当するのは神代くんだけ。
茶髪といっても地毛の色素が薄いだけ、染めているわけではない。
ストラップ探してくれてありがとう。そう言うだけ……それだけで分かる。
「あの……神代くん!ストラップ……」
{あれって守日出の彼女なん?マジで可愛いんやけど!ウソやろ?}
{守日出って誰やねん}
{あんな子見たことない!芸能人やろ!}
{いやいや、芸能人ってレベルじゃねぇ〜ぞ}
{一般客だろ!この学校の子じゃないことは確か!}
{ギャル……いやアイドル……いや
{羨まし過ぎる……たまに腕組んでた}
{あんなのが彼女やったら、そりゃ他の女子なんてどうでもいいわ!}
{俺見てねぇ……どこにおる?}
{今年の蒼穹祭は、あの謎の美女で話題持ちきりの件}
{守日出って誰?二年?}
{蒼穹祭どうでもいいわ。美女探そ!}
デク……?美女って誰?一般客って……デクに彼女がいるってこと!?男子が慌ただしく廊下を走る。まるで芸能人がお忍びで来てて、それを見つけたかのように……ウソ……あっあれ?……膝にチカラが入らない。
「なんか盛り上がってるみたいだね。守日出には彼女がいたんだ」
「ど、どうだろう?見間違いってあるし……デ……守日出くんが特定の女子といるところは、想像出来ないっていうか……あの柚子さんの誘いも断ってたし……いつも暇そうだし……」
「……八蓮花さん、気になるなら探してみる?蒼穹祭をまわりながら」
「う……うん」
「ふふ、なんか八蓮花さん今日は雰囲気違うね」
「――え!そんなことない!……です」
「ハハハ、じゃあ行こう!」
蒼穹祭を憧れだった神代くんとまわってる。たい焼き、クレープ、チョコバナナ、甘いものばかりを口にする。神代くんが笑顔で話しかけてくれる、わたしを楽しませようとしてくれる。
ちゃんと笑えてるかな?
気を遣わせていないかな?
食べた物の味がしない。俯瞰して自分の顔を見たらどんな感じ?
わたしは最低だ……神代くんといるのに……デクのことを考えてる。
{いたってよ!}
{焼きそばのとこって!エロ可愛過ぎて、焼きそばをタダにしてたって!}
{男は誰?}
{知らんけど傷だらけのヤツ}
{ヤンキーってやつ?}
{喧嘩上等みたいな?}
{イキリ男子はモテるらしい……美女に}
廊下を走る男子を風紀係が注意する。神代くんも、やれやれとばかりに呆れ顔だ。
わたしも愛想笑いのように「なんか、すごいですね」と強がる。
男子生徒たちの隙間からデクの後ろ姿を見つけた。ドクンッと胸が鳴る。
視界の先に綺麗な人の後ろ姿、顔を見なくても可愛い
歩く姿は自信に満ちて……
デクとの距離も近い……
距離感を見れば相手の子がデクのことを好きなんだと分かる。
時折り背中に触れる手……
腕を取る自然な仕草……
肩に手を乗せて頬をつつく積極的なアプローチ……
楽しそう……いいなぁ……わたしもあんなことしたい……わたし……わたし……デクの隣にいたかった。
止められなかった。涙が溢れてどうしようもなかった。振り返り、逃げ出した。
「待って!」
逃げるわたしの手を神代くんが捕まえる。振り返れない……今、振り向くとボロボロの泣き顔だから。
「お、お手洗いに……い、行ってもいいですか……」
神代くんの顔を見ずに振り絞って声を出した。なるべく悟られないように……。
「八蓮花さん……守日出が好きなの?」
答えられない……答えられずになるべく明るく……「ま、まさかぁ〜?」とだけ言って緩んだ手を振り切った!
「神代くん、すぐ戻りますね!」
「八蓮花さん……」
トイレに籠り、気持ちを落ち着かせる。
昨日から泣いてばかりだ。
デク……好きな人いたんだ……
ギャルが好きなのかな?勝手につばきみたいな人が好きなんだと思ってた。
わたし……ダメだなぁ……
神代くんを探して青蘭に来て、デクを好きになるなんて……
つばきもデクもわたしが神代くんを好きだと思ってるし……自業自得ってやつ。
神代くんには、千恵ばぁに会ってもらえるようにお願いだけしよう……。
トイレに籠っていると、バシャッバシャッと冷たい水が降ってきた……。
何が起きたのかわからない。
クスクスと微かに笑い声が聞こえる。
声はしない。
恐ろしくてドアも開けられない……
バシャッと追い打ちをかけるように水が降ってくる。
ガタガタと震える手でスマホを取り出す。
クスクスと聞こえるのは笑い声だけ。
水を貯める音……。
かけられる……。
水を貯める音……。
かけられる……。
しばらくすると人の気配は無くなった。
何を言われるでもなく、ただただ水をかけられた。
怖い……怖い……怖い……助けて……助けてデク。
スマホに入力……送信
[神代くん、体調が悪いので先に失礼します。今日はありがとうございました。楽しかったです]
ギィっとゆっくり扉を開けて誰もいないか確認する。鏡を見ると、リップで何か書いてある。
【調子に乗ってんじゃねぇ、ビッチ!ウゼ〜から来るな!】
ビショビショに濡れた身体。
目も涙で腫れてブサイクな顔を鏡で見る……。
リップで書かれた文字を見て、怖い、悲しい、辛い……。
声を押し殺して、両手で口を覆いうずくまり……
泣いた。
姉妹で学校を入れ替わり、あの男の子を探す。
神代くんを見つけて彼にアプローチするんだと言いながらデクに恋をする……。
勝手に嫉妬して……神代くんを振り回した……最低の女……。
目をつけられて当然……これは罰なんだ。
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