この、とんでも双子姉妹の入れ替わりは、俺だけが知っている
➖4月15日➖
黒板に二人の名前といえば日直。書いてあるのは「
まったく気にならない、といえば嘘になる。記憶の片隅に置いたのは、つい昨日のことだからな。
どちらかといえば八蓮花のほうが気まずいのではないか?今日の雰囲気を見る限りまさに「麗しきミス青蘭」とばかりに洗練されている。
昨日のちょっとバカっぽいのが本来の姿だとすると、今はすごく頑張っている状態だ。俺が知っているなんて落ち着かないだろう。すまんな。
「守日出くん、日直日誌は私が書いたほうがいいですか?それとも守日出くんが書きますか?」
「ん?あぁ、お前が苦手なら俺が書こうか?あと先生に持って行くのも俺が一人で行っておこう」
「え?私、苦手ではないですよ」
「クク、無理しなくていいぞ。ほらっ貸せ!」
「いえ、むしろ得意なほうなので……」
「――そうか?まぁ、たしかに勉強は出来るもんな。だが、あのことを気にして俺に気を遣ったりはするなよ。大丈夫だ、俺は口が堅い」
「あのこと?私……守日出くんに何かしましたか?」
「ふむ……徹底してるな、さすがだ。俺も同じようなもんだし、今は誰も周りにいない、しかも俺はソロプレイヤーだ。心配するな、口外しない」
少し考え込むようにしている八蓮花は、俺の顔をチラチラと見ては、再び考え込む。
「あの……守日出くん……この後、時間ありますか?良かったらお話しを、させてもらいたいんですけど……」
この日、この「麗しきミス青蘭」と一緒に帰ることが、俺の学校生活を大きく変えることになる。
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何もない。なんて言うと失礼かもしれないが、人が少ないと言えばいいのか……とにかく、落ち着く。
俺は両親の離婚が高校受験と被ったので、母親の実家があるこちらを受験した。いわば、知り合いはどこにもいない。だからいい。
心機一転、高校デビューを果たした俺は、念願のソロデビューを飾ることになる。
そして、「
丘の上にある青蘭高校の地獄坂を二人で下る。この地獄坂はとてつもない急勾配、その距離100メートル以上はあるだろう。毎日ここを登るのは非常にツラいので地獄坂と呼ばれてる。
そんな坂を下る八蓮花を見ると、歩く姿も品があるなと感心させられる。
急勾配な坂を下るときは、少し重心が後ろにかかりがちだ。だから普通はドスドスとなってガニ股のように歩く女子も多い。
だが、コイツは違う。重心はやや後ろだが、姿勢はまっすぐに、かかとから着地、そのまま滑らかに足の指先まで地面をとらえている。
「麗しきミス青蘭」は伊達じゃない……か。努力と意識の
俺たちは、駅までのバスに乗らず歩いて駅に向かうことにした。歩くと20分程度かかるが、話をするには丁度いい距離だ。
しかし、相手はあの「麗しきミス青蘭」だ。俺みたいなのと一緒に帰ってるところを誰かに見られても厄介だ。
お互い地元じゃないのが救いか。気を付けるべくは同じ青蘭高校生だけだ。俺はまるでストーカーのように、少し距離を空けつつ八蓮花の一歩後ろを歩く。
「あの……守日出くん。後ろを歩かれると、お話しが出来ないので隣を歩いてもいいですか?」
「ん?……あぁ、そうだな。そういえばそういう流れだった」
八蓮花は少し顔を赤らめながら俺の隣を歩く。まぁ、ここまで歩けば青蘭生はバスで大通りに出ているはずだ。
それにしても、コイツはいつまで猫を被ってるんだ。意識高いのはいいが、俺にはもう素を見られてるだろうに……。
「守日出くんって背が高いんですね。見上げないと会話が出来ないです」
「ふむ……お前はもっと
「――え?
俺は先行して駅とは逆のほうに歩き出した。俺の後を少し小走りについて来る八蓮花を少し気にしながら、辿り着いたのは「西宮海岸」……日本の夕陽100選にも選ばれたらしい綺麗な場所だ。
こんな田舎の春の海水浴場だ、居るのは近所の爺さんが犬の散歩をしているくらいだろう。若い男女のカップルなんてこの町にどれくらいもいない、と思う。
「綺麗ですね」
「ちょうどいい時間だな。1年ほど住んでるが、俺は初めて来るからな」
「へぇ、そうなんですね。私も真っ直ぐ帰ってたので初めてです。でも山口県は海が綺麗ですね」
「だな……八蓮花は福岡だったな」
「はい、守日出くんも地元ではないんですか?」
「俺は、神奈川から引っ越してきた」
「都会ですね」
「福岡も充分都会だろ。ここが田舎過ぎるんだ……まぁ、俺はわりと好きだけどな」
「ふふふ、私も好きです。海は綺麗だし、お魚も美味しいし」
「わかる、なぜか回転寿司も美味しいんだよな。いや、福岡も美味いだろ」
「そうですね。でもだからこそっていうのもありますよ」
「む、たしかに……美味しいところで育ってきたからこそ……か」
「ええ」
しばらくは無言で夕陽を眺めた。八蓮花の横顔を盗み見る、まさに「麗しきミス青蘭」という感じだ。
これならたしかに頷ける……が、いつになったら素を出すんだ。本性を知ってしまった俺まで騙し切ろうというのか?とんでもない演技力には脱帽だが、さすがにそれは無理があるぞ。
俺は話の本題であろうことを切り出した。
「八蓮花……もう、さすがにバレてるんだ。俺は別になんとも思わない。本当のことを知ってる俺が気になって悩んでいるんだろ?このまま(おしとやかキャラを)続けるべきか……だが、心配するな。新天地に来たんだ、「変わりたい」という気持ちもわかる。むしろ、応援したいくらいだ。だから……」
「ありがとうございます!守日出くんは応援してくれるんですね!「替わりたい」っていう『妹』の気持ちをわかってくれるなんて……私……守日出くんに『入れ替わり』がバレてると思って、不安だったんです」
「――え?……入れ替わり……?」
「でも、同じクラスに「理解者」がいてくれるなんて心強いです」
「……いもうと……?」
「そうです。私のほうが『姉のつばき』で守日出くんに失礼があったかどうかは、わかりませんが、『双子の妹のあやめ』と何かあったんでしょ?」
「え?……えっと……妹なんて、どこに……」
「あやめ?あやめは今日「
なん……だと……。双子の姉妹で学校を入れ替わってるというのか?とんでもない爆弾発言をしているぞ!
完全に食い違ってるのに、俺はこの姉妹の『入れ替わり』を容認してしまったんじゃないか?待て待て、応援ってなんだ?俺はコイツらの何を応援するんだ?
ちょっと整理するが、昨日の「薄紫のパンツの女」が妹の『八蓮花あやめ』で、「花鞆高校の生徒」。
そして今、俺と青春さながらの夕陽を眺めて、とんでも発言しているのが「麗しきミス青蘭」であり、本物の『八蓮花つばき』……だと。
そして、俺はなぜか、良き「理解者」みたいな位置にポジショニングし、この犯罪まがいなことの片棒を担ぎつつ、「応援」という訳のわからないことをさせられそうになっているのか。
これは早急に関係を断たなければ、面倒くさいことに巻き込まれるんではないか……。
「八蓮花……この話なんだが」
「私……あやめが大好きなんです。それで、いけないとわかってるんですが……お願いを断れなくてつい……」
「だが、これは……」
「だから、嬉しいんです。私たちのことを理解してくれて、応援してくれて……でも、期限は決めてますから」
「そ……そうなのか……?」
「はい、2年生の間だけと決めています」
「……この事は、ほかに誰かに?」
「いえ、守日出くんだけです」
知ってるの、俺だけかよ。いよいよもって、マズいな。飛び火しないうちにお断りを入れないと。
「八蓮花、応援についてなんだが……」
「私……正直言ってみんなを騙してるみたいでツラくて……1年で友人は出来ましたけど、双子であることも限られた人しか知りません。入れ替わってることなんて、みんな全然気付かないんです」
その友人はバカなのか?なんで気付かねぇんだよ。気付いて止めてやれよ!アンタ何やってんの、って誰か止めてやれよ!
「でも良かった……守日出くんのような「理解者」がいてくれて……私……ちょっと気持ちが楽になりました」
う……さすがの俺も言い出しにくい……「あやめ」のほうならともかく、「つばき」のほうは、なんか言ったら泣き出しそうだし。……もう俺への被害を最小限に抑えるくらいしかない。
「八蓮花……応援するとは言ったが、期待するな。俺は……なんだ……あまり、役に立つようなキャラじゃないんだ。知ってるとは思うが……」
「――役に立つようなキャラ?……守日出くんに特別何かをしてもらいたい訳ではないんです。ただ、知っていて欲しい……それだけで私の……私たちの心は救われます」
「……」
八蓮花つばきは、噂通りの子だ。優しく、控えめだが芯のある女の子……そしてなにより「妹思い」。
八蓮花あやめは、ちょっとバカっぽい子だ。何が目的かは知らんが、俺を巻き込んだ「張本人」。
この、とんでも双子姉妹の入れ替わりは、俺だけが知っている……ことになるのか。やれやれ。
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ここまで読んでくださりありがとうございます。
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