第一部 蒼穹祭編

正義のヒーロー

➖5月20日➖


16歳、高校二年生の春。5月26日からの2日間、「蒼穹祭そうきゅうさい」が行われるため、その準備で忙しい。


 蒼穹祭とは、いわゆる文化祭だ。大袈裟な言い方をしているが、当時、単なる中二心を持った校長やら理事がいたのだろう……いつ頃からか、そう命名された学校行事は、基本的に雨になることが多い。


「蒼穹」には青空という意味があるというのに、まったくもって皮肉なものだ。


 そういうことって、けっこうあるような気がするな。「スポーツの日」というのが10月にあるが、これはもともと「体育の日」といって一年で一番雨が降ることが少なかったからとか……そんな感じだ。


 しかし、10月10日だった「体育の日」は、ハッピーマンデーという制度によって第二月曜日に変更、「スポーツの日」という休日に名前を変え、一年で一番雨が少ないなんて名目は意味を成さない。日付けを変えちゃってるからね……。


 もともとの意味をなかったことのように、都合よく、改変したのだ!


 じゃあ、「蒼穹祭」はどうだ。いわゆる青空祭なんて付けてるんだ、もういっそ10月10日にしたほうが良くないか?青空である確率も高くなるし、「蒼穹」にもちょっと意味をも持たすことが出来る。


 5月末の文化祭なんて、1年生にとっては早すぎるだろ!たった2ヶ月にも満たないクラスメイトとの共同作業……コミュ症の人間にとっては苦痛でしかないはずだ。


 親睦も兼ねてという話もあるかもしれない……しかし、新しいクラスだから友人とか関係性とかリセットされちゃうだろ?と思ってるヤツも多数いるはずだ。


 俺?俺は自分からそういう環境をあえて作っているソロプレイヤーだ。


 まるまる一年費やして、友人と呼べる者がいたかどうか……つまり、あれだ、何が言いたいかというと、こんなごちゃごちゃと考える時間があるほど俺は今、暇だということ。実に有意義なことだ。


「おい、デク!お前何してんの?クラスのみんなが頑張って準備してんのに、ぼ〜っとしてんなよ!」


「いやいや、澤井!コイツに言ってもダメやろ?だって「デク」なんやし!」


「「ハハハッ!」マジだなぁ!」


 俺は数人に「デク」と呼ばれてる。これは、あのヒーローの「デク」ではない。「守日出もりひで 来高ゆきたか」の名前から真ん中の「出と来」を取っただけ……それだけでなく「木偶でくの坊」からもきてて、ダブルパンチで意味があるという、なんとも上手いこと呼ばれたものだ。


 蒼穹祭やスポーツの日よりは、よっぽど意味があるんじゃないか?しかし、一年生の頃からそう呼ばれたのも、新一年生にしては身長が高かったからだ。今では、平均より少し高いくらいだから周りが俺に追いついてきたのだろう。


 早々と背が伸びて、あとから抜かれるなんて、なんかツラいぜ。まだ高いほうではあるが、もうすっかり伸びない身長に対して「木偶の坊」なんて、命名したヤツらめ、時期尚早だったな。


 ふっ……いや、「木偶の坊」には背が高いなんて意味はなかったか?ただの「役立たず」ってイメージなのかな……まぁ、いい。


 だが、これはイジメではない。なぜなら、俺がそう認識していないからだ。つまり、嘲笑されているだけであって決してイジメではないのだ。


 基本的に俺は気にしない。何を言われようが興味がない。俺がヤツらを心の中で馬鹿にしているわけでもない。ただ、そういうノリは無視するに限る。


 例えばここで、「何言ってんだバーカ!俺は今、瞑想してんだよ」「何だそれ、迷走の間違いじゃねぇのか?デク」「うるせ〜!」なんてやり取りをすれば、ガハハッと笑いの一つでも取り、「ノリがいいじゃん」となって、充実した高校生活を送れるのではないか。


 そう考えたりもするが、実行したことはない。なぜかって?だってそう考えてる間に、正義の味方が割って入るから……1年生の時からずっとコイツがいる。まさか2年でも同じクラスになるとは思わなかった、だが俺はコイツを友人とは呼ばない。


「澤井、河田!そういうのは良くない!」


 ほらね、何かと首を突っ込む女子の憧れ、成績トップ、バスケ部エース、高身長イケメンの「神代楓かみしろかえで」。名前までイケメンのコイツは弱い者を助けようとするヒーロー。


 なんなら「デク」の名前をコイツに譲ってもいいんじゃないかと思えるほど、みんなに愛されるヒーロー。


 少しヤンチャな澤井と河田も、神代の一言でわりぃわりぃと、観念する。蒼穹祭の準備で苛立ってたんだろうな、澤井と河田にも申し訳ないことをした。このヒーローに言われちゃしょうがない。


 ここで反抗しようもんなら全女子の目の敵にされるからな。大人しく神代の言うことを聞くしかない。


 「さすが神代くん、カッコいい」と、小声ながらも本人に聞こえるくらいの大きさで呟く女子たちの黄色い声援も、このヒーローにとっては日常茶飯事だ。


「君も黙ってないで、言い返していいんじゃないか、守日出。作業待ちをしていたんだろ?何もしていないわけじゃないんだ。八連花はちれんげさんの作業を終えるのを待って必要備品を買い出しに行く予定だった。そうだろ?……」

 声援に答えることもなく、俺に声をかける神代。


 さすが、と言うべきだな。どこまでも周りを気にかけるお人好し。俺がただ、ぼ〜っと突っ立っているように見えてなかったのは、お前くらいだろうな。


「ええ?神代くんってそんなことまで分かってるんだね、すご〜い!」「神代くんに感謝しなさいよ!」「助けてもらったんだからお礼くらい言ったら!」


 クラスの女子がわいわいと集まって来る!ここまで一言も発していないことに気付いた俺は、やれやれとばかりに神代へ声をかける。


 あまりにも声を出してなさ過ぎて不安もあったが、声が裏返らないように慎重に、そして丁寧に声を出す。


「余計なお世話だ、神代」


 俺はそう言った。


 

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