誰にも期待しないし、誰にも期待されない男

 空気というものは不思議なものだ。たった一人の言葉一つで変化する。


 つまり空気を読めば、良いようにも悪いようにも場をコントロール出来るのだ。特別発言力が高くなくても発するタイミング次第で、己のさじ加減で、支配する。


「余計なお世話だ」は思いのほか効果があり、クラス中が静まり返った。もちろん女子はドン引きしているが、澤井と河田ですら顔が引きつっている。


 非難ごうごうとは、まさにこの事だ。俺は女子からウザいやら、キモいやらと罵られるが気にしない。至って冷静、普通の男子高校生ならビビりあがるであろう女子の非難には一年の頃から慣れている。


 そもそも、恋だの愛だのは中三の頃に置いてきた。ハンターハンターのネテロの拳が音を置き去りにしたように、俺も恋愛というものを置いてきたのだ。


 悟りを開いた俺にとって、女子の好感度なんて必要がない。別に女の子に興味が無いなんてことはない。


 健全な男子高校生なりに女の子は好きだし、興味もある。しかし高校三年間で誰かと付き合いたいとか、充実したリア充ライフを送りたいとかを、考えていないだけなんだ。


 こう見えて、将来的にはもちろん結婚して幸せな家庭を築きたいとは思っている。ただ、今じゃないと思ってるだけだ。


 だって結局はみんなアプリやらなんやらで相手を探すだろ?そっちの方が早いじゃん。


 自分の相手に相応しい人は、条件を入力して趣味や家庭環境に合う人を選んでくれるアプリが効率的だ。


 今、この縛られた環境で頑張ってもしょうがない。付き合ってもいずれは別れるんだ。最高効率で考えるなら今は勉強だろ。学生なんだ、恋愛なんぞにうつつを抜かしている場合ではない。


 まぁ、この神代は勉強に関しても一流なんだけどな。学年一位を一度も譲らないという化け物。こういうヤツは別格、いいヤツなのは間違いないが、俺はコイツが嫌いだ。


 なぜ嫌いか、一年の頃からコイツはずっとこうなんだ……ずっと俺みたいなヤツを庇っている。


 イジメが許せないんだろうな。優しいヤツだから……だが、やめて欲しい。他のヤツに何しようが構わないが、俺に同じことをするな!


 お前のせいで、まるで俺が惨めなヤツみたいになるのが嫌だ!お前のおかげで守られてるなんて思われたくない!俺はへんにプライドが高いんだ!


 俺は決してイジメられてなんかない。舐めるなよ神代、お前がどれだけ、カッコいいみんなのヒーローだろうと、関係ない。俺は村人Aじゃない。


 俺は、ちゃんと物語の主人公なんだから。




「……そうか、悪かった」

 

 神代は申し訳なさそうに俺に謝罪する。これだけでも充分に俺は悪者ムーブだが、さらに追い討ちをかける。


「お前の助けは必要ないな。他にお前の助けを必要としているヤツがたくさんいるだろ?……俺には構うな」


「何それ!」「マジで信じらんない」「ていうかコイツ誰?」と散々な言われようだが、コイツ誰はひどいな……同じクラスになって2ヶ月弱だが名前すら覚えてないのかよ。いや、ここは負けじと俺もお前を知らん!ガチで。


「守日出くん……そんな言い方はないんじゃないですか。神代くんに謝ったほうがいいと思います」


 そう言ってきたのは、俺をさんざん待たせていた女子だ。いわばこの騒動の原因とも言える。だってお前を待ってて、こうなったんだから。


「八連花さん、大丈夫だよ。僕が余計なことをしたのがいけなかったんだ……守日出もりひでの言い分は、もっともだよ」


「でも……せっかく神代くんがクラスをまとめてくれてるのに……」


「まとめてるなんて、そんなことないよ。僕はただ争い事が嫌いなんだ」


「神代くん……」


 八連花はちれんげつばき。「麗しきミス青蘭」にして学年3位の才女。謙虚な雰囲気から女子からの人気も高い。もちろん男子からは絶大な人気を誇るが、おとなしい性格と上品な雰囲気から、一般男子は近寄り難い。


 それが原因かどうかはわからないが、特別に親しい男子生徒はいないように思える。


……というのが八蓮花つばきだが、コイツは妹の八蓮花あやめだ。俺には分かる。


「話は終わったのか?そろそろ備品の買い出しに行きたいんだが……あれだったら一人で行くぞ」

 

 俺は健気な二人の会話に割って入る。


「マジかよ、コイツ」「アンタの話をしてんのよ」「つぅか誰?」「八連花さん、アイツ一人で行かせていいよ」と外野がいやの熱い声援を背中に感じながら俺は教室を後にする。

 

「待って!守日出くん。わたしも行きます」



 足早に歩いていた速度を落とすと八蓮花・あやめが追いつき隣を歩く。


 クイクイっと袖を引っ張られ視線を落とすと「むぅ」と上目遣いで睨まれた。


 ふぅ……とんでもないスキルだ。危ない危ない……。俺じゃなかったら惚れてるぞ。


「八蓮花・妹……その袖クイを神代にすればいいんだよ!俺を誘ってどうする。目標を忘れるな!ターゲットは俺じゃないだろ?」


「ななな、何言って……!っていうか袖クイって何!?」


「天然は罪だな」


「意味わかんない……それより今日わたしがだっていつ気付いたの?」


「……朝からだけど」


「えぇ……どうしてアナタにはいつも分かるのよ!お父さんでも分かんないときがあるのに……」


「全然違うだろ。『姉』のほうとは「」が違う。もっと「麗しきミス青蘭」を学べ!いつも一緒にいるんだろ?」


「そりゃ家ではずっと一緒だし……たまに一緒に寝たりもするし……」


 な!?一緒に寝るだと?姉妹はそうなのか?そういうものなのか?……いや、普通は高校生にもなって一緒には寝ないだろ!


 双子だからか……?うん、きっとそうだな。だがここは厳しく教育しておこう。


「それでは足りんな……風呂にも一緒に入ったほうがいいな」


 ここは、ハァ?バカじゃない!?男子ってそんなことばっか考えてんの!キモッと普通の女子ならなるが、コイツはからかうと面白いからな。



「ん?たまに入るけど」


「なん……だと!」


「え?普通でしょ。つばきに洗ってもらう時もあるし」


「ぶほっ!ゴホッゴホッ!く……それ以上言うな。身が持たん」


 ふぅ……俺の知らない世界に突入するところだった。


「しかし、買い出しに行くのはいつも八蓮花・妹とだなって思ってたんだ」


「そりゃそうでしょ!「備品係」なんだから」


「いや、八蓮花・つばきとじゃないってことだ」


「つばきじゃなくて、すみませんねぇ〜」


 可愛らしく舌を出す八蓮花・妹……。


 ふぅ……べぇ〜ってお前……それが出来る女子がどれだけいるか。受け止める思春期男子の身にもなれ!


 しかし、コイツのこういうところが出せれば「麗しきミス青蘭」とはまた違った人気者になっただろうに……もったいない。


 なんせ知っているのは俺だけという。独り占めみたいになってしまっているからな。全男子に申し訳ない。


「蒼穹祭実行委員になってれば神代と同じだったのにな」


「うっ……」


「とにかく、俺と同じ「備品係」を立候補するなんてバカだぞ!お前が立候補すべきは、神代と同じ「蒼穹祭実行委員」がベストだろうが!」


「――うっ……まぁ、そうなんだけど、いきなりはちょっと緊張……アッ……アナタを身張ってるのよ!」


「心配しなくても俺はバラさないぞ。1ヶ月半経ってもまだ信じてないのか?」


「じゃあ、どうしてさっき!……わざわざ自分が嫌われてまで、わたしと神代くんに接点を持たせようとしたの!」


「お前がウジウジし過ぎて、なかなか出てこないから、ちょっと煽ったんだよ。話がデカくなり過ぎて俺もちょっとやり過ぎたかな、とは思い始めてる」


「――え?そうなの……嫌われたのって、わたしのせい?……なんかごめん……」


 素直なんだろうな。つばきのほうとは真逆のような性格だが、素直なところは一緒か。


 まぁ、真面目ではないな。「入れ替わり」なんてバレたら大事おおごとだ。学年3位という成績も一気に吹き飛んでしまいそうだ。っていうかコイツは勉強出来るのか?

 

「いや、始めから嫌われるつもりで行動している。だから気にするな」


「ハァ?なにそれ」


「楽だろ?期待されないほうが」


「……はぁ……アナタのことが本当にわかんない。みんなに嫌われて、なんとも思わないの?」


「思わないね。だって俺は、誰にも期待しないし、誰にも期待されない男だからな」


「なんかカッコいいようで、全然カッコよくないセリフ……」


「そうか?俺のポリシーだ。俺はお前にも期待しないんだから、俺にも期待するなよ」


「なんそれ!?意味わからんっちゃ」


 八連花はちれんげあやめの……いや、双子の入れ替わりの理由はわかっている。「神代かみしろかえで」とお近づきになりたい。


 そんなところだろう。正確に聞いたわけではないが、つばきのほうからそれとなく聞いた。俺の感覚が正しければ、一日置きかそれ以上で「入れ替わり」が行われている。


 見た目はまったく一緒だが、性格はまるで違う。つばきは清楚、謙虚、それに品があり、少しミステリアスだ。


 コイツ……あやめは、素だとまぁこんな感じだ。俺以外の前では「つばき」を演じているが……それもいつまでつか……。


 聞いたところつばきに無理やり頼み込んだって感じだし。コイツ、「入れ替わり」の度胸はあるくせに、恋愛に関しては完全に弱気で臆病……。


 

「お前、それだけ恵まれた見た目なのにどうしてそうなんだ。恋愛したことないのか?」


「れれ、恋愛!?恵まれた見た目ってわたしのこと?」


「……お前、それマジで言ってるならヤバいぞ。自覚しろ!お前は学校で一番の美女!というやつだ」


「それって……可愛いってこと?」


「――?まぁ、そうだな」


「そうだな。じゃなくて……ほら、かわ?かわ?かわ……?」


「なんだお前?」


「可愛いっち言ってくれんと!?」


「あぁ……はい、可愛い、可愛い」


 方言はマジで可愛い。


「むぅ……適当」



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