繋がる5分間と感謝の日
俺の索敵能力で誰にもバレずに八蓮花宅近郊の夢マートに辿り着いた。つばき、セカン……お前たち二人のためにやってるんだぞ!と心の中で叫びつつ店内に入る。
外の暑さで汗ばんだ身体。冷んやりと涼しい冷気が俺たちを包み込む。
猛暑→汗→思春期男子といえば臭いとしか言いようがないが、猛暑→汗→八蓮花姉妹だと青春なんて言葉が浮かんでくる。
俺と同じ汗なのか?と思えるほど輝いて見えるのは俺だけではないようだ。振り返る主婦や子供たち……う〜ん、目立つ。まぁ近所だからいいのか。
「ユキタカくん、分かってる?」
「う……要求は?」
(手をつなぎたいな!)
耳元で囁くのは超ハードミッション。
(そんなこと出来るわけないだろ!)
手汗も凄いし、汚いぞ!
「ん?なになに?二人で何話しとうと?」
可愛いらしく首をかしげるセカン……ぐっ、可愛いなんて思ってる場合じゃない。
「あやめが可愛いねって話〜」
「もぉ〜」
「ふふふ」
もぉ〜って頬をふくらますのも可愛いよね。
――はっ!つばきがツンツンしてくる。手を当ててくるのだ……これはあれだ……公園などを歩く付き合って間もないカップル。手をつなぐタイミングをお互いが探り合い、ツンツンと手が当たると両者の気持ちがシンクロし、次第に指を絡めていくやつ!
ここか?ここなのか?ここでやるんだな!?
「ねぇ、デク!お母さんに何頼まれとうと?」
「――お、おんっ!?えっと、なんだったかな」
「ププッ……おんって何?デクがそんなこと言うの珍しいね」
「あやめ〜今日はシチューだから、牛乳と鶏肉を買って来てって。ねっ、ユキタカくん!」
「そ、そうだったな……」
(ユキタカくん、早く手をつないで!)
(う……さすがにこの状況では……)
(ふ〜ん、じゃあミッション変える?)
(変更案は?)
(食事中にあ〜んするとか?)
(――な!?)
なんてこった……そんなの漫画の世界でしか見たことない!俺にとっては異世界転移みたいなもんだ……いや、そもそもこの状況がおかしいんじゃないか?俺はすでに異世界というよりパラレルシフトでもしてんじゃないの?
いつだ?いつ俺はシフトした?そうだ背骨を折ったときだ!死の間際を経験すると、そのような奇跡が起こったり起こらなかったり、そんなことを思い、ふと気付く……。
俺はどうしてつばきの要望に応えてるんだ?そんな必要はあるのか?俺はいつの間にか不公平という言葉に踊らされていた!……のか?
洗脳……怖いぞ、つばき……いつの間に俺を操っていたんだ。
「デク?ぼぉ〜っとして、どうしたと?」
「ん?ああ、ちょっとクラスマッチのこと考えてたんだ。リーダーだからな」
嘘だよ……つばきと手をつなぐタイミングを考えてる、なんて言えない。
「えぇ!珍しい。デクがやる気なんて!」
「ふん、俺だってたまにはやる男だ」
ごめん、嘘なんだ……
「ふ〜ん、そっか!頑張ってね!」
「……」
可愛いかよ……最近、セカンには癒されてばかりだ。
つばきと手をつなぐことが嫌なのではない。むしろ、こんなに可愛い子と手をつなぐなんて嬉しいに決まっている。
だが、俺の恋愛偏差値は20……圧倒的経験値の不足!つばきとキス未遂、セカンと添い寝……そんなことをしているにも関わらず、女の子と手をつないで歩いたことがない!
二人の美女と一緒にいるのに片方と手をつなぐなんて……そんな高等テクニックを持っているわけ……そうか……これしかない!
決行は夢マートから八蓮花宅までの帰り道!タイムリミットはおよそ5分間だ!
会計を済ませて商品をバッグに入れる。エコバッグは所持してないが俺の通学用カバンにはまだ余裕があるので、それらを入れる。
臭いが付くよ、と二人に言われたが、そんなことはどうでもいい。とにかく手をフリーにしておく必要があるからだ。
三人並んで帰る。セカン、俺、つばき、と二人が俺を挟むように並ぶ。
ぼやぼやしている時間は無い!すぐに行動に出る!
「つばき、あやめ……お、お願いがあるんだが……」
「ん?どうしたと?」
「ユキタカくんのお願いかぁ。興味あるなぁ」
「お、俺と……手をつないで歩いてほしい」
「「――え!?」」
「どど、どうしたと!?デク、熱あるんじゃない!?」
「なるほど〜」
顔を真っ赤にして動揺するセカンに対し、つばきは納得するような仕草でいる。はは〜ん、みたいな雰囲気で覗き込むつばきの目をマトモに見れない低偏差値の俺。
(私だけとは言ってないもんね)
つばきが体を寄せて耳打ちしてくる。ふわりといい香りが鼻腔をくすぐる。汗をかいたのにいい香りがするんですね、つばきさん。あと、ちょっと柔らかいものが当たってるのでもう少し離れてください……俺は今猛烈に緊張しているので……。
「つ、つばき!デクに近すぎない!?」
「えぇ〜!だって、ユキタカくんがどうしても手をつなぎたいって言うから〜」
つばきはそう言うと俺の手を握る。嬉しそうな笑顔を向けて、軽い足取りのつばき……これでいいんだよな。そう思っているとセカンの手が俺の手に触れる……
少しビクッとなった俺の緊張が伝わったのか、彼女はこっちを見ずにそっぽを向いた。照れているのだと思う……そんな可愛いらしい反応する彼女を愛おしく思ったとき、彼女のほうがその細い小指を俺の小指に絡めてきた……彼女はそっぽを向いたまま、空いた左手で口元を隠している。恥ずかしそうにこちらを見ない……く……可愛い過ぎる。
どうやら、俺のお願いを聞いてくれたようだ。神代じゃなくて申し訳ないが、友達以上神代未満なのかな?
そう思いつつ絡めた小指を離すことは出来なかった。
女の子と手をつないだことがないから、つないで欲しい……そんな言い訳を用意していたが不要だったようだ。
たいして理由も聞かずに小指をつないでくれるセカン。ご機嫌なつばきとの何でもない会話をしながら歩く5分間……小指だけ繋がった彼女とは最後まで目が合うことはなかった。
ただ意識だけ……意識の半分以上は小指にあった……そう思う。
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「うぅん……あぁ……すんごぃ……」
「ほっ……ふっ……だ、大丈夫ですか?」
「え、ええ……でも、こんなの初めて……」
「ふっ……ほっ……しっかりほぐさないと!」
「歳三さんは……ふっ……してくれないんですか?……ふっ」
「ウフフッ……こんなことしてくれないわよ!……あぁ、すごい気持ちいい!!」
「さくらさん……チカラを抜いてください!」
「だって……入っちゃうんだもん」
「くっ……」
「あぁぁ!」
「って……なんて声出してるのお母さん!」
「ふふ、ユキタカくん、何やってるの?」
「ウフフ……ユキくんってマッサージが上手なのよ」
「ふぅ……かなり凝ってましたよ。あと1時間ほどさせてくれたら、かなりほぐせますよ」
「そう?お願いしようかなぁ〜」
「いやいや!デクに何させてんの!」
「あやめ、違うんだ。俺から提案したんだ。さくらさんが、一瞬だが、肩が凝っている仕草をしてて……日頃の感謝を込めて……」
「そうなのよ〜どうしてこんなに上手なの?」
「ユキタカくん、マッサージ出来るなんて、エッチだね」
「――な!?どうしてそうなる!」
「私たちいない間に、お母さんとイチャイチャしてたし」
いやいや、あなたたちは帰って早々にシャワー浴びてるでしょ。姉妹で……。
シャワーを二人で浴びるなんて、どんだけ仲が良いんだ。そもそもシャワーは二人で浴びれないだろ?どんな状態になってるんだ。お互いに洗い合いでもしているのか?つばきがセカンの……って妄想はとりあえず置いておいておこう。
「俺は小学校の低学年ですでにこのスキルを手に入れていたんだ……知らず知らずのうちにな……」
「――え?デクって、そんな小さい頃からマッサージの英才教育を受けてたんだ!?」
「ここが
「「「――!」」」
「ユキくん、そんなことないわよ〜四葩さんはとっても良い人よ」
「まぁ、大丈夫だとは思いますが……さくらさんに何かあったら俺が守ります!」
「ユキくん……」
「さくらさん……」
「ユ・キ・タ・カ・くん!お母さんにと〜っても優しいみたいだけど、わたしたちにもマッサージ……してくれるんでしょ?」
「ちょっ、ちょっとつばき!」
「ククク……つばき……俺が動揺するとでも思ったか?」
「デ、デク?」
「あれ?ユキタカくんなら恥ずかしがって、バ、バカ出来るか!そんなこと!……ってなると思ったのに」
「あまいな、俺はプロのマッサージャーだ。マッサージに関してはエッチな妄想など抱かない聖職者……覚悟は出来ているか、二人とも」
「ユキタカくん……本当に?」
「デ、デク……顔がプロっぽい……」
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部屋着による素材の薄さ……シャワー上がりによる良い香りのするサラサラ髪……俺はシャワーを浴びていないので申し訳ないが、手はしっかり洗っている。
無心……いや、癒しの心だ。神奈川にいた頃に通っていた美容室のお姉さんが言ってた。あの人から学んだことも多い。自分のことを最強のシャンプーマンなんて言ってたもんな……マッサージとかお母さんにしてあげたら喜ぶよ!……なんてことも言われたなぁ。
はい、ずっとさせられてました。なんて言ってら、偉いぞ!って褒めてもくれた。今も元気にしているだろうか……。
そんなことを考えつつ、ヘッドマッサージから首……肩……肩甲骨へとリンパも流していく……相手はまだ子供……そんなにチカラを入れずに……。
「――――――――!」
……という感じでつばきを俺のテクニックで昇天させる。
セカンはダイエットがどうとか言ってたから肩甲骨をほぐして姿勢を矯正……肩甲骨をほぐすことで内臓のバランスも良くなり、ダイエットにも適しているようだ。最後にヘッドマッサージで癒す……。
「――――――――くぅ……」
……という感じでセカンを眠り姫にした。
……ってシチュー作るぞ!と叩き起こしたのは言うまでもない。
母親に洗脳され、マッサージをこのレベルまで出来るようになったことを初めて感謝した日だった。
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