俺と同じタイプの...

 トントントントンと軽快なリズムで刻む包丁の音が守日出家の台所に響く。時刻は午前9時、ジンジンと足が痺れるのは、俺が今正座をしているからだ。いや、させられているからだ。


 ベランダに干された白く可愛いワンピースが風になびく。そんな夏の風物詩を眺めていると、凶悪なツラで俺を見下ろす悪魔が、腕を組みソファに腰掛けている。


「おい!よそ見とはいい度胸だ!ちゃんと説明してもらおうか……どうして体調の悪いお前が、あやめちゃんではなく、つばきちゃんと変態プレイをしてたんだ!」


「いや、あやめとだったらいいのかよ」


「カッカッカッ!話を逸らすんじゃねぇぞ、ユキ!」

 

 怖ぇ……相変わらずの変な笑い方だし、ドスの利いた声がチンピラみたいだし、目つきが悪過ぎだろ。


「つばきは足を滑らせたんだよ。それで湯船に浸かった……それだけだ」


「ほぉ、お前が裸なのにどうしてそんなに接近している」


 そこだよね。湯船に浸かるほどの至近距離……普通はあり得ない。だが、誤魔化すしかない。


「あまり言いたくないんだが……」


「なんだ?答え次第では許すことは出来んぞ」


「あやめとつばきを間違えた」


 苦し紛れだ。


「――は?なんだと?」


「俺が入って来いと言ったんだ。あやめと思って背中を流してもらおうと思ったが、つばきだった……つばきは、俺の気分が悪いのかと心配して、バスタブまで来たんだ」


「そして、足を滑らせた……か……辻褄は合っているようだが違和感が拭えないな。ユキ……お前はあやめちゃんに背中を流してもらうほどの関係なのか?」


「それを言う必要はあるのか?」


 言わなくていいことは、言う必要はない。


「なるほど、それが答えか」


 四葩よひらとの睨み合いが続くなか、つばきの準備が整ったようだ。


「お待たせしました、四葩さん。ご飯の準備出来ましたよ」


「おう、つばきちゃん。悪いねぇ、作ってもらって。じゃあ、食べながら三人で話そうか」


「はい……」


 つばきも感じているだろう。守日出四葩もりひでよひらは手強い相手だと……ある意味、歳三さんよりも手強い。なぜなら、俺はこの人を見て育っている。言わば、俺と同じタイプのスタンド使い。


 俺が時を止めれるなら、四葩も時を止める事が出来るということ。イメージではそんな感じ。


 非常に厄介だ。


 つばきの手料理を頂くと、八蓮花家の食卓の味がする。食欲は無かったはずだが、箸が進む。やはり、自分で作るより人に作ってもらうほうがいいな、しかも、つばきが作ってくれたのだ、美味いに決まっている。


「つばきちゃんは、料理が上手いな。久しぶりにマトモな朝食だ。いいお嫁さんになる」


「ありがとうございます。お口に合って良かったです」


「悪かったな。マトモじゃなくて」


「カッカッカッ!悔しかったらワタシを唸らせろ」


「無理だな。今のままで我慢しろ。俺の料理の腕はここが限界だ」


「ちぃ、相変わらず大したことねぇな、ユキ」


「ふん、うるせぇよ」


「お前はダメだなぁ。全然ダメだ」


「はいはい、分かってるよ」


 煽ってくるな……何か裏がある。ここは慎重に対処しなければ、足元をすくわれる。


「――え?ユキタカくんほど優れた人は、そうそういませんよ」


「ほぉ、つばきちゃんからは、そう見えるかい?」


「はい、もちろんです。ユキタカくんは凄いです。うちのお父さんも認めてます」


八蓮花歳三はちれんげとしぞうさん……だね。まぁ、さくらさんもそうだけど、ずいぶんユキを買ってるそうだね」


「はい、これほどまで期待に応える事が出来たのは、ユキタカくんの努力が素晴らしかったからだろう……と言ってました」


 おぉ、歳三さんがそんなことを……じゃあ、つばきとあやめの二人とも好きですって言っても許して……はくれないね……斬殺だ、斬殺。


「カッカッカッ!悪い気はしないけどね……」


「じゃあ……」

 

「つばき、無駄だ。俺はこの人に一度も褒められた事がない。気持ちは嬉しいが、もういいぞ」


 つばきがやや興奮してきている。俺のことになると見境がなくなるから、止めなければ四葩の思うツボだ。


「――え?一度も!?だってユキタカくんは、ずっとみんなの期待に応えて、世界を制するほど努力して頑張ったのに……一度も褒めてあげてないんですか?」


 つばきは、今にも立ち上がりそうなほど前のめりになる。


「つばき、落ち着いてくれ」


「だって!バトミントンはもうやってないけど……勉強も出来て、瑠花ちゃんのことも凄く大切にしてて、家事もやってるのに一度も褒めてもらってないなんて……ユキタカくんが……う、うう……ユキタカくんが、可哀想です!」


 つばきのこんな姿は初めて見た。人に対して感情的に物事を言う姿……俺は幸せ者だな……ここまで言ってくれる人がいる……それだけで生きていける。



「……ワタシはね、つばきちゃん……大した人間じゃないんだ。仕事は、まぁそれなりにやっているが、離婚もして、仲のいい兄妹すらも離れ離れにしてるダメな母親だ」


「そんなことは……」


「でもね、ユキの才能を見抜き、そこを伸ばすための環境を与えてきた……親は子供に生きるためのチカラを身に付けさせる事が一番なんだ。こんなところで足踏みしてるようじゃ、コイツはまだまだだね」


「バトミントンをやれって事ですか?」


「違うよ……バトミントンは生きるための手段と選択でしかない。世界を制したという「自信」さえつけばいいだけ。誰にも負けないものを一つだけでも身に付けば儲けもの。それで飯を食えればいいが、なかなか難しいよな。つまり、活かせってことさ。すべては繋がっている……経験と知識を人生に活かせれば、それはもう大したもんだ」


「――つまり、四葩さんは……ユキタカくんを褒めないんじゃなくて……まだ褒めるべきじゃないと思ってる。ということですか?」


「コイツは大したことないよ……まだね」


「最後まで認めてあげないんですか?ユキタカくんのおかげで四葩さんも助かっているんじゃないですか!?」


「これも教育さ!ワタシがやらせていたことは、実際に役に立っていると思うぞ。それに助けられてきたのは、つばきちゃん……君たちだ。実感してないかい?」


「――!」


「つまり、ワタシが教育していなかったらユキが認められることはなかったんだよ……ユキに感謝というか、ユキが感謝しなければな」


「――な!?そんなのユキタカくんはしてるに決まってます!」


「つばき、飲み込まれるな!四葩はわざと煽ってる」


「ほぉ、ユキ……少しは感覚が戻ってきたか?最近腑抜けていたからな」


「ククク、お陰さんでアンタの思考は俺に近いからな」


「カッカッカッ!お前がワタシに近いんだよ」


「ククク」

「カッカッカッ」


「ユキタカくん……」


「つばきちゃん、ユキみたいなヤツといると成長出来ないぞ」


「――!?どういう意味ですか」


「気付いてない?つばきちゃんは、ユキに期待し過ぎて自分の成長を止めてる。無意識だけどね」


「おいおい、らしくないな、四葩さんよぉ。身内以外にそんなことを言うなんて」


「カッカッカッ!つばきちゃんが面白いからね……」


「つばきにあまり絡むなよ……アンタの相手は俺がする」


「なるほど……つばきちゃん、ごめんねぇ」


「――え?」


「ちょ〜と、いろいろ揺さぶっちゃった!ユキからはあまりボロが出ないからねぇ……」


「四葩さん……」


「そして、ありがとう……ユキを愛してくれて……というか……アンタたち……愛し合ってるだろ?」


「「――!」」


「やはりそうか。いやぁ……煽って何が出るかと思ったら……ユキ……アンタ、二股してるな!」


「「――!」」


 終わった……まさか本音と真実をあぶり出すのが目的だったとは……。


「ユキ……あやめちゃんとつばきちゃん……どちらか一人を選べないなら……別れなさい!」


「「――!」」


 やられた!母親だな……俺のため……この人は俺のために悪者になった。


 同じタイプのスタンド使い……か。

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