家族というもの

 ガチャガチャ、ピンポーン。ピッとインターホンの呼び出しに出るのは、四葩よひらだ。


「はい」


[間違えました。失礼します]


 インターホンの声は瑠花だ。四葩の声に気付いたようで、すぐに撤退を決めたようだ。すまん、瑠花。連絡どころではなかった。

 

「待てコラァ〜」


 しばらくすると、逃げた瑠花を追った四葩が戻ってきた。パーカーの襟首を掴まれて猫のように大人しい瑠花……観念したようで項垂れている。


「兄さん……はかりましたか?」

「いや、俺も騙されてえらいこっちゃだ」


「誰が騙しただ!瑠花、こっちに来てるならここに泊まれ!宿泊代がもったいない」


「僕のお金です。どう使おうが僕の自由です」


「そういうのは自分で稼いでから言え。鵠沼くげぬまの爺さんから貰った金だろ?もっと大事なことに使え!」


「出資はしてもらいましたが、アプリ開発で稼ぎました。それに、人それぞれ大事なモノは違います!」


「――カッカッカッ!言うようになったな。まぁ、今のユキよりはマシになってきたか」


「――!兄さんの悪口は許しません」


「ほぉ……どう許さない?」


「――くっ!そ、それは……」


「ハァ……まだまだだな。もっと考えて発言しろ」


 瑠花は四葩が苦手だ。今では瑠花の口調に何も言わないが、離婚する前はひどかった……想像力豊かな瑠花は母親に受け入れられなかったのだ。


 理解出来ないというのも、分からなくはないが、頭ごなしに否定すると反抗もするだろう。瑠花は母親と距離を取るようになり今に至る。


「久しぶりに会ったのに、そんなことしか言えないのか?母親なんだから会いたかったぁ〜とか言って抱きしめろよ!瑠花はまだ13歳だぞ」


「おぉ、そうだな。よし!ママの胸に飛び込んで来い!」


 両腕を広げた四葩を素通りして、瑠花は俺の後ろに隠れる。


「カッカッカッ!ずいぶん嫌われたもんだ」


「日頃の行いだな」


「ふん、ガキは嫌いだよ!」


「瑠花ちゃんおいで、朝ご飯食べた?」

「ツバキ……来てたんだ。買ってきたけど……」

「ふふ、作ってるから準備するね」

「僕のもあるの?」

「来るかなぁと思って、いちおうね」


 つばきが瑠花を連れてダイニングのほうへ行ったので、リビングには四葩と二人きり……。


「……ずいぶん打ち解けてるな」


「ああ、かなりお世話になってる。さくらさんにもお礼をしておいたほうがいいぞ。仲いいんだろ?」


「まぁな……っでどうするんだ?」


「……つばきとあやめか……」


 ダイニングにいるつばきたちを見ながら、そんな会話をする。こちらの会話は聞こえていないようだ。


「はぁ……答えを出せるのか?」


 ため息をつき、呆れたように俺を見る四葩。


「夏……夏休みが終わるまでには……」


「ふっ……分かった。それまでは待ってやろう。だが、もしも今のままの状況を続けるなら……」


「分かった……ちゃんと答えを出すよ」


「そうか……一つだけ正直に答えろ。ちなみに一線はどちらとも超えていると考えていいんだな」


「――!……どちらとも超えてない」


「――は?なんだそりゃ。奥手かよ!だったらそんなに言う必要もなかったか……」


「いや、言ってくれて助かった。俺の気持ちの問題だ……このままじゃダメだと思ってた。悪かったな……悪者役をしてくれたんだろ?」


「ふん、そんな深い意味は無い。ワタシは悪者だからな」


「瑠花にも母親らしいこと言ってやれよ」


「……アレはお前に任せる。ただ、まぁ……顔が見れて良かったよ」


「だから、それを直接言ってやれって言ってんだよ!」

「アァ!?うるせぇ〜なぁ!今さらそんなこと言えるかよ!」 

「そんなんだから離婚後も男が寄りかねぇんだ!」

「あぁん!テメェみたいな優柔不断童貞野郎には言われたくねぇよ!」

「――!この、性格最悪嫌われ野郎!」

「野郎じゃねぇだろが!」

「だったらその男口調をなんとかしろ!

「いいんだよ!どうせ男なんていらねぇから!」

「40歳で諦めるには早ぇ〜だろ!」

「諦めてるんじゃなくて、始めから求めてねぇ!」

「ああ、そうかよ!女捨ててるんだったわ」

「なんだとコラァ!」

「なんだよ!」


 完全にチンピラと化した四葩が俺の胸ぐらを掴む。みっともないところを見せてしまったとダイニングのほうを見ると……。二人は並んで座っている。とても幸せそうな絵だ……こっちの殺伐とした雰囲気とは違う……いいなぁ……あっちに行きたいなぁ……。


♦︎♢♦︎♢♦︎♢♦︎♢

 

「あの二人、仲良いんだね」

「兄さんは優しいから、あの人を一人放っておけなかったのでしょう」

 

「あぁ……ユキタカくんってそういうとこあるよね」

「僕はそんな兄さんを尊敬します」

「ふふ、瑠花ちゃんは本当に可愛い」

 

「ちょ、ちょっと、ツバキ……頬をツンツンしないで……今、食事中です」

 

「食べ終わったら、一緒にお風呂入ろ!」

「ななな、何を言ってるのですか!?は、恥ずかしいので無理です!それに朝ですよ!」

 

「うん、さっき少し濡れちゃって、一人は寂しいから一緒に入ろ!」

「嫌です」

「えぇぇ!どうしてぇ?」

 

「僕はツバキのように綺麗ではないので……」

 

「恥ずかしがらなくていいのに……だって、私たちは家族でしょ!」


「――!………………う、うん」


「瑠花ちゃん……家族っていいよね!なんかそれだけで全部解決する気がしない?恥ずかしいことも、喧嘩して気まずいことも」


「………………うん」


「じゃあさ……四葩さんともちゃんとお話してみたら?」


「………………うん」


「ふふ、瑠花ちゃんみたいな家族がいて良かった!」


「――!僕が家族で嬉しいの?」


「もちろん!可愛いくて、頭が良くて、お兄ちゃん想い……私の自慢の家族だよ!」


「ツバキ……僕……みんなに変だって……そんな家族、嫌じゃない?」


「それが個性でしょ!選ばれし人間は人に疎まれる!瑠花ちゃんは特別なの、スペシャル!」


「………………スペシャル……くくく、そうだね。スペシャルな能力と運命を持つ僕は、一般人の嫉妬も許容しなければならなかった!……ツバキ!……ツバキのことも僕が守るよ!だって……か、家族だから……ね!」


「ふふ、ありがとう!頼りにしてる」


「うん!」


「じゃあ、行っておいで!」


「――う、うん……」


 僕は過酷な運命を背負った諜報員。幼い頃は尊敬する兄さんに助けてもらっていた。でも、今はもうあの頃の僕とは違う!


 最強最悪の女帝を前にして怖気づくわけにはいかない!


守日出四葩もりひでよひら!僕には神奈川に友達はいない!あなたの言った通りだった!『そんなことばかり言ってると、信頼出来る友達なんて一人もも出来ないぞ』……って……たしかにそうだった!だけど……だけど、こっちで家族が増えたんだ!ツバキ、セカン、サクラ!僕にも信頼出来る家族が増えたんだ!ざまぁみろ、僕の勝ちだ!」


「瑠花……」

「……」


 僕は、兄さんの胸ぐらを掴む最強最悪の女帝と向かい合う!彼女はゆっくりとその手を下ろして、僕を見下ろす。大きい……女帝の大きさに圧倒される。


 170センチを超える女帝は僕とは20センチ以上も差がある。


 女帝の素早い右手が僕の襟首を捉える!


 反応できない!


 僕は戦闘員ではない。どちらかといえばサポートに特化している。


 あっさりと持ち上げられた身体は軽々と宙に浮き、女帝の懐に抱き寄せられた!


「――くっ!」


「お?少し背が伸びたか?体重は相変わらず軽いか……ガリガリだな……ちゃんと食ってるか?……イジメには遭ってないか?あと……………………お兄ちゃんを奪って悪かったな……」


 女帝はチカラ強く僕を抱きしめる……苦しい。


 苦しいのに……


 苦しいのに……


 苦しいのに……嫌じゃなかった。


「く……離せ……」


「嫌だね」


「く……暴力で僕に勝ったと思うなよ」


「ああ、思ってない。瑠花……信頼出来る家族が出来て良かったな……よく貫き通した。お前の勝ちだ!」


「――!勝ち?……僕の?」


「だな……ここまで貫くとは思わなかったぞ!ここまできたら本物だ!よく頑張ったな」


「本物……?……う……う、うう……ぼ、僕は……あなたにとって変な子供じゃないのかなぁ?……うう……」


「ふっ……そんなこと言ったことないぞ!瑠花……お前は本物だ!」


 女帝はさらにチカラ強く僕を抱きしめる。


 頭を撫でる。


 やめろ!撫でていいのは家族だけだ!


 家族……


「ねぇ……僕たち……まだ家族でいいのかな?」


「カッカッカッ!家族だと思っていたのはワタシだけだったのか?」


「だって……離婚したし……離れてるし……名前も違う……」


「家族はカタチでも距離でも名前でも……ましてや血でもねぇ」


「――え?血でもない?」


「ああ……だって家族が増えたんだろ?人それぞれに家族のカタチがあるんじゃないのか?……絆だったり、思いやりだったり……ワタシは許し合える心が家族だと思う。瑠花はワタシを許せるか?」


「うん……母さんは?」


「許すもなにも……初めから怒ってもいない」


「怒ってたよ」


「ふん、親は子供を心配しているだけで怒ってなんかいないんだ」


「そうは見えなかったけど……」


「なんだとコラァ〜!」


「ぐぇ〜苦しい〜バカヂカラ巨人!」


「お前が小さいだけで、ワタシが巨人なわけではない!」


「苦しい〜助けて兄さ〜ん!……兄さん?……母さん、兄さんが泣いてる!大変だぁ〜!」


「カッカッカッ!ユキは童貞なだけじゃなくて泣き虫かよ!」


「うるせぇ〜!」

「兄さん……大丈夫?」

「瑠花!こっちに来い、俺が抱きしめる!」

 

「――え!?ツバキ見てるし恥ずかしい……アァ!ツバキも泣いてるよ!兄さん」


「なに!?つばき大丈夫か?……って、どわぁ!くっ付くなつばき!四葩が見てるぞ!」


「ユキタカくん……うぅぅ……」

「つ、つばき……か、可愛い……」

 

「ほぉ、ユキ……なんだぁ、その腰に回したエロい手は〜!?」


「こ、これは、手が勝手に……俺の意思とは違う!」

「――違うの?ユキタカくん?」

「ぐはっ!……違う、くない!」


「ユキ、テメェ……本当に童貞なんだろうなぁ?」


「に、兄さん……ど、童貞とは何ですか?僕にも教えてください」


「おぅ、瑠花!童貞っつうのはなぁ」


「お前は余計なこと言わなくていい!」


「妹の前で格好つけんなよ!童貞兄貴!」

「くっ……」


「じゃあ、私、今晩泊まろうか?ユキタカくん」

「――な!?つばき、なんてことを言うんだ!」


「カッカッカッ!つばきちゃん、面白いなぁ……もういっそ嫁に決めるか!?」


「バ、バカ!なに言って……」

「ふつつか者ですが……」

「ああ……つばきくっ付きすぎだってぇ〜」


 わちゃわちゃとした午前中。ツバキが場を和ませたのは間違いないと思う。母さんとこんな風に話せたのもツバキのおかげだ。


 僕は久しぶりに家族というものを感じた。

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