マイノリティ・インフルエンス

 クラスマッチのリーダーとは、いわゆる監督のような存在だ。青蘭高校は自立を重んじる学校、行事によっては生徒の中からリーダーを決めてクラスをまとめる役を選出する。


 リーダーが競技に出ているときは、副リーダーが代わりを務める。俺はドクターストップがかかっているので、専任でリーダーを務める。


 ちなみに副リーダーは神代だ。競技の主力メンバーにして実行委員と忙しい男。蒼穹祭に続き実行委員ってお前……どんだけいいヤツなんだ。


「ユキタカくん、リーダー就任おめでとうございます」


 つばきめ……わざわざ全員の前で言わなくてもいいだろうに、セカンと一緒に帰ってるのが気に食わないらしい。不公平だといつも言われる。

 

「お前ら全員、こき使ってやるから覚悟しておけ」


 俺も負けじと王様全開で対抗する。セカンが俺のことを王様だと言っていたからな。このキャラを定着させて不本意な称号を打ち消さなければならない。

 

「なんでコイツがリーダーなん?」「神代くんが忙しいし、しょうがなくない?」「デクのくせに偉そうなんだよ」「でも、前の蒼穹祭での公開処刑で凄かったよ」「わたしもそれ見た、ダークヒーローって感じでちょっとカッコ良くなかった?」「何それ、俺知らん」「なんかね、イジメられてた子がいて……」



 おいおい、なんだこの雰囲気……勘弁してくれ……俺に期待するな……俺は誰にも期待しないし、期待されない男だ!


 例外はある……あるが定員2名までだ。


 (むぅ……ユキタカくんの女ったらし)

 (は?待て……どこがだ。そもそもお前があんなことを皆の前で言うからこうなるんだぞ)

 (だって、私と一緒に帰ってくれないのに、あやめばかり甘やかして)

 (つばきは友達との付き合いがあるだろ?)

 (じゃあ、今度遊びに行こうよ)

 (う〜ん……でもなぁ……3人なら……いやでも……)

 (2っきりがいい!)

 (あやめが、うるさいから3人だ!)

 (2人!)

 (じゃあ、さくらさん入れて4人!)

 (う……さ、3人で手を打つよ……ユキタカくん、さすがです)

 (ふぅ……たまには勝たせてくれ)

 (じゃあ決まりだね!)

 (あれ?……俺は行くことになったのか……つばき……始めからこれを狙っていた?……強すぎる)


「デク!お前、イジメを撃退したってホントかよ」

「お前でも役に立つんだな!木偶の坊のくせに!」


 俺とつばきが二人だけで話をしていると、澤井と河田が俺を煽ってくる。


「誰だ、お前ら?」

 俺はそう言った。


「「――な!?」」


「ちょっとユキタカくん、澤くんと河くんだよ!」

「ああ、そうだった。澤と河だったな、クク」


 つばき……これはさすがに可哀想だぞ。つばきが名前を間違えるはずがない。つまりこれは、つばきの報復……怖い……怖いぞつばき。


 ダークサイドが漏れ出してるぞ!俺と一緒にいすぎて俺すらも超える非情さ……澤井、河田……俺をイジるとつばき卿が牙を剥くから気をつけろ!


「あの……は、八蓮花さん?……俺……澤だから……」

「お、俺も河だよ……名前が変に入れ替わってるから……」


「――あ!すみません!私……とても失礼なことを……本当に申し訳ございません!」


 仰々しく謝罪するつばき……これは効果的だな。


「なになに?」「澤井と河田が何かした?」「分からんけど、あの麗しい八蓮花さんが謝ってる」「謝らされてるんじゃない?」「なんかあの二人っていつも誰かに絡むしね」「最低だな」「八蓮花さん……いつ見ても可愛い」


 人の印象なんて簡単に操作出来る。それは今までの積み重ねもあるだろう。俺やつばきは対照的だがやっていることは同じ……つばきが本気を出せばあの神代すらも凌駕するだろう。


 澤井と河田は一軍上位カーストには弱い。そして、学校一の美女「麗しきミス青蘭」から名前を間違えられるという精神的ダメージを受け、肩を落とし引き下がっていった。


 あまりにも可哀想なのでフォローするようにとつばきに言っておこう。

 

 (つばき……俺はお前が怖い)

 (そう?私たちのユキタカくんをバカにするからよ)


 ぐふっ……私たちのって……こんな可愛い子にそんなこと言われて平常心を保てるのはシャーマンキングである俺くらいだな。全男子はつばきのテンプテーション(誘惑)で奴隷と化すだろう。


「守日出はいるか?」


 昼休みももう終わろうかという時間帯。茶髪のガラの悪い男が俺を訪ねて来た。それと同時に大忙しの学校のヒーローも教室に戻って来る。


「もう、休み時間も終わるけど急ぎ?」


 どうやら神代が対応してくれている。もう、俺が動かずとも、つばきや神代がすべてを処理していく。


 この二人は、俺に喋らせたくないのか?


「オレは2年の六連島むつれじまだ。アイツがリーダーになったって聞いてな!」


 六連島陸斗むつれじまりくと……面倒なヤツが来た。コイツは特牛柚子こっといゆずに惚れていて、俺のことを目の敵にしている。


 蒼穹祭後夜祭で満身創痍の俺の背中を突き飛ばし、気絶させた張本人。あとで話を聞いたところ、倒れた俺に驚いて、オロオロしていたところにセカンが現れて、ビンタ一発お見舞いしたらしい。


 その後、謝罪には来たが、無視していると余計にまとわりつくようになった。


 面倒だが、ドアの前に立つ神代と六連島のもとへ向かう。たまには相手してやるか……。


「神代、コイツの相手なんかしなくていいぞ」

「守日出……大丈夫か?彼はあれだろ?君を傷付けた……」


「問題ない」

「本当か?……」


 ――!神代が俺のシャツを軽くつまむ……顔を見ると少し頬が赤みを帯びて、心配そうに見つめてくる……女性のスーパーモデルのように小さな顔、陶器のようなツルッとした肌、目は少し垂れ目がちで大きな目、セクシーな唇に吸い込まれそうに……い、いかん!!


 危うくシャツをつまむその手を握ってしまうところだった……頼むから俺以外に興味を持ってくれ。お前なら大抵の男子は落ちるぞ……。


 気を取り直して、六連島と向き合う。


「何の用だ」


「勝負の時が来たようだ、守日出来高もりひでゆきたか!クラスマッチは俺と同じ競技に出ろ!」


「ちょっと〜!むっくん何しちょるそ!またデッくんに絡んど〜やん!ごめんね、デッくん……」


 柚子が六連島を連れて帰ろうと来てくれたようだ。


「柚子!コイツの教育がなってないぞ!」

「そうなそ!むっくんは、ウチのクラスではみ出しちょるんよ〜それで、はみ出し繋がりでデッくんが気になるみたいなそ!」


「こ、特牛こっとい……こ、この男に近付くな!コイツはあれだ……あの……その……女の子をたぶらかして……」


「失礼なヤツだな……ムッツリくん。俺は決して女ったらしではない……はずだ!」


「ブハッ!ムッツリくんって何!?デッくん相変わらず面白いそ〜!」


「く……ぐぅ……このヤロ〜」


「そういえば、デッくんさぁ〜あの彼女はどこの誰でござるか〜?すんごいウワサになっちょったよ!」

 

 あの彼女?蒼穹祭のつばきの事か?


「ん?ああ、アイツは彼女ではないが……っていうか腕を組むな!」


特牛こっとい〜!!」


「――え?そうなほ?ということはデッくんはまだフリーってこと?」


「フリーというか俺は最自由だ……それより離れろ!ムッツリくんが叫んでるぞ」

 

「守日出!特牛さんをかけて勝負だ!」

 

「……柚子……コイツは何を言ってるんだ?」

「さあ……むっくんはアホなそ」


「お前も大概アホだけどな。アホがアホ迎えに来てどうすんだ」

「ぐはっ!……辛辣〜!いいよデッくん……浴びせなよ!そういうの待ってたよ!」


「おい!聞いてるのか、守日出!」


「わちゃわちゃしてるなぁ……」


 結局、ヤツらは昼休みの終了とともに帰って行った。何をしに来たのかよく分からない。


 六連島陸斗は、蒼穹祭の時に俺がつばきと一緒にいたのを目撃し、フォークダンスで俺がセカンを抱いているのも目撃し、さらに俺と柚子が仲良さそうにしているのが許せなかったらしい。


 それで、俺を後ろから突き飛ばしたということだ。暴力を振るうとはとんでもないヤツだ。


 だが、俺はムッツリくんを恨んでいない。むしろ感謝すらしている……なぜならおかげで世界一美味いハンバーグと瓦そばを食べることができ、八蓮花家に宿泊させてもらえた。


 あれが無ければ、つばきとセカンとも今のような関係ではなかったかもしれない。ムッツリくん……ありがとう。


 放課後のホームルーム。リーダーであるオレは全員が何の競技に出場するのかを決めて作戦を立てる。


 学年関係なくトーナメントで行われるクラスマッチは圧倒的に3年が有利となる。どの競技にしても一番不利なのは成熟していない1年生。


 ワンチャンあるのは2年生くらいだ。教壇に立ち全員がどの程度の思いかを確認する。


 男子 バスケットボール

 女子 バスケットボール

 男女混合 ビーチボールバレー

 男女混合ダブルス バトミントン 

 男女混合 ソフトボール

 

 計五種目となる


「最初に確認しておきたいんだが……お前らはクラスマッチを楽しみたいのか……それとも勝ちたいのか……そのへんはどうなんだ?」


 俺の隣にはサポート役の神代がいる。


「そりゃ、勝ちたいだろ」「デクに言われてもなぁ」「楽しかったら良くない?」「3年生有利だし」皆はこんな感じのモチベだ。


「たしかに、守日出の言う通りだね。みんなの意思を尊重したいってことだよ。みんな、どうかな?」

 

 俺の発言にザワつく教室内にサポーターがフォローを入れる。神代……いいヤツかよ……言い方が優しくて泣けてくる。そして、そのキラースマイルで俺を見るな!だんだん可愛いく見えてきた……。


 アンケートを取ると割合はこうなる

 

 勝ちたい➖3


 楽しみたい➖7


 なるほどな……まぁ、こんなもんだろう。


「じゃあ、方針は決まった!このクラスマッチ……楽しむ方向でいこう!」

 俺は即座にそう言った。


 当然、教室内は荒れる。勝ちたい派が俺への非難をし始める。楽しみたい派は安堵といった感じだ。


 リーダー変えろコールが響き渡る。神代がなだめるように暴動を抑えようとするが、俺は神代の肩に手を置き余計なことはするなと無言で伝えた。別に神代の肩に触れたいわけではない。


 暴動は次第に勝ちたい派と楽しみたい派のディベート(討論)となり、俺はただそれを見守っている。


 神代は俺の考えに気付いたのか、キラースマイルに加えキラキラスマイルで俺を見る……勘弁してくれ。


 激しいディベートのなか、一人だけ俺のほうをじっと見つめてくるのは八蓮花つばき……その微笑みは天使のように、荒れ狂うディベートのなかに咲く一輪の花……口パクで何か伝えてくる。


『ユ・キ・タ・カ・ク・ン・サ・ス・ガ・♡』


 さすがはお前だよ、つばき……すぐにこの趣旨に気付き、ずっと俺だけを見てる……恥ずかしいからあまり見ないで欲しい。


 お察しの通り、この狙いはマイノリティ・インフルエンスだ。熱を持った少数派が主張を続けることで、とくに主張を持たない多数派を徐々に引き込んで形勢が逆転する心理現象。


 リーダーである俺がすることは即決だ。


 多数派に即決することで少数派は何故だと燃える。アンケートだけで、何の相談も無しに決めることで沸き立つ怒りが次第にディベートとなり、次第に方向性は変わっていくだろう。


 俺のようなリーダーが何言っても聞きはしない、だからここは、自分たちで決めさせることにする。


 この場は俺にコントロールされ、おそらく、このクラスマッチは勝つために行動することになるだろう。


 待つこと10分……意外と早かったな。


「おい、デク!お前のリーダーとしての意見は却下だ。俺たちはこのクラスマッチ……勝ちにいく!」


「よし!決めようぜ!」「たまにはいいかもね」「しょうがねぇなぁ」「これはこれで楽しいかも!」「俺たち熱くねぇ?」


 まったくもって単純なヤツらだ……扱いやすくて好感がもてる。


「守日出、方向性は決まったみたいだよ。リーダーから一言お願い出来る?」


 神代の言葉とともに落ち着いた教室内は、リーダーである俺の言葉を待つ。


「勝ちたいんだったら俺が勝たせてやる。その代わり勝つためなら手段を選ばない。種目が決まればそれぞれに戦略を伝える……どんな戦いも情報がすべてだ」



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