初めての三人...これからの三人

 痛み止めの効果なのか、俺はあやめが泣き止むまで肩を抱き……寝てしまったのだ。


 振られたほうが慰めるなんてあるんだな。


 そして、俺は振られたにも関わらず二の腕をまさぐってフニフニするなどという不届き者。


 人様のお家で大切な娘さんと添い寝をしていたことがバレたら、歳三さんに斬殺されても文句は言えん!


「セカン!セカン!起きろ!頼む!起きてくれ!」


 大声ではなく、ウィスパーボイスというやつだ。ウィスパーボイスは歌うときのテクニックの一つ、囁くように声を出すらしい。


 ちなみに俺は歌は苦手だ。カラオケにも行かない、行かないというか誘われないので行ったことがほとんどない。


 最後に行ったのはいつだ?えっと……たしか瑠花るかが「いとうかなこ」さんの曲を全曲歌詞見ずに歌うって言って、無理やり連れて行かれたな……ってそれどころじゃない!


 まだこの時間なら誰も起きていないはず!


「セカン!ここで寝てるとまずいんだ!自分の部屋に行ってくれるか?」


「う、うん……うぅ……」


「セカン!」


 ちぃ、ウィスパーボイスだと俺の美声が子守唄になっているのか!?起きそうで起きないし……寝顔がかわ……って悠長にしてる暇はない!


「う、うん……」


 うっすらと目を開けるセカン。今だ!


「セカン、起きろ!朝だぞ」


「デク?……デク……ずっとそばにいてくれると?」


 こりゃ寝ぼけてるな。目は開いてるが目が合わない。それにしても寝言の刺激が強すぎる!


「ふぅ……まったく……起きてくれ」


「へへ……デクだ……」

「お、おい……セカン!」


 寝ぼけまなこで俺の首に手を回してくる。抵抗するチカラは無い……チカラが無いのか、整理のつかない俺の心が弱いのか引き寄せられてしまう!


 枕を抱くようにベッドへと誘うセカンの瞳はすでに閉じている。ほんの数センチの距離にお互いの顔があり、いっそこのままでもいいかな……そんな風に思いもした。


 だが、長いまつ毛の端がキラリと光り、涙の跡が俺を冷静にさせる。


 セカンは言った。俺の気持ちは聞きたくない……神代が好きだからと……それを受けとめつつ優しくデコピンする。


「おい、いい加減にしろ」


「痛っ」と顔をしかめるセカンはようやく目を覚ます。目の前の俺に驚愕しつつ「キャ〜」っと叫び声を上げそうだったので、すでに準備していた「理性の左手」で口を押さえる。


 モゴモゴと俺の手の中で何か言ってるが、静かにしろ!とウィスパーボイスで囁く。


 誘拐犯のように立ち回る俺に、セカンはコクコクと頷いた。ふぅ……理解してくれたようだ。それにしても顔が小さくて可愛いな……と思ってることは内緒だ。


 あわあわと恥ずかしそうにしているセカンに状況を説明し、自分の部屋に戻ってもらうよう指示する。セカンもこれはさすがにマズいと思ったのか、申し訳なさそうに部屋を出ていく。


 まだ朝方ということもあり、誰も起きていないだろう……そう思い、送り出したが、さくらさんとバッタリ遭遇し万事休す。


 終わった……。


 さくらさん、5時前に起きるの早すぎない……。


 二人でちゃんと怒られた。


「あやめ、守日出くんは大怪我をしてるのよ。しかも、お母様から預かっている大事な身体……何かあったらどうするの!」


「ごめんなさい……」


「守日出くんもよ。どうせ、この子が夜中に忍び込んで寝ちゃっただけでしょうけど、あまり甘やかしちゃダメ!」


「反省してます……」


「……つばきと歳三さんには内緒にしてあげるから今後は気をつけるように!」


「「はい……」」


 さくらさんは普段のおっとりした雰囲気とは違い、子供を叱る母親……という感じでしっかりとした口調だった……ここまでは。


「でね〜あなたたちまだ高校生でしょ〜言いづらいんだけど〜子供とか出来ちゃうと問題だからぁ……ちゃんと避妊とかは……その辺はどうかなぁ〜とか」


「「は!?」」


「さ、さくらさん!俺たちそういうの一度もしたことないですよ!」

「えぇ!一度も避妊してないの!?」

「違っ!そういう行為をした事自体ないんです」


「――え?そうなの?……な、なぁんだ〜」

「もぉ、お母さん……恥ずかしい」

「ごめんね、あやめ。あなたたちって距離が近いからもうてっきり……ねぇ」


 ……距離が近いか……岩国先生もそんなこと言っていたな。大人から見ればそんな風に思うのかもしれないな。


 おそらく、さくらさんが言いたいのは物理的に近いとかではないんだろう……心の距離……そんなニュアンスなんだと思う。


 身体が繋がらなくても、心は繋がることが出来る……つばきとあやめ……俺たち3人はいつかそういう関係になれるのかもしれない。


 期待……していいのかな……。


 それから俺たちは二度寝、とはいかなかった。さすがに寝れないのでさくらさんと一緒に朝食の準備をしてつばきを待った。


 朝6時半、つばきは自室から出て来ると、俺たちがバッチリ起きていることに驚いてはいたが、俺とセカンとの間で何かがあったなんてことは知る由もない。


 俺がすでに起きていることに不満はあるようだが、それはきっと俺を起こす時にイタズラでもしたかったのだろう。「せっかくのイベントが……」とぶつぶつ言っていたので間違いない。


 どんなイベントになっていたのか興味もあったが、さくらさんに怒られたばかりだから勘弁してほしい。美人双子姉妹と美人妻に囲まれた朝食だけでも宝くじの当選確率だ。


 背骨が折れてるのもその豪運の代償とみていいだろう。この2、3日の経験で俺の中で何が変わったのか……それは分からないが、モヤっとしていた感情は晴れ、自然と口角が上がる。


「おはよう、つばき。遅かったな」


「――ユキタカくん!……お、おはよう」


 (ちょ、ちょっと、あやめ……ユキタカくんがカッコいいんだけど!)

 (う、うん……なんか顔が違って見えるね)

 (ヤバい、ヤバい!ユキタカくんがモテちゃうって!)

 (それは大丈夫じゃない?デクってほら、嫌われてるから)

 (あやめ、違うんだよ!普段不良だった少年が善行を重ねて、周りからの評価が激変するやつだってぇ!)

 (大丈夫、大丈夫……デクが一番に守るのは、つばきだから……それにつばきは世界一可愛いし!)

 (……あやめ……何かあった?)

 (――え?ううん、何もないよ)

 (ふ〜ん、怪しい……)

 (何もないって〜)

 (う〜ん、朝からあやめの体が気持ちいい〜)

 (もぉ〜、つばき、デクが見てるから〜)


 姉妹きみたちは朝から仲がよろしいですねぇ。小声で喋ってるようだけどちょっと聞こえてるからね。


 心配しなくても俺がモテるなんてことはないし、つばき……不良少年とは何だ。俺はソロプレイヤーであって、一匹狼ではないぞ。


「さくらさん、二人がケンカすることってあるんですか?ケンカしてるところなんて想像出来ないんですけど」


 さくらさんと配膳をしつつ、そんなことを聞いてみた。双子の姉妹とはこういうものなのかな……ずっとこうであってほしい……そんな願いも込めて期待通りの答えを待っていた。


「フフ、ケンカもするわよ。たいしたケンカじゃないけどね……う〜ん、小さい頃はそうねぇ……じゃあ、守日出くんに問題です!」

 

「問題?二人に関するクイズ……ですか?」


「そうよぉ〜、では問題です。つばきちゃんとあやめちゃんには欲しいモノがありました。でもその欲しいモノは一つしかありません。では、どちらが諦めたでしょうか?」


「……そうですね、二人の性格から推測すると……あやめさんのほうが諦めて、つばきさんのほうが手に入れそうですが……分けられるモノなら、二人で分けて共有したとか?」


「フフ、守日出くんは頭がいいからそういう解答になっちゃうのね……でもブブ〜!不正解です!」


「まさか、つばきさんのお姉ちゃん属性が発動して、あやめさんに譲る?それか何としても、もう一つ手に入れる!」


「ブッブッブゥ〜!」


「くっ!なんか悔しいですね……その効果音」


「正解は二人とも欲しいモノを忘れる!でした〜!」

 

「忘れる!?」


「うん、忘れちゃうの……無かったことにする……寂しいでしょ?でもそれがあの二人なの」


「お互いを思いやるあまり……ですかね」


「うん、そうなのかも」


「忘れられなかったら?」


「う〜ん、たしかに……でも、お互いを思いやる事より欲しいモノってなかなか無いでしょう?」


「二人らしいですね」


「あら?守日出くんは違うの?」

  

「どうですかね……人それぞれ大事なモノって違いますから……僕は……その時になってみないとなんとも」


「守日出くんは優しすぎるのね……きっと」


「性格が悪いんですよ。なんせクラス一の嫌われ者ですから」


「えぇ!信じられないわ!きっとみんな見る目がないのね!」


「ハハ、そういうことにしておきます」

  

 俺なら……俺にそう思える相手がいるとしたら……きっと、相手の欲しいモノを手に入れさせようとするだろうな。裏工作でもして、手に入れさせる。


 そんな自己満足で終わらせようとする……気持ち悪い男……それが俺なんですとは言えなかった。誰にどう思われようと構わないが、さくらさんには、なんとなく言いたくなかった。


「ちょっと二人ともじゃれあってないで、手伝ってくれる〜守日出くんばっかり働いてるよ〜」


「「はぁ〜い!」」


「ユキタカくん、背中痛い?」

「食事のあと、薬飲むから大丈夫だ」

「そう?じゃあさぁ〜今日4人で出掛けない?」

「――4人で!?」


「コラ〜!守日出くんは怪我人なのよぉ〜無理させちゃダメよ〜」

「そっか〜……こんなチャンスなかなか無いのになぁ〜」

「……」


 つばきはホントに奔放だ。それに見合うだけの能力に、とてつもない魅力を放つ完璧超人。


「デク……今日、わたしに出来ることないかなぁ」

「ん?そうだなぁ……あやめは何がしたいんだ?」

「――え?えっと……えっとね」


 セカンは初めて会ったときからすると、ずいぶん打ち解けたなぁ……つばきは始めから俺に好意的だったが、セカンがこれほど近い存在になるとは思わなかった……だいぶ敵意があったように感じる。パンツ見たし……あれが出会いだとそうなるか。


 コイツの想いを届けることは難しいかもしれないが、3年になるまで……それまでは見届けてやるか。


「デクって……何時まで一緒にいれるの?」

「まあ、あまり遅くは迷惑かけるし……」

 

「あらぁ、夕食を一緒に食べてって」

「いや〜、2日連続はさすがに……」


「じ、じゃあ、それがいい!みんなで作ろうよ!」

「今日の朝一緒に作っただろう?」


「みんなで一緒はまだしてないよ!」

 

「ユキタカくん、がこう言ってるよ」

「え〜と、つばきさん……ちょっと言い方に棘がないですか?」


「守日出くんは何か食べたい物とかないの?」


 もう夕食まで一緒にいるの確定なんだな……まだ朝の7時前ですよ、さくらさん。


「そうですね……興味がある食べ物が一つあります。ただそれは、さくらさんたちもあまり馴染みがないんじゃないかなぁ?この地域では、みんな家で、で食べるのが当たり前だって聞いて……」


「いいね!いいね!デクがそんなこと言うの初めて聞いた!」

「守日出くんが興味ある食べ物って……もしかして」


「わかった!『瓦そば』だね、ユキタカくん!」


「さすが、つばき。正解だ」


『瓦そば』……この地域では当たり前に食べられるご当地グルメの一つ。もちろん専門店もあるが、地元の人間は家で作るのが当たり前。


 瓦の上で茶そばを焼き、甘い錦糸卵、甘く味付けした牛肉、海苔をまぶし、もみじおろしを乗せて出来上がり。


 味付けは家庭によって異なるらしいが、俺は甘めが好きかなぁ。瓦はさすがに準備出来ないのでホットプレートで作るのが主流だそうだ。


 買い物にはさくらさんが行ってくれたので、俺たちは家でまったり。そんな一日があってもいいだろう。


 俺、つばき、セカン……三人で話すことは無かった。今後のことも話しておきたい……。


「あやめ、今後も青蘭高校に来るんだろ?」

「そ、そうよ!わたしには目標があるんだから!」

「ユキタカくん、あやめはね青蘭のヒーローに恋して……」

「わぁぁぁ!」


「あやめ?」

「ヒーロー?何の話だ?神代を追いかけてるんじゃないのか?」


「……えっとね……神代くんがヒーローだったらいいなぁって話……なの」


「え?まだ聞いてないの?」

 

「う、うん……いろいろあってね。そうかなぁ、とは思ってたんだけど、違うかもしれない……だから「入れ替わり」は、これからもしたい!」

 

「そっか……そうだったね。ごめん、あやめ」


「ヒーローっていうのは何だ?」


「そうだ!ユキタカくんなら男の子だし、探しやすくない?男友達とかに聞いて……あ……」

「つばき……俺に友達がいればな……」

「なんかごめん」


「まあ、友達なんかいなくても人探しくらい楽勝だぞ。わかる範囲で特徴を教えてくれたら、すぐにでも特定出来る」


「そうだよ!ユキタカくんなら、そんなに時間は……」


「いいと!自分で探すっちゃ!」


「「――!」」


「どうしたんだ、あやめ……」

「あやめ……そんなに自分で探したいの?」


「ご、ごめん……その人だけは自分で探したくて」


 セカン……そのヒーローってヤツを探してたのか。それでいかにもヒーローって感じの神代のことを……だが、アイツは女性には……いや、そのヒーローが神代とは限らない。


 ヒーローであると思っていたから神代を好きになったと考えれば、本物のヒーローを見つければ、セカンが傷付かずに済むんじゃないか?


 神代も傷付かずに済む……ってどうして俺がアイツの心配なんかしないといけない!ちぃ、神代め。よりにもよって俺なんかに興味持つなよ……。


「わかった、あやめ。余計な詮索はしない……入れ替わりに関しても何も言うことはない。だがもし、本当に助けて欲しいときは言ってくれ。お前とつばきに関することなら期待してくれて構わない」


「――デク……わたしは……迷惑かけるし……これ以上デクに傷付いて欲しくないと……」

 

「ユキタカくん、カ、カッコいい……」

 

「あやめ、つばき……大丈夫だ。俺はお前たちに期待しているから。同士でお互い様……だろ?」


「デク……」

「ヤバい……ユキタカくん……私もう……」


「わぁぁ!つばきが沸騰してる!」

「なんでそうなる!」

「うぅぅ……もうダメ……」


「あやめ!タオルを濡らして持ってくるんだ!」

「わ、わかった!」

「おい、つばき!意識あるか!」

「うぅ……デレが……」

「デレてないわ!」 

「持ってきたよ!」 

「よし、冷やすんだ!セカン」

「ちょっ!デク、セカン言ってるし!」

「ん?セカンって何?……どういうこと?……」

「つばきは気にするな。普段はこう呼んでたんだ」

「えぇ?ずるい!私もあだ名、欲しい!」

「デク、つばきが欲しいって!」

「つばきはつばきだ」

「えぇ〜!双子なのに不公平!不公平!不公平!」

「わかった、わかった。オリバだ、オリバにしよう!」

「………………つばきでいいや」

「そ、そうか?カッコいいと思うけどな。なあ、セカン」

「全然……むしろわたしはあやめがいいし」

「お前はセカンだよ」

「なんでぇ!?ちょっと呼んでくれてたのに!」

「あれは、さくらさんもいたしだな」

「あやめって呼んで!」

「あ、あとで、あとでさくらさん帰ったらな」

「いいや!今がいいと!」

「痛っ!……」

「あ……デク……大丈夫?背中?痛いと?」

「って……気のせいか」

「デク〜!」

「しっぺ!?しっぺやめい!」

「むぅ……二人楽しそう!不公平」

「つばき!お前はくっつくな!さくらさんが帰ってきらどうする!」

「つ、つばき……いちおう、わたしの彼氏なんだけど」

「仮だよ。あれ〜あやめ〜もしかして?」

「そそそ、そんなわけないっちゃ!デクなんかにそんなのないし!」

「……デクなんかはヒドいぞ。しかし、つばきはすぐにからかうからな。気をつけろ、セカン」

「あれ?ユキタカくん……昨日のアレはからかってると思ってた?」

「――!」

「――デク?昨日のアレって何?……」

「あ……いや……何でもないぞ……うん……とくにこれといって……」

「ふ〜ん、アレが何でもないんだ……ふ〜ん……」

「デク!アレって何?」

「う!……背中の古傷が……」

「デク!?大丈夫!?」


 セカン……なんて素直な子だ


 つばき……お前にはどうも勝てない


 ハァ……三人だけで絡むのはこれが初めてだな。二人揃うと強烈過ぎて身がもたん。


 これからの俺たちはどうなっていくんだろう……。


 いや、これからの俺たち三人がどんな関係になったとしても……


 この麗しき双子姉妹つばきとあやめが笑顔でいてくれればそれでいい……


 そう素直に思える俺がいた。



ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

ここまで読んでくださり本当に感謝感激であります✨


これにて第一部完となります。


引き続き、第二部に入ります。蒼穹祭から一カ月後、「クラスマッチ編」からスタートです。


ここまでで、少しでも面白いと思って頂けたらレビューから☆を付けてもらえると励みになります。よろしくお願いします🙇


 

 

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