お忍びデート♡
ピコンッと連絡が入る。午前中に目一杯に仕事をした俺は、今からはフリーだ。「フリー」……とてもいい言葉だ。この「最自由」にとって、もっとも相応しい言葉……しかしフリーといっても フリータイムのほうだから予定は入っている。
約束通り、今日は「麗しきミス青蘭」の護衛だ。今になって後悔している……なぜなら、俺の身体はボロボロだからだ。
全身に擦り傷と背骨の骨折。痛み止めとテーピングでなんとかなっているが、本来なら安静にしといたほうがいいはずだ。
セカンには骨折のことは伝えていない。気にするなと言っても気にするヤツだ。知らなくていいことまで伝える必要はない。もちろん、つばきにもだ。
[着きました。一年生校舎の自動販売機の前で待ってます]
[了解]
あの場所か……ちょうどいい。俺の必需品である「いろはす塩とレモン」を買えるな。普段は飲み歩き厳禁だが、蒼穹祭では違う。3年生が出店をしているということもあり、飲み物はペットボトルであれば飲み歩きオーケーなのだ。
さすが高校生の一大行事。ハメを外せるところは外す。やはりメリハリは大事だからな。
「ユキタカくん!」
雑音をすり抜けるように綺麗な声が俺の名を呼ぶ。
綺麗な声で自分の名を呼ばれると脳が一時停止するのは俺だけだろうか。名前なんてどう呼ばれても同じだろ、と俺はよく言うが、それは違うのかもしれない。
呼ばれ慣れていない名前で、しかもその声が自分の想像よりも高く綺麗だったら?さらに、ちょっと離れた距離から呼ばれたら?
時が止まらずともスローモーションになることはある。というか今なっている。
深めにキャップを被り、髪はダウンにまとめ、フェイスラインにおくれ毛を出して、横から見ても顔が認識出来ないようにしているようだ。
インナーは黒のタンクトップ、シャツをオーバーサイズに着ているがチラッと二の腕が出るくらいに緩く羽織り、ゆったりしたショートパンツで、その長い足を露わにしている……これは……。
「目立つだろ!」俺はそう言った。
「ユキタカくん……怪我……大丈夫?」
とんでもなく可愛い女の子が近付いてくる。俺の額に手を伸ばすつばきの顔が、キャップの下から覗き込む。これは……まずい……顔が熱い……。
心配そうに傷を見つめるつばきの顔が近い……プルッと潤んだくちびる、普段はしていないであろうメイクもバッチリしている。
長いまつ毛もきれいに上がり、うっすらとアイシャドウが入った目元に吸い込まれそうになる……。俺は思わず目を逸らした。
「ユキタカくん?」
「つばき……ちょっと……いや、かなり注目を浴びそうだが……そ、そのヘソもチラチラ見えて……他の男子から見られても平気なのか?夏にはまだ早いし……肩が冷えると良くないよな……あと……」
「ふふふ、ユキタカくん、お父さんみたい」
ぐふっ!……お父さんか……たしかにそうだな。つばきとセカンの入れ替わりは、俺だけが知ってるんだ。いわば、娘二人の面倒を俺が見ていると言っても過言ではない!
しかも、これだけ可愛い娘たちだ。悪い虫がつかないように俺が見張るべきだな……と、何を考えているんだ俺は……俺は誰にも期待されないし、誰にも期待しない男……そして「最自由」。ダメだ、思考が追いつかない。
原因……原因はなんだ?
「ユキタカくん?顔が赤いよ。体調悪い?……熱は……なんか熱いよ!」
ち……近い!華奢な白い手が、俺のおでこに触れる。ひんやり冷たい手が気持ちいい……じゃない!この破壊力は悟りを開いた俺ですらもっていかれる。
「つ、つばき!悪いが今日のお前は青蘭男子には刺激が強すぎる。このまま、学校抜けてどこか行かないか?」
「――え?……イヤです!それはまた別の日に行きましょう。今日はユキタカくんと「蒼穹祭」をまわりたいです!」
「しかし、どう見ても目を引くぞ。つばきだとバレたら……」
「おしとやかで成績優秀、男の子の友達とあまり関わらない真面目な生徒。「麗しきミス青蘭」の『八蓮花つばき』……私って今……そう見える?」
不敵な笑顔の彼女は、腰に左手をあて右手でピースサイン、俺と目が合うとウィンク……まるでスーパーアイドルだな。
「……いや……見えないな」
というか直視出来ないんだが……。
「ユキタカくん、この服って全部あやめが知らない服なの。メイクもこの日のために、コソッと練習したんだよ。感想とかないと?」
感想とかないと?……感想とかないと?……感想とかないと?……ふぅ……なんてこった。可愛い過ぎて頭がおかしくなりそうだ。正直に言うしかないな。
「眩しくて、直視出来ない……」
「――ま……まぶし!」
つばきは両手で顔を覆いジタバタしている。どうやら喜んでもらえたようだ。普通に可愛いと言ったほうが良かったかな?どうも、あらためて聞かれると答えづらい。
「じゃあ……行くか?」
「うん!」
「まずは、どこに行きたいんだ?」
「3年生の出店に行こう!知り合いに会う確率も低いし」
「どこに行ってもつばきは目立つから、俺は少し後ろを歩くよ。あやめやクラスメイトを見かけたら俺がなんとかする。安心して蒼穹祭を楽しめ」
「イヤです」
「お……おい」
腕にふわりと柔らかい感触……つばきが腕を組んでくる。「一緒にまわるのがいいと!」……そう言って上目遣いで見つめてくる。
「はい」……そう言わざるをえないほどの破壊力。からかわれてる……でいいんだよな。
俺は誰にも期待しない男、
コイツはこうやってストレスを発散する。つまり本来のつばきはこっち!「麗しきミス青蘭」のほうがいわば隠れ
「麗しきミス青蘭」は『つばき』と『あやめ』、二人の処世術なのだろう。
「ユキタカくん、怪我の理由を述べよ!簡潔に!」
「転んだ」
「簡潔すぎる!もっと詳しく!」
「どっちだよ。えっと……地獄坂でだな……」
「うんうん、それで?……」
「足元にいたバッタを踏みそうになってだな……」
「ふふふ、何それ!……」
「小さな生命を大切に……」
「ふふ、そうだね……」
「俺じゃなかったら死んでた……」
「バッタが?」
「なんでだよ!俺だよ!」
「ふふふ……ユキタカくん、面白い」
「ふっ……つばき……楽しいか?」
「うん!今日はいっぱい楽しもうね!」
「はいはい」
あの……めちゃくちゃ距離が近いんだけど……こんなところ、誰かに見られたら俺は……うん、大丈夫だな。
なぜなら、これだけ可愛い子と一緒に歩き、腕まで組まれても冷やかしてくる友達は一人もいないのだから。
そんなことを思い、キャップから覗くつばきの楽しそうな横顔を見ると、口角の上がった自分に気付き恥ずかしくなった。
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