デレてないわ!

 蒼穹祭2日目。俺は保健室に向かい処置をしてもらう。岩国先生のテーピングの腕は確かなので、その辺は信用出来る。ただテーピングの際にハァハァハァハァと呼吸を乱すのは、気持ち悪いのでやめてほしい。


「守日出!」

「はい?」


 保健室を出ていく俺に声をかける岩国先生の表情はいつになく真剣な表情だ。背中の具合かと思い、立ち止まり向き合う。


「朝から、いい身体だった。ご馳走様」

「アンタ、バカでしょ」

「おぉ、ツンデレ!式波・アスカ・ラングレーだ」

「デレてないわ!」


 昨日同様にプレートを持ち、「お化け屋敷」へといざなう役目を請け負った俺は、一般客の子供たちから「ゾンビだ、ゾンビだ」と言われつつ、昨日よりも「客引き」としての効果を発揮しているようだ。


 顔やら肘やらに傷パッドを貼っているのがコスプレに見えるのだろう。ただの怪我なんだけどね。

 

 そんな傷だらけの俺に話かけてくるクラスメイトはいない。いや、いるか……若干一名(二名)ほど心配してくれるヤツがいる。


 チラチラとこっちを見ては目を逸らす。気配に気付き目を合わせようとすると、また逸らす……なんだ?嫌がらせか?セカンはつばき同様に受付嬢として活躍しているが目の腫れは完全には引かなかったようだ。


 今日の神代とのデートまでにはなんとかなるだろう、と思っていると目ざとい人間が現れる。


「つ〜ばきちゃん!……あれ?なんか顔が違くない?」


 一瞬ドキッとしたが、セカンの目が腫れているからだろうと平静を保つ。だが、平静を保てないヤツが、あわあわとした表情でこっちを見る。


 ふぅ……しょうがないヤツだ。


「おい、柚子ゆず


 セカンに助け舟を出すように特牛柚子こっといゆずに声をかける。柚子はクラスの出し物で何をしているのか知らないが、浴衣姿だ。よく似合っている。


「ん?……ギャア〜!お化け〜!……ってデッくん?びっくりしたぁ、今日は「お化け屋敷」担当やったん?」


「いや……何もコスプレしてないが……」


「――え?普通に大怪我?……プ、プププ……ブゥ〜!何それ!マジなそ!?……ちょ、ちょっと待ってお腹痛い……ヒィ……ヒィ」


「あ、あの!……失礼だと思うんですけど!」


「ヒィ……ヒィ……え?つばきちゃん?」

 

 ば……バカセカン!どうしてここで口を出す!空気を読めば柚子がつばきの友人だと分かるだろ!ここは普通に笑っておけばいいものを、否定してどうする!疑われるぞ……ふぅ……仕方ない。


「……つばき!俺のどこが失礼なんだ。柚子をビビらせたことか?それともコイツの腰に……俺が手を回そうとしていることか?」……と柚子の腰に素早く手を回し抱き寄せた。


「柚子……これはな……バスに乗り遅れそうになって地獄坂を走って下り……転んだんだ」と目を見つめてそう告げる。


 なるべく大袈裟に、あえて格好つけるように。コイツにはこれくらいやっても大丈夫だ。ほとんどギャグで済まされるはずだからな。


 これでセカンの発言も俺への注意となり、さすがのバカセカンも間違いだったと気付くだろう。


「デデ、デッくん?ウウウ、ウチはその……こんな場所でこんな大胆にされたら……恥ずかしいけど……嬉しいような……」


「何言ってんだお前!照れるキャラかよ!」


「ぐふっ!辛辣しんらつ〜」


 しまった!コイツ、昨日なぜかドMに目覚めたんだった。まさかの反応に対応が困る……とセカンのほうを見るとあきらかに怒っている様子だ。


 おいおい、なんだその目は?ジト〜ッと見るな!これは決して柚子の腰を触りたかったわけではなくてだな、あくまでお前の失敗をごまかそうとして……ん?豊田さんまでジト目で俺を見ている。


 マズい……このままでは悪評のみならず女ったらしという不名誉もついてくる!


 くっ!本来ならノリの良い柚子が「デッくん、坂でコケるのウケる〜」とか言って場を和ませるはずだろが!と抱き寄せた柚子に再び目を向けると、うっとりした顔でこっちを見ている。……いや、流し目やめい!


 「あぁ!ゾンビの兄ちゃんが女の子とイチャイチャしてるぅ」と子供からの指摘を受けて、一般客からの注目を浴びる。まさに四面楚歌!


 この手の四面楚歌は苦手なんだがな……ふぅ、仕方ない。


「はい!ゾンビショー終わり〜楽しかったぁ?このお化け屋敷にはゾンビより怖〜いお化けがたくさん出るよ〜!良かったら受付はこちらで〜す!」


 俺が言う前に一言で客を引きつけるのは、さすがというべきか……神代楓かみしろかえでは、爽やかな声と笑顔で客を誘導する。


 俺への注目もあっという間に神代がもっていく。受付も一気に忙しくなりセカンと豊田も俺にかまっている暇はないようだ。


 さすがの俺も今回は、余計なことをするな……とは言わない。むしろ助かった。俺が処理していたらお化け屋敷は閑散としていたところだ……そう思い神代のほうを見ると目が合った。


 全員に爽やかな笑顔を向ける神代が、俺だけに冷たい視線を向ける……完全に女ったらし路線に乗ってしまったかな?


「デッくん、神代くんに嫌われとるほ?」

「「も」ってなんだ。まぁ事実だが」


 いまだに柚子の腰に手を回していたことに気付いた俺は、慌ててその手を引っ込める。忙しく受付をするセカンのジト目が気付かせたのだ。


 あと、遠くからもポツポツと殺気を感じるが、おそらく柚子ゆずの親衛隊だろう(非公式)。コイツは人気あるからなぁ……。


「あっもう終わり?……シュン……」

「シュンって……そんなことより、うちは忙しいんだ!お前も自分の持ち場に帰れ!」


「あうっ!……いいねぇ、デッくん。もっと絡もうよ!」

「この変態が!お前と絡むと親衛隊に殺される……そして肩に手を置くな!近いんだよ、お前は!」


「あれぇ〜?さっきはウチを抱き寄せたくせに〜」

「あ、あれは客引きだ。勘違いするなよ」


「ぐふっ!……ツ……ツンデレ要素もあるとは……デッくん……変態キラーなそ!」


「デレてないわ!」

 

 はぁ……岩国先生といい、俺の周りにはこんなヤツばっかだな。「入れ替わり」なんてしているセカンとつばきも、ある意味変態だからな。


「デッくん、ウチさぁ……午後からフリーなそ!一緒にまわらん?」


 ガタンッと受付のほうから音がする。セカンが焦ったように落ちた受付表を拾いあげると、俺を睨む。


 なぜ怒る……と、そんなセカンを無視して柚子の誘いを丁重に断る。


「遠慮しておく」

「えぇ!ショック〜!予定があるほ?」


「……まぁ……そうだな。そんなところだ」


「デッくんって意外とモテるもんね〜!ちぇ……誘うのが遅かったか」

「モテねぇよ。嫌われ者だ」

「そっかぁ……」


 肩に置かれた手に重さを感じる。柚子が背伸びをするように俺の耳元で囁く。

  

「でも、ウチはけっこう好きっちゃよ!ニヒヒ」


 頬を赤らめながらの笑顔は、すべての男子を虜にするだろう。颯爽と走り去っていく後ろ姿を見つつ、辺りの殺気もより強く感じる。


 この「小悪魔」が!俺は親衛隊にはならんぞ!たぶん……。

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