俺に期待するのは、俺だけだ!

 ようやく休憩時間か……。


 クラスのヤツらは俺のことを忘れてないか?危うく丸一日仕事をさせられるところだった。つばきが言ってくれなかったら永遠に気付かれなかったんじゃないか?


 まぁ豊田も言ってくれてたし、最低2人は俺の働きっぷりを忘れていなかったらしい。


 かといって休憩時間に何をするわけでもない。蒼穹祭を回るのは2日目だけで充分だ。俺は「いろはす塩とレモン」を買いに1年校舎のほうへ向かった。


 ガタンッと目的のものが落ちてくる。かがんだ俺はビュッと吹き抜ける風に、4月のあの日のことを思い出す。


 あの日から俺は八蓮花姉妹と関わることになる。デジャヴのように感じる瞬間ってあるだろ?毎日同じルーティンのなかに不具合が生じると、とくに記憶に刻まれる。


 記憶に刻まれたのは薄紫色の……じゃなくて八蓮花あやめだ。


 2日目にちゃんと神代を誘えただろうか、体調を崩していたから会えてないんじゃないか?アイツが体調を崩したのは一昨日だ。


 その時には誘えていなかったから、おそらく明日の当日に誘うことになるだろう。


 神代は人気者だ。ヤツの性格を考えると特定の女子とは予定を入れていないはずだ。


 はたして……ってそんなことを考える必要はなかったか……そういえば、つばきにもセカンのことばかり気にかけてズルいなんてことを言われる。気にかけるつもりはないんだが、理由を知っているぶん、多少は気になる。


 庇護欲に駆られてる?


 俺の恋愛偏差値はたしかに低いが、アイツのそれはきっと俺より下だ。俺は頭で理解出来れば行動出来る。だがアイツは行動すら怪しいところだ。だからついつい口を出してしまう。


 さっさと神代とくっついて、「入れ替わり」なんていう危ない橋を渡ることを終わらせたい……。


 そうか!それで俺は口を出してしまうんだ!早く終わらせてあの平穏な日常を取り戻すために!なるほど……納得だ。


 「入れ替わり」を手伝って、セカンと神代をくっつければ、俺は晴れて「最自由」となり、順風満帆な高校生活を送ることが出来る!


 コクコクッと「いろはす塩とレモン」で喉の渇きを潤す。考えがまとまって気分良く風を浴びる。う〜ん山口県は風が強いなぁ……と、もの思いにふけっていると、校門で怪しい人影を発見。


 学校指定のジャージにマスク、髪はまとめてお団子にしているが、怪しげなサングラスをかけた女……。


 キョロキョロと周りを気にしている様子で、入るか入らないのか挙動不審でいる。


 ふぅ……と溜息をついて、そちらへ向かうと、俺に気付いたのか焦った様子で逃げ出した。


「――な!待て!」


 ここ最近、走った記憶はないが、さすがに女子には追いつけるぞ!地獄坂の傾斜は急だ。下りは危ないので走らないようにと学校側から言われている。


「走るな!危ないぞ!」


 少ないが車の通りもあり、かなり危険だ。手を伸ばせば届きそうな距離まで追いつくと、彼女は足がもつれるようにつまずいた。


 マズい!一瞬で危険だと判断出来るほどの急勾配!

 

 この速度……この坂を転げたら……顔に傷でもついたら……。


 手を取って引き寄せる!


 勢いあまって転がるだろうが、コイツに怪我を負わせられない!


 俺をクッションにして、かすり傷すらつけさせない!


 イメージしろ……俺なら出来る!


 俺に期待するのは俺だけだ!


 引き寄せた身体を包み込むように抱きしめて、無理に逆らわないように、転がる運動量を逃がしていく!


 俺は彼女を抱きしめた状態で地面に打ちつけられた!


「ぐっ!」

「――!」


 ゴロゴロと坂を転がりゴンッと鈍い音がする。痛っ!背中から木にぶつかって、なんとか止まることが出来たが……ふぅ……。すぐには立ち上がれそうにない。


 とりあえず強く抱きしめてしまった手を緩める。


「大丈夫か。セカン」


 セカンはあわあわと何が起きたのか分からない様子で俺と目が合う。守るためとはいえ抱きしめてしまった……神代じゃなくてスマン。

 

「……あ……あぁ……ごめん……ごめんなさい……わたし……こけちゃって……デクが……デクのおでこ……怪我して……」


 泣きながら、震えるように俺にまたがったままのセカンは、どうやら怪我をしていないようだ。


 サングラスは手を掴んだ時に吹き飛んでしまった。ジャージを着ているから、もしかすると中に擦り傷など出来ているかもしれない。


「お前は、どこか怪我をしていないか?腕とか足とか……確認してみろ」


「そんなことより、デクのおでこから血が……わたし……どうしていいのかわからない!どうしたらいいと?」


 テンパったセカンは涙目で訴える。そんな目で……こんな体勢で……恥ずかしいから降りて……。


「とりあえず降りてもらえるか?重くて動けない」


 よほどテンパっていたのだろう。俺の上に股がっていたセカンは、一瞬時が止まったように固まると、顔を真っ赤にして「ヒャア〜ッ」と飛び上がった。


「俺は大丈夫だ。おでこは擦り傷で少し切れただけだと思う。お前は、マスクを外して顔をよく見せてくれないか?」


 背中は……まぁ痛いな。動けるし折れたりはしていないとは思うが……痛っ!う〜ん、痛い。


「――う……うん。」


「横向いて……そう……そんな感じ……いろんな角度で見せてくれ……うん、良かった。傷一つない、綺麗な顔だ」


「――!き……きれ!」


「ん?大丈夫か……身体は自分で確認してくれ。いちおう、守れていたとは思うが、今は興奮していて分からないだけかもしれない。とにかく顔に傷が無くて良かったな」


「……うう……わたしのせいでデクが怪我してるのに……なんか優しい……うう……うえーん」


「いや、うえ〜んって……なかなかそんな風に泣くヤツいないぞ」


「でも……わたし、デクがいなかったら大怪我してた……代わりにデクが傷モノに……」


「俺がセカンを見つけてしまったからな……逃げるとは思わなかったけどな。だが俺は男だから顔に傷くらいは問題ない。気にするな」


「でも……痛そう……とりあえず保健室に行こ!おでこを治療しなくちゃ!」


「だな、お前もジャージの中を確認しないといけないし、傷があったら大変だ」


「ジャジャ、ジャージの中は自分で確認するっちゃ」


「――!あ、当たり前だ!そう言ってるだろ!」


 まったく……しかし……「確認するっちゃ」か……なんか……可愛いな。そんなこと言えんけど。


 痛っ!ピキッと背中に違和感を感じる。これは……マズいかもしれない。

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