守日出来高VS神代楓

 周りを警戒しつつ保健室へと向かった俺とセカンは、誰にも気付かれずに辿り着くことが出来たはずだ。


 保健室にいるはずの岩国先生が不在であったため、使えそうな道具を適当に漁り準備する。


 その間、セカンにはベッドのカーテンを閉めて自らの身体をチェックしてもらう。


 カーテン越しとはいえ、女子がすぐそこで脱いでいると考えると、賢者である俺でもさすがにクルものがあるな。 


 ジーッと開けるジッパーの音……ゴソゴソと生地が擦れる音……ンッ!とかショッ!とか独り言を呟いて脱ぐセカン……ちょっと黙って出来ねぇのかよ。そばにいるこっちの身にもなれ!


「ねぇ、デク。凄いよ!傷一つ無い」


 カーテンの隙間から顔だけ出し、爛々らんらんとした目で俺を見る。心底、良かったと思った……明日は神代と蒼穹祭をまわれるかもしれない日だ。


 傷の一つでもあったらテンションが下がるもんな……せっかくだから万全で楽しんでもらいたいし……楽しんでもらいたい?……何だそれ……なぜ俺がセカンを楽しませなきゃならない。意味がわからん。


「傷が無いんだったらさっさと俺の治療をしてくれ」


「――あ!ごご、ごめん」


「おい、バカ!ジャージを着てから出て来い!」


「ギャ〜!そうだった!バカデク見んで!」


 慌てて出てきたバカセカンは下着姿だ。コイツのラッキースケベはいつも回避不能かよ!背中が痛いからあまり興奮させるなよ。


「バカはお前だ!まったく……その下着はヘビロテかよ!」


「――!ちちち、違うっちゃ!同じ色いっぱい持っとうと!」

  

 持っとうと……なんか方言が増えてきたな……。山口と福岡って微妙に違うんだよなぁ。山口は広島も混ざってる感じがするし、福岡っぽい時もある。福岡も博多までいくとまた違うんだろうな。とにかく方言は……可愛いな。


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「消毒はせんでいいと?」

「あぁ、水で流して傷パッドかなんか貼ってくれると助かる」


「痛くない?」

「大丈夫だ」


 両腕、両足、顔の傷を水で流し、石や砂が残ってないか確認してもらう。実は背中が痛くて自分では出来そうもなかったから助かる。

 

「デクだけこんなに傷だらけ……わたし……いつも迷惑かけてる……」


 治療をしながら落ち込むように俯くセカン。

 

「これは自己責任だ。俺はお前が無傷で安心した」


「――!デクはどうしていつもそうなん?」


「そう?とは……」


「一昨日のこと……つばきに聞いたよ。わたしが倒れてるのをおんぶして連れて帰ってくれたって……心配して探してくれとったって……」


「いや……俺は帳簿が気になっただけだ。仕事は最後まできっちりが俺の……」


「ありがとね」


 窓から差し込む日差しに照らされたセカンは「麗しきミス青蘭」と見分けがつかない……綺麗な彼女の瞳は潤んでいて、泣いてるようにも笑っているようにも感じる、そんな笑顔だ。


 


「セカン……神代を誘えたか?」


「ギクリ……たたた、体調がね……悪かったしね……そんなこんなあって………………まったく誘ってません」


「ギクリって……お前やっぱダメだな!何のために入れ替わってるんだ!」


「だって……爆死したら?」


「べつに告白するわけじゃないだろ?駅まで送ってくれたお礼とか、なんかそんな理由があるだろ?」


「オォォ!デクやるぅ。それいいね」


「今日もそれを言いに来たんだろ!?」


「……いや……それが……その……デクに一昨日のお礼を言いに来たというか……明日は言うタイミングがないかな〜とか考えてたら……ジャージ着て、来てて」


「は?じゃあ、なんで逃げたんだ!?」


「なんか反射的に……」


「はぁ!?俺のことはいいから神代に伝えて来い!」


「この格好じゃちょっと……」


「なんだそりゃ、俺にはジャージにマスクでいいのかよ。しかもサングラスで完全に不審者だったぞ」


「デクは、ほら……デクだから」

「ぐっ……なんか言い方がムカつくな。セカンのくせに生意気な!」


「ちょっと!なんか、のび太みたいな扱いせんどって!この、デク!」


「ぐぐっ……「この、バカ!」みたいなノリで「デク」を使うな!仮にもヒーローだぞ!」


「う、うるさい!……か、神代くんを誘うのはまた別の機会にしようかなぁ〜……なんて」


「ハァ?お前なぁ……自信を持て!お前の誘いを断る男なんていないぞ!仮にも「麗しきミス青蘭」なんだ」


「……それ、つばきだし……」


「お前は今、つばきなんだぞ!まぁ、厳密には明日だが」


「と、とりあえず明日は無し!……それでさぁ……デクってどうせぼっちでしょ!」


「ぼっちじゃなくてソロプレイヤーな」


「それ一緒じゃん!……そそ、それで……いろいろ助けてくれたお礼というか……明日よかったら一緒に……」


 コンコンッと扉をノックする音、俺は咄嗟にセカンをベッドのほうに行けとジェスチャーする!が、コイツは判断が遅い!


 オロオロする鈍臭いセカンをベッドに押し込み、素早くカーテンを閉める。


 思わぬ来訪者だ。神代楓かみしろかえで……。

 

「守日出……大丈夫か?見かけたクラスメイトが傷だらけだったと言って……これは、ヒドいな」


 ちっ、見られていたか。 


「……あぁ、ちょっと転んでな」

 

「守日出が転ぶ?珍しいな……一人か?」


「俺はいつも一人だが」

「ジャージの女子と一緒だったと聞いていたが」


「気のせいだろ。そんなことより、ほかにも用事があるんじゃないか?いくらお前がお人好しでも、わざわざ貴重な休憩時間に俺を探さないだろ」


「……相変わらず鋭いな。八蓮花さんのことで少し話をしたくてな」 

 

 ん?まさかターゲットのほうから接触をしてくるとは……任せろセカン!俺がコイツの予定を探ってやろう。


「それで、どんな話だ」


 長くなりそうなのでパイプ椅子に座り、神代にも促す。背中が痛いので座っておきたい……。

 

「先程、八蓮花さんに明日の蒼穹祭で一緒にまわらないかと誘われたんだ……」


「「――!」」

 

 ギシッとベッドがきしむ音がする。俺は瞬時にパイプ椅子を座り直しギシギシと音を立ててかき消した!


 ふぅ……神代は気付かなかったようだ。俺の神プレイがなければ、とんでもないことになっていた。コイツは先程つばきに会っていたと言っていたし、ここでジャージ姿のセカンを目撃させるわけにはいかない。


 しかし、背中が痛いな。急に動かさせるなよ……。

 

「顔色が悪いぞ、守日出……やはり、お前は八蓮花さんのことを?」

 

「――?何のことだ」


 ふぅ……痛みで脂汗が出ているのか?今日は早退して病院に行ったほうが……。


「いや、守日出は八蓮花さんと仲がいいし……蒼穹祭を一緒にまわるって……いいのかなと思って、まだ返事をしてないんだ」


「俺のことは気にするな。お前が良ければ、八蓮花に付き合ってやってくれ」


「守日出……どうして八蓮花さんにだけ優しいんだ」


「ん?そうか?……皆は俺のせいで八蓮花が可哀想だと言っているぞ」


「いや、過程はどうあれ、「結果」、守日出は八蓮花さんのために行動しているだろ」


「考え過ぎだ。俺は自分のために行動してるに過ぎない。お前がそう感じたとしたら……それが、たまたま八蓮花に都合が良かったんだろうな」


「では、八蓮花さんのことはいいのか?」


「もちろんだ」


「そうか……違ったのか。僕はてっきり……守日出八蓮花さんのことが好きなんだと……」


 ――聞かせたくなかったな……これを聞いてセカンはどう思うか……言葉のあやなのかもしれないが、神代を責めることは出来ない。


 まさか、ここにセカンがいるとは思わないだろうから……受け取る側としては実質振られたようなものだ。


 神代は現段階で「八蓮花つばき」のことを好きではない……そう、俺に告げたのだから。


 だが、恋愛偏差値の低い俺でも分かることはある。今の時代、好きだから付き合うとか、付き合わないとかではないはずだ。


 付き合ってもいいかな……が次第に「好き」になる。そういうもののほうが、むしろ多いのかもしれない。だから大丈夫だと思うぞ……と、カーテンの裏で聞いているであろう「八蓮花あやめ」にそう言ってあげたかった。


「神代……おそらく八蓮花はお礼がしたいんじゃないか?」

「お礼?」

「ああ、お前は蒼穹祭の準備とかでいろいろとフォローしてただろ?帰りも駅まで送ってあげてたしな。お前には誘いも多くて、特定の女子とまわるのに気が引けるのかもしれないが、そういう「理由」があればいいだろ」


「……なるほど、君はそうやって僕たちを「コントロール」してるんだね」


 神代……平静を装っているが、内心はどう思っているのか……少し掘り起こしてみるか。

 

「べつに強制しているわけじゃない。ただ「お礼」という「理由」があるぞ、と言ってるだけだ。嫌なら嫌だとはっきり言えばいいんだからな。もしお前が答えを出しにくいのであれば俺が八蓮花に……」


「――そういうことじゃないんだ!」


 珍しく語気を強めた神代は、そう言うと「ごめん」と言いながら俯いた。


「……分かってる」


「君は、分かってない!」


「神代、お前は争い事が嫌いだよな。そして、自分が人気者であることも自覚している。だから怖いんだろ?自分が原因で誰かが傷つく事が……だからすべてを丸く収めようとする。そして、俺のことをわざわざ探してどうしたかったか…………お前は「理由」が欲しかった。俺が八蓮花のことを好きならば、断らないといけない……という理由がな」


「――違っ!」


「お前は善人だ。だが、それを利用して場を自分の都合のいいように「コントロール」しているに過ぎないんだよ」


「そんなことは!」


「いや、それでいいんだ、悪くないと思う。それが「リーダーの資質」だと思うから。だが、俺を利用するのはやめてくれ。たしかにキツいとは思う……皆の期待に応えてクラスをまとめていくなんて疲れる……だが、お前はその「道」を選んだんだ」


「そういうことじゃないんだよ……」


 神代はもっと自分を出すべきだな。周りを気にし過ぎて自分を犠牲にしている……本来なら誰かがサポートしてやればいいが……なかなか難しいだろうな。ある意味コイツもソロプレイヤーなのかもしれない。


 はぁ……今回だけだぞ。


「う〜ん、神代……気が変わった。お前、八蓮花の誘いを断ってくれないか?」


「急にどうしたんだ?」


「俺が誘うよ。俺が言えば断れないだろ?アイツには、いろいろ迷惑かけられたし、結局、帳簿も俺がやったんだから「貸し」がある。八蓮花は見た目もいいし、遊ぶにはちょうどいいかなぁ……と」


「――な!?守日出!君は、八蓮花さんの気持ちを何だと思って!」


 俺の胸ぐらを激しく掴む神代!怒るだろうな……どう考えても俺が悪い……それにしても、背中が痛いぞ……。


「お前もどうしたらいいのか、わからなかったんだろ。八蓮花は俺に任せろ」


「君なら……君なら、分かってくれると思ったのに……」


「悪いが、お前が何を言っているのか分からない」


「君は、八蓮花さんのことが好きだから誘う……そうなんだろ!?」


『好き』か……好きか嫌いかで言えば『好き』だな。だが、恋愛とは違う。そういう感情は置いてきた。


「そういうつもりで誘うわけじゃない……と言ったら?」


「弱味につけ込むようなことをするなら……僕はそれを止める!」


「神代……お前には関係ないだろ?断るための理由を探してたんだから」


「むしろ、一緒にまわる理由が出来たよ」


「へぇ〜、何のために誘いを受けるんだ?」


「守るためだよ!」

 

 乗ったか……ふぅ……。


「そうか……残念だ」


 神代はそれ以上何も言わずに保健室を出て行った。なんか最近俺のことを理解しようとしていたからな……ちょうど良かった……このあたりで突き放すことが出来た。


 痛っ!……アイツおもいっきり胸ぐら掴んで……いよいよ背中がヤバい。意識が飛びそうだ。


 シャッとカーテンを開けるとセカンが泣いていた。どのタイミングで泣いたのか、それはわからない。だが怒っているのは分かる。ものすごい顔で睨んでいるから……だから俺は彼女にこう言う。


「そういうことだ。だが、まだチャンスはある……お前ならきっと……」


 パンッ!とキレイな平手打ちが入る。……ちょっと余計なお世話だったかな……「バカデク!」と大粒の涙を流しながら、うえ〜んと変な泣き声で胸に飛び込んできた!


 ドンッと大した衝撃でもないのに意識が飛ぶ……。


セカンの声がどんどん遠くに離れていく……。


「えっ?」「キャアッ!」「ちょっ……待って……」「重いよ……デク……」「上に乗らんで……殴ったことならゴメンって……デク?」「デク〜!」と微かな声を最後にベッドの上に倒れた。


 否、彼女に覆いかぶさるように倒れた。


 神代じゃなくてすまん……と途切れる意識のなかで謝った。

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