意外と大したことないんだね
八蓮花つばきは、完璧超人だ。容姿端麗、成績優秀、運動神経も並外れている。
バトミントンも素人だったが、一週間でかなり上達していると神代に聞いていた。
俺は情報収集に忙しくて練習は見ていなかったが、ベスト4まできたということは、やはり飲み込みが早かったのだろう。
柚子とムッツリくんの情報も仕入れていたこともあり、やり方次第ではワンチャン優勝も……と考えていたが、まさか入れ替わっているとは……。
(セカン……どうしてお前がいる)
(バ、バレた?……お母さんの目はごまかせても、デクには分かっちゃうんだ?)
(つばきはどうした!?朝はつばきだったぞ!)
(いるよ)
(はぁ!?二人とも青蘭にいるのか?バカなのか?)
(デク……怒らんで)
(いや、怒るだろ!ま、まさか……さくらさんもいるんじゃないだろうな)
(デク、天才っちゃ)
(「天才っちゃ」じゃないっちゃ!)
(ププッ……デク……デクが「ちゃ」って言っとう)
(待て待て……お前が神代と組んでここまで勝ち上がったのか?)
(ううん、いま入れ替わったと。すぐに気付いてデクすごい!へへ)
(へへ、じゃない!ちょっとこっちに来い!)
(あ……手……つないでくれるんだ……)
(ん?なんだ?)
(ううん……へへ)
試合まで少し時間がある……とにかく二人だけで話を出来る場所に行かないと。セカンの手を引いて……ん?手?……。
「おわぁっ!悪い、咄嗟に手をつないでしまった」
「あ……離さなくていいのに……ゴニョゴニョ……」
「何だって?」
「な……なんでもない」
「それで……どういう事だ」
「今日ね、花鞆高校が創立記念日で休みで……」
「それは知ってる。つばきが言ってたからな」
「むぅ……それで、お母さんが役員でクラスマッチをちょっと見学したいって言って……わたしが休みだから一緒においでって……役員権限で見学しよって……」
「そこまでは予想出来た……が問題はどうして入れ替わってるのかってことだ」
「予想出来たんだ!?デクすごっ!」
「さくらさんの気配がしたからな」
「キモッ……デク……お母さん好きすぎ」
「ぐっ……まぁ、否定は出来ない」
「……なんか負けた気がする……」
「とにかく、つばきはさくらさんと一緒にいてバレないのか?」
「うん、わたしがマスクと帽子被って来たから」
「さくらさん……なぜ気付かないんだ」
「デクが気付きすぎ!わたしたち双子はとくに似てるのに」
「セカンはどこにいても分かるんだよ!」
「――え?そ、そうなん?わ、わたしが特別……とか?」
「特別に決まってるだろ!そんなことより試合にはセカンが出るのか?お前……バトミントンなんて出来るのか?」
「そ、そんなことって……でも、ととと、特別なんだ……ふ、ふぅん、そうなんだ、へ、へぇ〜」
この様子だとセカンでは準優勝も厳しいか……今のところ総合で2位……総合1位の3年2組が男子バスケを制すると、うちが男女混合ビーチボールバレーで準優勝以上しない限り、かなり総合優勝は遠くなる……。
「つばきは怪我でもしたのか?」
「ううん、今日二日目でかなり痛みがあるみたい。つばきって薬が効かないんだよ。全然元気だけどね。ベスト4だから充分だって……デクの作戦通りならいけるはずだって言ってた」
たしかに……ここは豊田たちの優勝を願って……。
「守日出くん……つばきちゃん……」
その声に振り向くと
「豊田!」
「
「私たち……準決勝で負けちゃった……ごめんね……みんなで総合優勝しようって……それなのに……う、うう……」
ベスト4か……これはもう。
だが、勝負の世界とはこういうものだ。豊田を責めるようなことがあってはならない。
「そうか、よくやった」
俺はそう言った。
「――え?だって……総合はもう……タイトル取ったのは女子バスケだけで……ソフトも準優勝だし……うう」
「陽菜ちゃん……」
「充分だ。奥の手があるって言っただろ。皆でバトミントンを応援してくれ」
まずいな……神代の潜在能力にかけて優勝……総合逆転優勝しか残ってないか……そして、ここにきて「
「デ……ユキタカくん……勝てばいいと?」
「セ……つばき……分かりやすくていいだろ?」
「うん、わたしに任せて!」
セカン……もしかしてめちゃくちゃ上手いとか?たしかに足は早い……だがコイツが躍動しているところを想像出来ない。
セカンが勝利の女神となるのか……?
最終種目となった男女混合ダブルスによるバトミントンは準決勝から2セット先取で勝利になる。自信満々だったセカンは完全に神代のお荷物と化していた……。
セカンへのカバーを余儀なくされた神代はその潜在能力を遺憾無く発揮し、なんとか戦いにはなっている。
「ファイト〜!」「一本しっかり〜!」「頑張って〜」「つばきちゃ〜ん」「神代くんカッコいい!」
大声援の中、聞き覚えのあるほうを見ると、さくらさんが二階席から応援している。両隣に二人……一人は岩国先生……もう一人はつばき!
俺は皆が応援しているなか、気配を消して抜け出した。二階席へ行くと少し遠目から、つばきを手招きで呼び出す。
軽い足取りで近付いてくるつばき……キャップを被ってマスクをしているが、その美しさは隠しきれていない。
俺の前まで来るとマスクを外して下から覗き込む。
「ユキタカくん!こっそり呼びつけるなんて、みんなが頑張ってる時に悪い人だね!」
「元気そうだな、つばき……」
「う〜ん、そうでもないよ。お腹がズキッと痛みが出るし……ユキタカくんがさすってくれたら良くなるかも」
「さ、さすっ!お前なぁ……こんな時にからかうなよ」
「私はいつも本気だよ」
「ほ、ほぅ……さすったら、もう一度あやめと入れ替われそうか?」
「ユキタカくん、私への扱いひどくない?それにまた入れ替わっても決勝の柚子ちゃんペアには勝てないよ」
「柚子とムッツリくんのプレイは見た……俺の指示通りにやれば神代とつばきの運動能力でなんとかなる……かもしれない」
「――え?バトミントン部のエース二人だよ!いくらプレイ見たからってそんな簡単なはず……ん?ユキタカくん……何か隠してる?」
「……な、なんだ?」
「ユキタカくん……私に内緒にしてることってけっこうあるよね」
「――な、なんのことだか、さっぱりだ」
「いつもあやめにだけ優しいし、不公平だと思うの!」
「そ、そんなことはないぞ。決して不公平ではない。そもそも俺の作戦にあやめは入ってなかった」
「そう!だからこんなピンチをユキタカくんはどうやって乗り越えるんだろう!……って思っちゃうんだ」
「つばき……お前なぁ、クラスの総合優勝がかかってる時に遊ぶなよ」
「ふふふ、遊びじゃないよ、本気だよ。私にとってはクラスの総合優勝よりも大事なものがあるんだよ」
その不敵な笑顔はあまりにも妖艶で美しい。麗しきミス青蘭なんてもんじゃない。八蓮花つばきは自信に満ちた表情で俺を見つめる。
「つばきの大事なもの?」
「うん……ユキタカくんのことが知りたい!あなたのことが全部知りたいの!」
俺なんかに興味を持つ物好きは何人かいる……神代、岩国先生、さくらさん、柚子……だが、つばきのそれは好きとかではないのではないか……ミステリの謎が解ければ次のミステリへと……俺に何を期待しているのか……。
底の知れた俺に対して彼女たちが興味を無くすのが怖かった……。
『意外と大したことないんだね』とあの頃に言われたことを思い出す。
期待を裏切ることが怖かった……。
皆に期待され、それに応えることが出来なかった……。
一人、また一人と居なくなるのが怖かった……。
「つばき……お前が期待するほどのことは俺には無いよ……失望するか?」
「……ユキタカくん」
そんな憐れむような目で俺を見るな……だからあまり期待するなと言っただろ……つばき……お前も俺から離れるか?
いざという時に手が震える。今の俺にとってお前の期待は重い……。
「まぁ総合2位は大健闘だったな!つばき、試合終わったらちゃんと入れ替わるんだぞ」
そう言ってその場から立ち去る……いや逃げようとした俺の背中に、温かく柔らかい感触が……つばきが俺の背中に抱きついてきた。
「つ、つばきさん……そんなにくっ付くといろいろと問題がありまして……」
「ごめんね……ユキタカくんの気持ちを考えてなかった……いろいろあったんだね。そっか……そうだよね……」
つばきは俺を抱きしめるチカラを強めていく。頭のいい子だ……少しの会話から俺を理解しようとする。
強めたチカラは「大丈夫、離れないよ」……そう言っているようにも感じた。
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