つばきは彼に期待する

➖5月24日➖蒼穹祭前々日の夕方


「シーサイドモール」とはこの町の若者が集う大型ショッピングモールである。というのは昔の話らしい。


 当時、学生の間で「どこに行く?」となると「シーブラ」でいいか!となるのがセオリーだと聞いた。


 「シーブラ」とはシーサイドモールをブラブラするを略していたらしい。地元の人間にとっては当たり前の略語だそうだ。


 そして、我々「青蘭高校」の生徒たちの帰り道、というか駅に「シーサイドモール」が存在する。備品などは、ここで購入出来るので効率がいいのだ。


 とりあえず、領収書を無事に受け取った俺は、ある人物に連絡を入れる。


 ん?俺にも友達がいたのかって?舐めるなよ、家族以外では一件目だ。神奈川の頃の連絡先は引き継いでいない。新しく契約し直したからな、一年間で一件だ!


 俺のソロプレイヤー振りは半端じゃない。まぁ、聞かれたら教えたが、聞かれなかったからな。ちなみに、グループLINEにも所属していない。誘われてないからだ。


「最自由」であるビスケット・オリバな俺は、何者にも縛られずに高校生活を謳歌している。


「もしもし、つばきか?……セカ……「あやめ」は帰ってるか?」

 

『守日出くん、初めて連絡くれましたね。嬉しいです。でも用件は「あやめ」のことですか……?』


「俺のスマホには「つばき」の連絡先しか入ってないんだ……悪いな」


『いえ、妹のことなのでいいですよ』


「つばきとあやめ以外のことは連絡しちゃダメなのか?」


『ふふ、守日出くんらしい言い回しですね。……いつでもかけてもらって大丈夫です』


「そうか……で、どうなんだ?あやめは帰っているか?」


『まだ……ですね。何かありましたか?』


「なんとなく、体調が悪いような気がしてたんだが……いちおう、神代に駅までは送るように頼んではいた。その後、どうかと思って……だな」


『……守日出くんが頼み事……神代くんに?……』


「つばき……そんなに珍しいか?俺が頼み事すると」


『いえ、あやめを心配してくれてありがとうございます。やっぱり、守日出くんは優しいですね』


「いや、あやめが帳簿を持って帰ったんだ。それが心配でだな……」


『そうですね。守日出くんらしいです』


「つばき……俺のことを勘違いするなよ」


『してませんよ。期待をするのも、されるのもイヤなんですよね』


「そうだ」


『とりあえず、あやめに連絡してみますね』


「あとは任せたぞ」


『あとでメールしますね』


 こういう時、連絡先がわからないと不便だな。セカンの様子だと、熱がありそうだったんだが……しっぺをされた時の手も熱かったしな……。


 とりあえず帰ろうと駅で電車を待つ。都会のように電車の数はそう多くない。大体、20分に一本程度だ。ベンチに座りスマホを見るとメールが入っている。


 [あやめと連絡つきません]


 なるほど……神代のことは嫌いだが、信頼できる人間だと思っている。だとすると、電車には乗っているはずだ。


 つばきの連絡を取らないということは、熱が出て電車の中で寝ていると考えたほうがいいな。


 いくら田舎だからといっても電車の中も危険だ。


 性格はどうあれ、見た目は「麗しきミス青蘭」と同じだ。寝ている姿を盗撮やイタズラでもされる可能性だってある……ちぃ……まったく、手のかかるヤツだ。


 セカンと神代が、あのあと保健室に行ってから駅までバスで帰ったと仮定する……バスの時刻と電車の時刻を照らし合わせると……「山陽本線・小月行き」に乗っていた可能性が高い。


 つまり、終電まで寝ていたとしても、そう遠くない小月で停車しているはずだ。


 ちょうど今来たこの電車に乗り、小月で降りれば高確率でセカンを発見出来るはず……とりあえず車内でつばきにメールをしておこう。


[小月行きの電車で寝ていると推測し、そこまで行ってみる。20分ほどで到着するから、もしあやめから連絡あればメールしてくれ]


[ありがとうございます。度々、ご迷惑をかけて、すみません(>人<;)]


 小月まではあっという間だ。時間差もさほど無いはず。折り返す前にセカンを回収したいとこだが、車掌の車内チェックはどのタイミングなんだ?


 俺の乗った電車はセカンの10分後と仮定して、折り返すには……かなり時間があるな……車内チェックで発見されていれば俺にも連絡がくるはずだ。


 小月に着いて停車中の逆路線へ階段を登り、そして下る。小さな駅だが階段ダッシュはきっつ!


 くそ……なんで俺が走らなきゃならない!


 車両は5両だ。いたらすぐに………………って居るな。駅員さんが困ってる


「すみません。この子の友人です、俺は守日出と言います。この子は八蓮花あやめ。あとこの子の姉と連絡ついてますので、代わってもらっていいですか?」


 俺が怪しい者でないことを確認してもらい、キセル乗車も許してもらった。とりあえずこのまま付き添い折り返して戻ることにする。


 ピコンとメールの通知が入る。もちろんマナーモードにはしている。


[本当にありがとうございます。゚(゚´Д`゚)゚。守日出くんのおかげです。折り返したほうが早いということなので、母親とこっちの駅で待ってます]


[あやめなんだが、熱が高くて目を覚さない。駅に着いたら背負ってもいいか?]


[守日出くんさえ良ければそうしてくれると助かります(>人<;)]


[母親もいるんだよな……]


[はい、ぜひご挨拶をしたいそうです]


[ただ……制服を着替えさせる必要があるんです。バッグにの制服が入っているはずです]


[まさか……俺にをしろと言うのか……?それはさすがにマズいと思うぞ]


[駅に多目的トイレがあります。申し訳ないのですが、お願い出来ますか?]


[俺があやめに殺されるぞ]


[母にバレるよりは……]


[あやめの意識が戻ったら?]


[私がなんとかします。どうかよろしくお願いします]



多目的トイレまではなんとか辿り着いたが……どうすればいい。


 まずは、バッグの中の制服を確認する。


 どう着せるかをイメージしてから脱がすんだ。


 脱がす……罪悪感が半端ない。


 意識も朦朧としている女子の制服を脱がすなんて犯罪でしかないじゃないか。


 しかも相手はセカンだ、神代じゃなくてすまん。


 項垂れたセカンの上着に手をかける……。


 トイレなんかで、しかも俺なんかに脱がされたとなると、コイツは、なんと言って怒るだろうか……。


 もう普通には絡んではこないかもな……。


 ふっ……そうだった……俺は何を気にしてるんだ……俺は何も期待しないし、されない男だった。


 火照った頬に、汗で濡れた前髪……寝ているようだが息遣いは荒く、肩で息をするセカン。


 病人なんだ!


 ヘンに意識するな!


 むしろ早く着替えさせて連れて帰ってあげないと悪化するばかりだ!


 グッと一気に上着を脱がそうとしたとき………………ふと思った。


 ん?……多目的トイレ……。


[つばき、多目的トイレならお前来れるじゃないか!母親にお腹が痛いとでも言って走って来い!]


[気付かれましたか。すぐに行きます]


 まったく……アイツ知っててわざとやってるな。


「守日出く〜ん!」


 多目的トイレの前で待つこと数分、可愛いらしい声とともに、つばきが走ってくる。


 おぉ、双子が揃ったのって初めてじゃないか?うん、同じだが違うな。


 こりゃ姉妹二人で歩くと目立つだろうな……よく一年間も誰にも気付かれなかったものだ。まぁ、コイツらはシーブラしそうにないから地元の人間には会うことはないか。


 多目的トイレでつばきと交代。着替えを任せて、花鞆高校の制服に着替えたセカンを再び背負う。少し時間をロスしたので足早で駅を出ることにする。


「つばき、母親は車を回してるのか?」


「はい、良ければ守日出くんを家まで送ると言ってましたけど」


「……急用があるので引き渡し後、すぐに退散させてくれないか?」


「ふふ、急用ですか?」


「あやめをなるべく早く着替えさせたほうがいい、俺のことは気にするな」


「もう着替えてますよ」


「……あれだ。この高熱だ、下着とかも替えないとな」


「ふふ、そうですね。ありがとうございます」


 駅前でつばきと並んで待つと一台の車が俺たちの前に横付けしてくる。おそらく母親だな……俺にずっと背負われてるなんて嫌だろうが許せ。しかし、背中が熱い、肩に乗っかる顔も熱い、コイツ蒼穹祭に来れるのか?


「……う〜ん……あのバカ……いっつも……」


 肩口からボソボソと寝言を言うセカン。あのバカは俺だな……すまんな神代じゃなくて。


 ちょっ、く……くるしぃ……あまりくっつくな!当たってるぞ!こっちがせっかく気を遣って背負ってるのに……く……。


 カシャカシャッとシャッター音が聞こえる。クスクスと笑いながら、つばきが俺たちの写真を撮っている。


「お、おい!撮るな!」

 

「ふふ、記録しておこうと思いまして」


「何の記録だ!あやめに見せるなよ」


「守日出くんの秘密を一つ手に入れました」


「……ふぅ……まったく、とんでもない姉妹だ」


「もし、同じことがあったら、私にも同じようにしてくれるんですか?」


「……俺に期待するな」


「ふふ、そうでした」


 車から降りてきたのは三姉妹といっても驚かないほど若い母親。ってマジかよ……母親ってアレが?どう見ても少し歳の離れた姉だろ。


「つばき……もう一人の姉とかではないよな?」


「ふふ、守日出くん、上手ですね。お母さん、凄く喜ぶと思いますよ」


「いや、言わないでおいてくれ」


「守日出くんですね。母の「さくら」です。この度は、本当にありがとうございます。いつもから聞いてます。に、こんないい人がいるなんて知らなかったわぁ〜つばきがあやめに紹介したの〜?」


「――え?ちょっ、ちょっと待ってください」


 勘違いをしているようなので、誤解を解こうとすると、「お母さんは、かなり天然なんです。聞き流して大丈夫ですよ」とつばきが耳打ちしてくる。


 まぁ、天然じゃないと姉妹の入れ替わりには気付くわな。それにしても、耳打ちは恥ずかしいし、親の前だからやめてほしい……。


「守日出くん、今度うちにいらっしゃい。父親にもねぇ……会っておきたいでしょ!それに、ぜひお礼をしたいし……」


「あの……さくらさん、あやめさんを早く家に帰したほうが……」


「キャ〜!さくらさんなんて呼んでくれるの〜!嬉しいなぁ〜。うちは姉妹でしょ、男の子って憧れるの〜!」


「あの……そろそろ僕も帰らないと心配されるんで」


「あら、ごめんなさい!ワタシったら興奮しちゃって」


「じゃあ……あやめさんを車に乗せますね」


「お願いしまぁ〜す!」


 さくらさんは、こんな大きな子供が二人もいるとは思えないほど綺麗な人だ。優しくふわふわした雰囲気でゆっくりと時間が流れている感じだ。


 二人がこれだけ奔放に育ったのも頷ける。まぁ、蒼穹祭が終われば、二人とそんなに関わることもなくなるだろう。さくらさんとは、もう会うこともないだろうな。


 車を見送り、バッグの中を確認する。どっと疲れたが、帰ったらやるべきことがある。セカンのバッグから帳簿を抜いておいた。目を覚まして帳簿が無いと焦るだろうから、つばきに連絡しておくか。


 そう思ってると、つばきのほうからメールが入る。


[帳簿までありがとうございます。守日出くんは、やっぱり優しいですね。でも、あやめにばかり……ずるいです]


 ふぅ……帳簿に気付くとは、さすがつばきだな。


[あまり期待するな]


[はい、期待しません]


 

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