思い出のグリーングラス
三年生にとって最後の蒼穹祭、しかも後夜祭という思い出に残るであろうビッグイベントでの公開処刑。
断罪された三人の女子生徒は、きっと俺を恨むことになるだろう。だが、これは必要なことだ。
絶対に後悔してもらわねばならない。
仮に後悔しなくても、その矛先は俺へと向けられる。セカンのことなど、もう眼中には無いだろう。人の心なんてそんなもんだ。
だが、決して俺が負けることはない。
なぜなら、俺が裁く側であり、ヤツらは裁かれる側だからだ。ククク、自分の性格の悪さが怖くなる。
まぁ、性格の悪さでいえばここにいる全員がそうか……自分たちの都合の悪い人間だと判断した途端にこれだ。我、関せずと、ヤツらを擁護する発言すらなく、今はもう後夜祭を楽しむほうに気持ちを切り替えている。
所詮は自分がかわいいだけの外野……じつに人間らしいと言えるだろう。
三人の女子生徒たちの目は死んではいない。去り際にすれ違う俺を横目で睨んでくる……ふぅ……上手くいったか。最後の俺の言葉が効いたようだ。
ヤツらの心まではへし折れず、俺への憎悪だけが残るようにと。
あとは……コイツだ。
神代……お前のことは利用させてもらったがいいだろ?これで無事セカンを守ることが出来たのだから。
神代ですらヤツらに何も声をかけることもせずにいた。
ただ……。
「守日出、君のやり方が正しいとはとても思えない。そして、そうまでして八蓮花さんを守って、彼女の気持ちに応えないのは、どうなんだ?今日一緒にいた女性といい、君は何がしたいんだ?」
何言ってんだコイツ……。しかも見られてたか……となるとセカンにも?
う〜ん、セカンにはどう誤魔化して言うか……まぁ、あれはつばきだよって言えばいいか。
「気持ちに応えるのはお前のほうだろ。吹っ切れたんだろ?モヤモヤが」
「ああ、モヤモヤの正体が分かったよ。今も落ち着かないんだ……君がいつも自分を犠牲にして守っている彼女に対する嫉妬……」
「自分を犠牲って、そんなつもりもないし、俺と八蓮花はそういうのじゃない……ん?」
少し違和感を感じる……。目の前の超絶イケメンが何やら可愛く見えてくる……。切なそうな目はキラキラとネオンのように光り。
男とは思えないほどの小顔に綺麗な肌、艶のある唇は次の言葉を発しようと少し半開きになる……。
待て……。
待て……神代。
待て……俺……飲み込まれるな!
落ち着け、守日出来高!お前はこの後、セカンを無事に家に届けるんだ!傷心の彼女に何て説明するんだ!
神代との接点を作ってきた俺が……お前の一番のライバルは俺だよ……って言えるか!そんなこと!
とりあえず神代より先に何か言うんだ!何でもいい!今コイツに喋らせちゃダメだ!
「守日出……僕は……」
「ええと、神代、俺は今日一緒にいた子と付き合っているわけではない」
俺はバカか!そんなことを言ったら、まるで受け入れるような……ハッ!
「じ、じゃあ……女遊びをしているわけじゃないの……か?」
神代の表情は安堵に満ちていて、声音もどこか女らしい。……可愛い……じゃないわ!とにかく誤解を解かねばならん!嘘でもいい、誰も傷つかない嘘を……。
「あれだ……あの……俺は……今日一緒にいた子が好きなんだ!」
最低なことを言った気がする。
「うん、それでいいと思う。君は何も気にすることなく気持ちを言えるじゃないか……僕と違って……」
神代……そういう事だったのか……勘違いしていたのは俺のほう……。
悪いが俺はお前の気持ちに応えることは出来ない。しかも、俺はお前の勇気を遮るような最低な男だ。
お前にはもっと相応しい………セ………セカン!お前いつからそこに!?
空が深い青色となり、人の表情が認識しにくい時間帯をブルーモーメントと呼ばれるが、彼女の表情はそんな中でも見て取れる。
すごく悲しそうな表情。目に涙を溜めて、その涙が落ちないように、必死に堪える姿……どこから聞いていた?
神代の気持ちを聞いていた?
それとも……。
「……デク……先帰るね」
「セカ……八蓮花、待て!」
走り去るセカン……追おうとする俺に神代が声をかける。
「守日出!彼女にはちゃんと答えをあげて欲しい」
「――お前何を言ってるんだ?八蓮花はな……!」
いや、俺が言うべきことじゃない。
とにかく追いかけた!
背中に激痛が走る!
岩国先生からは激しい運動は控えろと言われていたが……今日はガラにもなく、よく走ったな……そう思うと同時にセカンの手を取った。
「ハァ……ハァ……下り坂より速いな……ハァ、ハァ」
振り向かないセカンに声をかける。少し震えた華奢な手は、彼女が泣いているのだと俺に気付かせる。
「待ってろって言っただろ?」
「校内放送でね……デクがね……また、わだじを助げでるの……」
後ろを向いたままのセカンは振り絞るように声を出す。公開処刑は保健室まで届いていたのか……。
「ぞれでね……いでもだってもいられなぐで……岩国先生はデクにまがぜろって言うげど……わだじ……う、うう……」
「ふぅ……恥ずかしい話するぞ。昔な……まぁ昔といっても中学時代の話なんだが、好きな人がいたんだ」
「――え?なんのばなじ?」
振り向いたセカンの顔は涙と鼻水でボロボロだった。「ぷっ、ブサイクだな」と言うと「見んで!」とセカンは俺の胸に飛び込んできた。
トンっと俺の胸に頭を押し付けて俯くセカン。泣き顔を見られたくないのだろう……。
「それで?」……と話を促してくる彼女は、どうやら聞く耳を持ってくれたようだ。
自然とセカンの頭に手を乗せる……気付いたらやってしまっている。なぜか安心させたいと思ってしまう。これがお兄ちゃん属性ってやつか……。
「それで、その人の口癖がな『みんなが人に優しくなれる大人になってほしい』ってやつなんだ」
「――え?それって……その人って」
「ああ、その時の担任だ。笑えるだろ?中学三年の子供が24歳の大人の女性に恋をする」
「ぜ……全然おかしくないよ!」
「そうか?でもまぁ……その人は心を壊しちゃってな。原因は生徒たちからのイジメ。それで、生徒に危害を加えるようになったんだ……『みんなが人に優しくなれる大人になってほしい』って言ってた人が……」
「だからデクはわたしに優しいの?」
「ぷっ!俺が優しい!?違う違う、俺が言いたいのはイジメは許さないってことだ」
「デク……でも自分が傷付いてるよ!デクがやってることでわたしが救われても!デクが傷付いてるんだよ!わたしはそれが耐えられない!デクが傷付くくらいなら、自分が傷付いたほうがいい!」
「優しいのはお前だな……セカン。そもそも勘違いしているようだが、俺はな、傷付いてないんだ。傷付くとしたら……近しい人間が壊れること……かな」
「だからデクは人を遠ざけてるの?」
「……」
コイツは昨日から泣きっぱなしだな。せっかくの可愛い顔が台無しだ。
泣いた瞼の腫れ
鼻水で赤みを帯びた鼻
不安気に俺を見上げるセカンは、今にも壊れてしまいそうなほど儚くて
つばきのように洗練された美しさはない……が、それを可愛いと思った。
俺が守りたいと思った……。
「人によって何が嬉しくて、何が苦しいのか違うように、俺にとってセカンが思うような苦しさは、さほど感じないんだ」
「ほんとに?」
「ああ、『人それぞれ大事なモノって違うだろ』。その大事なモノの比重がデカいんだよ、たぶん」
「――!『人それぞれ』って……デ……デク?……もしかして……デクがおばあちゃ……」
突然鳴り響くフォークソング。
🎵思い出のグリーングラス🎵とともに後夜祭フォークダンスが始まった。
その時に、はっと気付き、辺りを見渡すと、自分たちの立っている場所がフォークダンスの会場だったのだと恥ずかしくなる。
しかもチークダンスのようにセカンが俺の胸の中にいるのだ。周りには各々が、それぞれの青春を噛み締めるように、甘い雰囲気で満ち溢れている。
「あ……これって……」
「後夜祭のフォークダンス……だな」
「デク……もしかして照れてる?」
「ババ、バカ!この状況で照れない16歳はいないだろ!」
「デクでも照れてるんだ……ふふふ」
「くっ!笑うな!帰るぞ、俺は俺の責務を
「ふふふ、デクのくせに煉獄さんみたい」
「ほら行くぞ!」
俺にくっ付いてしまっているセカンを引きはがそうと肩に手を乗せると……。
う、動かない。俺にチカラが残ってないのか、セカンがチカラを入れているのか、離れてくれない。
「お、おい」と声をかけると、捨てられた子犬のように俺を見る。
「もう少し!……もう少しだけこうしていたい!」
ふぅ……コイツのこの顔はダメだ。どうしても突き放せない。
観念した……。
「セカン……俺が相手でいいのか?」
「うん、デクがいいと!」
ぐふっ……デクがいいと……デクがいいと……デクがいいと……この姉妹……俺じゃなかったら立ってられないぞ。
「一曲だけだぞ」
「いい曲だね」
「思い出のグリーングラスって曲だ。死刑囚が執行を迎えた朝に見た夢を歌ってるらしい。故郷を想う歌だそうだ」
「でた、うんちく王」
「王子な!」
「デクは王様なそ!」
「おっさんってことかよ」
「ふふ、それもあるけど……なんか態度とか?」
「う〜ん、それは否定出来んな」
「でしょ!へへへ」
「今日……蒼穹祭……悪かったな、嫌な思いさせて」
「デクのせいじゃないし、終わり良ければ全て良しってね!」
「これが良い終わり?でいいのか?」
「うん!」
「そうか……なら良かった」
「……う……うう」
「ど、どうした!?急に泣くな!」
「だっで……デグが……声とか、顔が、やざじいがら」
「なんだそれ!いつもヒドいみたいに!泣き虫セカンの顔はもう大変なことになってるぞ」
「ブサイク?」
「だな……ブサカワイイ犬?」
「かか、可愛い!?そそ、そうかなぁ!!?」
「いやいや、ブサと犬を無視するな。都合の悪い単語から目を背けるんじゃない」
「なんて〜!ペシペシしちゃる!」
「痛い!やめろ!しっぺは地味に痛い」
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「へへへ、デク……今日はありがとう!」
「……帰るか?」
「うん!」
一曲どころか二曲目も終わっていた。セカンとは踊っていたというか、チークダンスのように彼女を胸に抱いているだけ……
見上げる彼女の目を見て……
ただそばで話していただけ。
保健室に荷物を取りに行くからと軽い足取りで一人向かうセカン。校門で待ってるぞ……とだけ伝え、校門へ向かう俺の足取りは重い。
ほっとしたら痛みで意識が飛びそうになっていたのだ。廊下は走るわ、階段飛び降りるわ、全力疾走するわで無茶をしたらしい。
そういえば、背骨が折れてるんだったな……どうやらアドレナリンはもう分泌されていないらしい……
『おい!』という声とともに
ドンッと背中に衝撃が走る!
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目が覚めると知らない天井だった。
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