キスマーク

 山口県は海が綺麗だとしつこいくらいに言っているが、本当にそう思う。


 角島大浜海水浴場……全国でも指折りの透明度を誇るここは、角島大橋という島と陸を繋ぐ一本の橋で辿り着くことが出来る。


 コバルトブルーの海を全長1,780mという長さで渡る景色は、ここが日本ではないのではないかと思えるほど美しい。


「デ、デク!ど、どうかなぁ?」

「――お、おお……」

 

 7月30日、気温35度、猛暑と言えるほど暑い夏。


 透き通った海にも感動を覚えるが、目の前の女の子にはそれ以上の感情が湧き立つ。


 上半身は肩口のゆったりしたTシャツで隠れているが、下はフリルのスカートの水着、可愛らしいという言葉が似合うだろうか、表情も照れたように目を合わせてくれない。


 まぁ、俺もまともに目は合わせれないが……。


「おお……って、なんかコメントとかないと?」

 

「そ、そうだな……す、すごく、あやめらしい水着でいいと思うぞ……薄紫色だし……」


「あぁ〜!いつもその色だってバカにしてない!?」


「――してない、してない!菖蒲あやめ色だもんな!」


「うん……へへ……知ってたんだ」


「初めて会った時のインパクトが、薄紫色のパンツだしな!」


「もぉ〜、そればっかり!デクのエッチ〜」


「あっ……バカ……叩くな!痛いって〜」


 ポカポカと肩を叩いてくるが、まったく痛くない。そんなバカップルぶりを、海水浴に来ている人々に見せつけている俺たち……そうとう視線が痛い。


♦︎♢♦︎♢♦︎♢♦︎♢

 

「ふ〜ん……イチャイチャしてますなぁ。彼女を差し置いて、これをどう思う?瑠花ちゃん」


「くくく、セカンは我らファミリーの中でも一番のヒーラー・ガール……これは、さすがの兄さんも、メロメロになることからは逃れられませんよ。だから、彼を恨まないでやってくれませんか?ツバキ姉さん」


「ふふふ、恨むなんてとんでもない。むしろ楽しみが増えて嬉しいわ」 


「くくく、さすが、ツバキ姉さん……逆境をチカラに変え、むしろ、それすらも楽しんでいくスタイル……おみそれしました」


「逆境?……とんでもない、これは順境よ。すべては私の狙い通り」


「くくく、恐ろしい……恐ろしいです、ツバキ姉さん!さすが我がファミリー最高幹部……深淵しんえんのフィクサー・ツバキ!」


「ふふふ、黄昏のルークに任務があるわ」


「はっ!に、任務!?……くくく、僕のチカラが必要だと?」


「えぇ!あなたが頼りよ……『黄昏のルーク』」


「――!仰せのままに……」


♦︎♢♦︎♢♦︎♢♦︎♢


「ねぇ……デク。角島大浜海水浴場って、青蘭生とか花鞆生とかっているのかなぁ」


「ククク、安心しろ。調査したんだが、ここは県外からの客が多いそうだ。交通の便が悪くてな……ファミリー層や大学生が多い。つまり車が無いとなかなか難しい場所だということだ」


「そっか……じゃあさぁ……手とかつないでもいい?」

 

「――!あ……ああ……でも、つばきや瑠花が着替えて来たら……恥ずかしいというか、後で何を要求されるか……」


「そ、そうだよね!……でも……それまで、つないでていい?」


「――ぐっ!」


 それまで、つないでていい……それまで、つないでていい……それまで、つないでていい。これは、ヤバい。


 白く華奢な手が、ゆっくりと俺の指先に触れようと動く。俺もそれに応えるように、その手を迎える。

 

「あっ、ごめんなさい!」

「――え?」

 

 ドンッと背中を押されたあやめは、俺の胸に飛び込んでくる!ふわりと柔らかい感触が、俺の肌に直接触れた!


 密着する肌と肌に、血液が上昇していく!


 頭に血が上るという表現は、怒りによって起こるだけではない。興奮した感情が心臓の鼓動を急激に早め、暴れ出す血流が俺の頭部を刺激する!


 角島大浜海水浴場は、県外からのファミリー層や大学生が多い観光スポット。そんなビーチで抱き合う高校生……周りには夏休みではしゃぐ小さな子供たち……ちょっと、ぶつかったりなんて、無いこともない。


 が……小さな子供たちに紛れて、小さな諜報員がニヤリと佇む。黒のショートパンツ風な水着に、黒のパーカー(これも水着)を羽織り、パーカーのポケットに手を突っ込んでこちらを見据える。フードはもちろん被っている。


 ふぅ……瑠花……お前わざとぶつかってきたな。偶然を装い抱きつかせるとは……どんだけお兄ちゃん思いなんだ?この諜報員は……。


 ――は!?その諜報員の後ろから現れる美女……そうか!これを仕組んだのはつばき!


 サクサクと白い砂浜を踏み歩く姿は、人目を引く!


 白く大胆なビキニ、ピタッと張り付いたようなフリルのショートパンツ、髪もアップにしてセクシーな雰囲気だ。サングラスで大人っぽさを演出し、唇はプルッと艶めいている。


「ユキタカくん、いつまで抱きしめてるの?」


「――おわぁ!そうだった……大丈夫かあやめ」


「うん……あっデク……ごめん!胸のとこ……」

 

「――これは!?」


 俺の胸にアザが……?


 そうか!『心拍数が二百を超える』『体温が三十九度以上になる』……全集中を極めた俺は、痣者あざものとなり、身体能力は飛躍的に上がる。


 ククク、俺の寿命も25歳までか……まぁ、これだけ麗しい双子姉妹と海に来てるんだ。寿命が短くなっても仕方がないことだな。それだけの運を使っている……。


「おぉ!兄さんの胸にアザが……これは共鳴して僕にもアザが出る兆し!くくく、僕もさらなるチカラを手にすることが出来るのか……」


「ユキタカくん、それキスマークだから寿命とかは大丈夫だからね!」


「いちいち心を読むな、つばき!恥ずかしいから、なるべく考えないようにしてたのに!」


「ごめん、デク!わたし、押されて、びっくりして……そんなことするつもりなかったのに……」


「あやめ……気にするな」


 泣きそうなあやめの頭をヨシヨシしてあげる。へへへ……と子犬のようなあやめは可愛い。


「に、兄さん!僕にも共鳴を!」


「瑠花……共鳴ってヨシヨシでいいのか?」


「はい!それで僕の胸にもアザが!」

「……いやぁ……瑠花の胸にアザは作りたくないなぁ」


 とりあえずお兄ちゃん属性全開で二人をヨシヨシする。なんだが周りから殺意のようなものを感じるが気にしない。二度と会うこともない連中だ……どうぞ嫉妬してください。俺は、目の前の子たちを幸せにすることに忙しいのだ。


「ユキタカくん、感想は?」

「えっと……アザをつけられた感想?実感ないなぁって思って……」


「むぅ……私の水着の感想だよ!」

「――!」


 つばきは俺に寄り添うとスマホを掲げて自撮りする!俺、つばき、あやめ、瑠花と上手く収まるように寄り添う3人……両サイドから挟まれた俺の両腕に柔らかい感触が当たる!


 とくにつばきがグイグイくるが、動けない……だって離れようとすると、あやめのほうに俺から当てにいっちゃうことになるので、それはまずい。


 写真撮るなら早く撮ってくれ!と願いつつも幸せを感じる今日この頃……俺は鬼畜となってしまうのか……。


 瑠花よ……俺が鬼になったら首を刎ねてくれよ。


 カシャッとまた一つ思い出が記録される。確認するといい写真だ……モデルがいいからな、俺以外は。


 今回、この海水浴のメンバーは5人。最後の一人はさくらさんだ。やはり、大人がいないとここまで来ることは難しい。


 いつものように、つばきの言い出しっぺから始まり、それを全力で応えたいと思い話に乗った。


 さくらさんは、海の家やら駐車場やらバーベキューのレンタルやらで手続きをしてくれている。「先に着替えて楽しんでて〜」と言ってくれたので甘えてしまった。本当に感謝しかない。


 彼女たちは砂浜を歩いたり、波打ち際ではしゃいだり、意味もなく穴を掘ったりと楽しんでいる。


 俺はそれを撮影する。太宰府天満宮で目覚めた撮影魂に火が付く。なんせ、水着美女二人と可愛い妹のコラボレーションだ。チカラが入る。


「立ち位置変えてもう一枚!」


「でた!デクのこだわり」


「ふふ、ユキタカくん、どんだけ私たちのこと好きなの?」


「兄さんはこだわりが凄いですから!僕も見習わなければ!」


「あ……顔はそのまま!視線だけちょうだい!瑠花は一旦こっち来て……姉妹で仲良く!」


「ププッ……デクってプロみたい」

「ユキタカくんの指示に従って仲良くしようかなぁ〜!あぁ、気持ちいい〜あやめの身体〜!」


「――キャ〜!つばき、胸はやめて〜」

「だって〜ユキタカくんが仲良くって言うからぁ」

「ちょっと、くすぐったいよぉ」


 ゴ、ゴクリ……これは撮影していいものか……。二人の天使が天国のような海で戯れる……。


 カシャカシャカシャカシャカシャ


「兄さん……顔がニヤけてます」

「瑠花よ……これが笑顔というものだよ」

「勉強になります」


 一通り楽しんでいると、さくらさんが遅いことに気付き、3人に様子を見てくると伝える。瑠花に二人を守れと任務を言い残し、さくらさんのもとへ行く。


 バーベキューのレンタルカウンターで立ち話をしているようだ。相手は……知らない女性だな。ご近所さんかな?何事もなく良かった。と振り返ると……。


「キャ!」

「あぁ、すみません!大丈夫ですか?」


 俺の振り向くスピードが早すぎたか、女の子をびっくりさせてしまったようだ。スポーティなビキニを着ている女の子が、かき氷を大事そうに抱えている。良かった……かき氷は無事なようだ。


 と、女の子と目が合う!


「「あぁぁ!」」


「デッくん発見だぁ!」

「ゆ、柚子!どうしてここに!?」


「ん?親に連れて来てもらったそ」

「親って?」


「そこで綺麗な人と話してるそ」

「そこって……」


 さ、さくらさん!ということは……柚子の母親か……まずいな。いや、ギリギリ誤魔化せるか。


「でも、ラッキー!デッくんと海で出会えるとか運命なそ!」


「お前くっ付くな!」


「おぅ!相変わらず激しく突き放すねぇ〜でも今日は負けんよぉ!」


「離れろぉ〜」

「ぬおぉ〜」


 と柚子と押し問答していると……


「――え?守日出と特牛こっといちゃん?」


「「――は!?」」


「の、野原!?」

「あっれぇ〜?莉子ちんやん!」


野原莉子のばらりこだと!?


 柚子に野原……こっちは、つばきとあやめがいるんだぞ!

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