みんなより少しだけ想像力のある子

「守日出……コレ使ってくれ」


 隣の席の神代がスッとティッシュを渡してくれる。コイツほど人の気持ちに敏感なヤツはいないだろう。理由も聞かないところがコイツのいいところだ。女子ならほとんど惚れている。


 2、3枚のティッシュをいただき、「悪いな」とティッシュを返すと手と手が触れ合う。


「あ……」と恥ずかしそうに頬を染める神代……ドキッとする俺……俺も今、感情が高ぶってるので抱きしめていいですか?


 このまま、この手を取りif ルートを突き進んでいくのも悪くな……はっ!腐女子なクラスメイトがこっちを見てる。鼻血出てますよ、ティッシュなら神代が持ってるのでお願いしようか?


 今日の俺は情緒不安定でどうしようもない。

 

「えぇと、今日はオープンキャンパスで中学生が見学に来るので、青蘭高校生らしい行動をしてください。課外は2限目までで、3限目は交流会があるので実行委員はよろしく〜」


 担任がそう言うと「はい!」と神代が答える。お前、また実行委員かよ!いいヤツ過ぎて、澤井と河田やっとけ!と言いたくなるが、俺にバトンが来ても嫌なので大人しくしておく……神代、すまん!


 ミスター実行委員が教壇に立つと、やはりしっくりくる。うん、任せたぞ神代!と、つい笑顔を送ってしまった……神代は顔を真っ赤にし口元を隠す……。


 そんな仕草も一流か。と思っているとゾロゾロと廊下を歩く中学生たちが目につく。


 校舎見学をしているようだ。青蘭生と絡むのは3限目ということで俺たちは、まだ眺めるだけだ。


「若いなぁ」「わたしも来たなぁ」「可愛いなぁ」「あれってどこの制服?」「こっちじゃないよね」「県外からって珍しい」「というかめちゃくちゃ可愛くない?」「顔もちっちゃい」「ロリ系美少女発見」


 かなり盛り上がっているようだ。県外の制服という声も聞こえるが、学年に一人や二人はそんなヤツもいるだろう。俺やつばきとあやめだってそうだ。誰も知らない地で新たな自分を創り出している。


 2限あった課外もいつの間にか終わり、3限目のオリエンテーションは、神代が進行していくらしい。うちのクラスでは中学生用のクイズ大会を行う。俺は高みの見物が出来るいい企画だ。


「じゃあ、うちのクラスの交流会に参加してくれた中学生はこちらの5名で〜す!」


「「「わぁぁ!可愛いぃ」」」


 パチパチと拍手喝采をして、中学生が緊張しないように盛り上げてあげる。


 こういう時はしっかりノリを良くしてあげないと、中学生たちもどんなテンションで高校生と絡むのか不安でいっぱいだ。神代がうまく進行している。


 5人か……おそらく、各クラスに振り分けられているのだろう、交流内容はそれぞれ違うようだが、クイズ大会は無難だな。


 おっ!あれはさっき噂のあった女の子か、どこの制服かは知らないが、なんだかお嬢様学校って感じの制服……マスクにメガネ……か……あと眼帯?重病じゃねぇか。


「あれ?さっきの可愛い子じゃねぇ?」「でも、マスクとメガネしてるね」「さっきはしてなかったのに」

「外して欲しいなぁ」「そうなん?見たかったけど、恥ずかしいじゃねぇ?」「でも、ちっちゃくて可愛い」


「はい!じゃあ、さっそく始めましょう!」


 マスク女子にざわつくクラス内、自己紹介という事で5人はそれぞれ中学校名と名前を言っていく。モジモジと恥ずかしそうに言っている姿が初々しい。


 自己紹介最後のマスク女子の番だ。どうやら大人気の彼女は、緊張で声が小さいらしい。優しい神代が代わりに答えてあげる。


「中学校は福岡の海星学園で、名前は……黄昏たそがれのルーク?……だそうです」


 一気に中二病感が出てしまい、静まり返るクラス内。皆はどう反応していいのか分からないようだ。神代もこの手の扱いは苦手と見える。


「だいぶ痛い子?」「そういう時期もある」「可愛いのに……」「よく見たらメガネの下に眼帯してる」「こりゃ、ガチだ」


 ふぅ……仕方がない。


「海星学園って八蓮花の後輩じゃないか?」


 俺はそう言った。


「あっそっか」「たしかに」「お嬢様じゃん」「八蓮花さんの知ってる子?」


「う〜ん、どうかなぁ。2学年以上離れると分からないかもですね」


 ん?珍しくつばきが乗っかってこなかったな……俺のナイスパスを受け取らないとは……。


「では、ペアを組みましょう!」


 そう、この交流会は中学生と高校生のペアを組んで戦うペアバトル。まぁ俺は関係ないのでゆっくりとクイズを楽しむことにする。


 中学生          青蘭生

[チームA]

 大坪さん    &   野原莉子のばらりこ

[チームB]

 菊川くん    &   杉下と亀山

[チームC ]

 熊野さん    &   田倉こころ

[チームD]

 安岡くん    &   吉見よしみありす

[チームE]

 黄昏たそがれのルーク  &   八蓮花つばき


 なんだが面白そうな組み合わせになってるな。つばきとあの子が組むのか……クイズ大会なら、つばきがいれば圧勝だろ。


「廊下にいらっしゃる保護者の方々も後ろのほうへどうぞ」


 説明会を終えた保護者たちが子供たちを見守るように教室の後ろへ並ぶ。最近の親は若い、ファッションも子供とお揃いで着るくらいだ。下手したら姉妹と間違われることなんてザラにある。


 いやぁ……本当に若い!あの帽子にサングラスの女性なんてめっちゃ綺麗じゃないか。口元しか出てないが隠しきれない美しさというか……ん?


「はぁ〜!?」


「「「――!」」」


「も、守日出……どうかしたのか?」

 

神代が心配そうに声をかけてくれるが、俺もびっくりし過ぎて叫んでしまった。誤魔化すしかない!

 

「あ……悪い……ちょっと発生練習を……な」


 どっ!と軽く笑いを取る。


「「「なんだそれ!お前は出場してないぞ」急にどうした!」コーチ……?」

 

 あのイケイケな保護者に扮しているのは……あやめだ。保護者枠にあやめがいる。


 なんてこった……クラスマッチに引き続きこの姉妹は本当にどういう神経をしてるんだ。


 こっそり後ろに立つあやめを確認すると……


 (デク〜わたし大人に見える?)

 (バカか!どうしてそこにいる!)


 (秘密作戦なので言えません)

 (作戦?……何か目的があるのか?)


 (う……いくらデクでも、言えんと!)

 (ふっ……つばきだな……という事は、この交流会で何かする気だな……大丈夫なのか?)


 (ヒュー、ヒュー……知らんとよ)

 (ふぅ……まったくコイツらは……仕方がないな。あやめ、似合ってるよ)


 (――!そ、そうかな……へへ……ありがとう)


 クイズで盛り上がるなか、俺とあやめは口パクのみで会話をしていた。まぁ、口パクすらなくてもあやめの言いたいことは、大体想像出来るけどな。


「問題です。青蘭高校の文化祭は……」


 ピコン!


「はい、チームB」

「蒼穹祭!」


「不正解!蒼穹祭……ですが〜……春と秋……」


 ピコン!

「はい、チームE」

「春!」


「正解!これでチームEが4ポイントでリーチ!チームAは3ポイントです。他のチームも頑張ってください!」


「「「頑張って〜!」チームA頑張れ〜!」チームC〜」


「問題です。今年のクラスマッチで……」


 ピコン!


「はい、チームA!」

「総合優勝!」


「ん〜……惜しい!不正解!」


 ピコン!


「はい、チームE!」

「2年3組!」


「…………………………正解!チームEの優勝〜!おめでとう!問題は、今年のクラスマッチで総合優勝したのはどのクラスですか?でした〜!」

 

「「「八蓮花さんだ〜」いいぞ〜」可愛いコンビ!」 

 

「では、優勝した黄昏のルークさんから一言もらいましょう」


 神代に耳打ちして伝える、マスク女子……。


「――え?それを僕が言うの?」


 頷くマスク女子。


「えっと……守日出来高もりひでゆきたか……こっちへ来い……だそうです」


「「「――!」」」


「え?なになに?」「デクを名指し」「デクの顔見てみろ、イヤそう〜」「名指しならしょうがない、行って来い!」「告白!とか?」「マジ?なんでアイツばっかり」


 えっと……これって、つばきとあやめの差し金だよね……わざわざこんなことまでして何をする気だ?交流会の時間大丈夫?


 時間が押しても申し訳ないので、仕方なくその子の前に立つ。思ったより小さい。瑠花るかもこれくらいはあったかな……いや、もっと小さいはず……アイツは俺と違って成長が遅いからな。


「俺になんか用か?」


 俯いた少女は、そばにいるつばきに手紙を渡す。


「わたしが読んでいいの?」


 つばきが優しく尋ねると、コクリと頷く少女……う……なんだが、お兄ちゃん属性が疼く。


「守日出来高さま……あなたがこの手紙を読んでいるということは、僕はもうこの世界には存在していないのかもしれません……」


 クスクスと、笑い声がする。


「でも、あなたがこの手紙を読んでいるということは、あなたは無事だと言うことですね……あなたが無事で良かったです」

 

 不思議な内容にざわつくクラス内。

 

「僕は中学校という新たな組織に所属することで、あなたの存在の大きさに気付きました……だって、あなたが僕の前からいなくなってしまったから」


 つばきの言葉に耳を傾けるクラス内。


「大きなあなたは、小さな僕を守ってくれてました。危ないときは手をつなぎ、寂しいときも手をつなぎ、嬉しいときは一緒に笑ってくれました」


 静まり返るクラス内。


「僕が何かに目覚めたのが5年生の頃……僕は同級生に変だと言われ始めました。周りとの温度差に戸惑っていた僕にあなたは言いました。『瑠花るかは変じゃないよ、みんなより少しだけ想像力があるんだな』……と……否定しなかったのは、あなただけでした」


 すすり泣く声も聞こえる教室内。


「ずっと一緒に育ってきて、離れ離れになってしまった僕たちですが、いつかまた会えたら言いたかった言葉を綴ります……生まれ変わっても、世界線が変わっても、僕はあなたの家族になりたい……お兄ちゃん大好き……誕生日おめでとう!」


 俺は瑠花を抱きしめていた。


 今日の俺は情緒不安定だ。人前で妹を抱きしめるなんて普段なら絶対に有り得ない。いつの間にかマスクもメガネも外していた瑠花は、眼帯をしていない瞳から流れる涙を拭えない。


 拭うはずの両手は、俺を捕まえて離さないから……。


「ユキタカくん……ちょっと早いけど誕生日おめでとう」


 つばきの瞳も潤んでいて、優しい表情は思いやりに包まれている。あやめを見ると後ろで泣き崩れてどうしようもない。


「ふっ……忘れられない誕生日プレゼントだ……ありがとう」

 

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 冷静になるとめちゃくちゃ迷惑をかけている。大事な交流会を俺の誕生日会にしてるのだから……だが、参加していた親御さんからは、好評だったようでお咎めなしということだ。


 すごく思いやりのある学校だと親御さんの評価を受けて2年3組は何故かベスト・オープンキャンパス賞を頂いた。この学校どうかしてる。


 終わってからも大変だった……瑠花の可愛いさに当てられたクラスメイトは大騒ぎだ。俺の妹に手を出すヤツは制裁を下す!と、とりあえず威嚇しておく。


 あやめは、なんとかバレずにやり過ごしたようだ。瑠花のインパクトがデカすぎて人目につかなかったことが功を奏した。あぶない、あぶない。


 とりあえずあやめと瑠花には、シーサイドモールで待つように伝え帰ってもらう。


 校門まで見送ると、瑠花はあやめと手をつなぎ、地獄坂を下っていく。


「じゃあ、デク、また後でね」

「ああ、気をつけてな。1時間くらいで追いつくから」

「うん、瑠花くんと待ってる」


「あれ?兄さんはツバキの彼氏だよね?……セカンは何なの?」


「――うっ!えっと……あやめも大事な人なんだ……瑠花が俺を想うのと同じように……」


「デク……は、恥ずかしぃ」

 

「ふ〜ん、じゃあ家族だね!僕もセカンとツバキのこと家族と思っていい?」


「「――!」」


「る、瑠花くん……わたしも大好き!」

「う、うわぁ……ちょっと、胸がおっきくて息できないから〜」


「あやめ、誕生日プレゼントありがとう。嬉しかった」


「うん!」


「セカン……くるぢい……」


 俺の誕生日は8月8日……実はかなり早いお祝いだ。二人は偶然、瑠花に会ったらしく、つばきがこの計画を思いついたそうだ。


 瑠花が着ていた制服は、つばきが中学生の頃に着ていたもので、オープンキャンパスでサプライズしようと考えていたようだ。


 俺が歳三さんと出会い、つばきとあやめが瑠花と出会う……いよいよ俺は本気で考えていかなければならない。


 もう俺の人生は、二人無しでは考えられないのだから……。

 

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