思いやりはテレパシーという名の超能力

「ハァハァハァ……これこれ……この無駄のない筋肉……そして若くパンッと張った皮膚……体臭は?」


「――って嗅ぐな!変態!」

 

「いいじゃないか!久しぶりなんだし!私がいなかったら君の身体はこんなに早く完治してないぞ!タダだぞ!タダで診てやってるんだ!これぐらい我慢しろ!」


「えぇ……逆ギレ……保健室だから無料タダは当たり前だろ」


「ねぇ……味見していい?」

 

「アホか!ダメに決まってるじゃないですか!そういうことは、旦那さんにお願いしてください」


 岩国牡丹いわくにぼたん先生……元整形外科医で保健室の先生。セクハラ変態オタク教師という複数属性を持っているが、腕はたしかだ。背骨は順調に回復して今はテーピングも軽くする程度でいい。


 もう、テーピングも必要ないんじゃないかと尋ねると、リハビリがあるからと通わされている。


 しかもリハビリの際には服を脱がされる……必要なことだからというが、他に生徒が入って来た時に恥ずかしいので勘弁してほしい。


「岩国先生……課外が始まるのでもういいですか?」

「えぇぇ!もう?一限くらいサボっちゃう?」


「アンタ本当に教師かよ」


 

「人にやっちゃいけねぇことなんかねぇ!罪を背負う覚悟があればな!」



「はぁ、ウシジマくんですね……岩国先生が言うと淫行にしか聞こえないんで……」


「おほぉ〜!守日出〜語ろうぜ〜!」

「時間ないんで、また今度」

「んもぉ、焦らすなよ〜」


「んじゃ、失礼します」

「あっ、守日出は今日のオープンキャンパスでは活躍しないのか?」


「何もしません。基本的に俺は何もしないんですからね」

「そうか……残念だ……お前が何かするなら見に行こうと思ったのに……」


「勘弁してください。では……」


「あと最後に!」


「なんですか?」と振り向くといつになく真剣な表情の岩国先生。普通にしていれば綺麗なのにもったいない……と思っていると。


「お前はつばきとあやめ……どっちが好きなんだ」


 痛いところを突かれた。岩国先生は俺の次くらいに八蓮花家と関わっている。


 入れ替わりの事は、知らないが双子である事は知っている。しかも、俺があやめと付き合っていると聞いているようだ。


 だが、保健室でつばき(実はあやめ)とイチャイチャしているところを見られ、クラスマッチでつばき(実はあやめ)と抱き合っていたことも見ている……そりゃ、ツッコミたくもなる。


「どっちも……って言ったら?」


「だろうな……と思うだけさ」


「最低な男ですよ……」


「そうかぁ?普通だろ……自分を愛してくれる人を愛するのは……」


「強欲ですよ。欲は身を滅ぼします」


「まぁ、欲があるから人は変われるんだけどな」


「ククク、カッコいいですね」


「だろ?伊達に漫画を読んでいない。だが、いずれは答え……出さないとな」


「ですね……」


 岩国先生……ほぼ変態的な言動しかしないが、たまに鋭いから困る。いつが真剣なのか分からないから油断も出来ないし……キーンコーンカーンコーンと予鈴が鳴る!


 マズい、遅刻は成績の評価に響く!


 俺はクラス一の嫌われ者だが、学校一の優等生だ!実は、先生たちからの評判はいいほうだ。まぁ、真面目にやっていれば、そうそう嫌われることはないがな。


「おう、デク。今日おせぇな」

「デクのくせに遅刻かよ」


 杉下と亀山に絡まれるが「まだギリ間に合ってるだろ」と軽く言葉を交わし、机の合間を縫って行く。


「あ……おはよ……」

「ん?おう、おはよう。……元気ないじゃないか。いつもうるさいくせに」

 

「ハァ?いつもうるさいって何!?元気もあるわよ!バカじゃない!」

「――そ、そうか……ならいいが」


 ギャルの野原のばらが、カースト上位のグループで円陣を組んでいるなか、俺に話しかけてくる。挨拶するなら目を見て話せ!そっぽを向くな!……とはさすがに言えない。もっと絡まれると面倒だからだ。


「あっ!コーチやっと来た!部活の練習メニューで相談したくて、待ってました!」

「お、おう!分かった、分かった!授業始まるから後でな……」

「はい!」


 豊田陽菜とよたひなはクラスマッチ以来、俺をコーチ呼びし、バレー部の練習メニューやら何やらを相談してくる。俺が助言すると効率がいいとか言って頼ってくるようになった。一度断った時に泣きそうになってたので、引き受けている。俺が泣きそう。


「おっす、デク」「はよ」「うぃっす」「おはよう、守日出くん」「おう、だって!……キャ〜」


 クラス一の嫌われ者のソロプレイヤーはどこいった……こんなのほぼ神代じゃねぇか。


「おはよう!守日出」

 

 朝から超さわやかな笑顔でいるのは本物の神代、いやぁ……ほぼ神代なんて言って失礼しました。俺にはこんな笑顔は作れない。


「あぁ、おはよう。今日は騒がしいな」

「オープンキャンパスだからね。みんな、わくわくしてるんじゃないかな」


「人に見られるのが楽しいなんて、変わったヤツらだ」

「フフ、そうだね。守日出なら、そう言うと思った」


「ハァ……お前はいつも人の気持ちばかり考えて疲れないか?」

「みんなのことばかりは考えてないよ」


「――え?」


 俺のことばかりってこと?神代はそう言うと、照れたようにその場を離れた。特定の人だけの気持ちを考える……か。


「ユキタカくん!おはよう!」

「つ、つばき……近い……ここは教室だぞ」


 教室にも関わらず俺の腕を抱き寄せるつばき。昨日の修羅場の影響はないようだ。


 (昨日は悪かったな)

 (ううん、運命なんだよ)

 (大袈裟だな)


 (ふふ、でもやっぱり気に入られてるね)

 (出会い方が凄かったしな)

 (帰ってお父さんに聞いたよ!あやめなんて、英雄譚を聞いてる子供みたいだった)


 (アイツはヒーローが好きだからな)

 (ふふ、そうだね!ユキタカくんのことが大好きだよ)

 (ヒーローモドキな!)


 (ううん、ユキタカくんが、あやめのヒーローなんだよ!)


 (はぁ?何言って……)


 キーンコーンカーンコーンと本鈴が鳴ると、つばきはいつもの笑顔を俺に向けたまま、席へと戻っていった。俺も席に着き、ぼんやりと教室を眺める。


 昨日のことが頭をよぎる……『私ね……結婚する相手は決まっているの』……つばきには許嫁がいる。


 今すぐの話ではないにしても、本人からすると、どうなんだろう。結婚する相手が決まっているというのは、どんな気持ちなんだろう……。


 好きな人が出来て、その人から好かれても、その人とは結ばれない。


 高校生活で彼氏や彼女が出来ても、結婚する確率なんてたかが知れてる……だが、付き合っている時には、やはり想像してしまうものだ……ずっと一緒だよ、結婚しようね、幸せになろうね……そんな風に思うはずだ。


 始めから期間限定で決められている恋……。


 つばきは俺に何を求めているのだろう。


『夏休みの間、期間限定で私たちの彼氏になってもらいます!』そう言った彼女を思い出した。


 蒼穹祭のお忍びデートでの大胆な行動、八蓮花宅でのキス未遂、クラスマッチでのあやめとの入れ替わり、ホテルでのひと時……つばきの勝ち気な笑顔が頭に浮かぶ。


 彼女の気持ちになって考えてみた……。


 つばきはきっと……俺との関係を思い出にしようとしているんだ。


 そして、それをあやめに託そうとしている。


 そう思った瞬間、今までのつばきの言動が妙にしっくりきた。ドクンッと鼓動が胸を打つ……。


 思いやり……つばきの立場に立ったとき……いや、つばきの心に入ったとき、たくさんの感情が流れ込む。


 少し離れた席につばきがいる……後ろ姿だ。彼女の背中を見ていると涙が流れた。


 彼女はクラスで一番「不自由な子」だ……そう思ってしまった。


 自信に満ちた笑顔、大胆で隙がない性格、それが彼女だ。「麗しきミス青蘭」という欺瞞ぎまんに身を包み……周りを欺く女の子……。


 彼女は妹を愛し、俺のことを好きでいてくれる。


 ツラいなぁ……気持ちを持っていかれる。


 八蓮花はちれんげつばきは、八蓮花あやめを幸せにするために生きている……。


 俺は、八蓮花つばきを幸せにすることが出来るだろうか……。


 一限目が終わるまで、つばきのことを考えていた。


「私がどうかした?」


「心を読むなよ」


「ふふふ、嬉しい。私のことを考えてたんだね」


「カマをかけただけかよ……歳三さんに似てるぞ」


「むぅ……私ってあんな感じ?……まぁ、嬉しくない事もないけど……」


「凄い人だな」


「うん、尊敬してるの。いつも挑戦するけど負けちゃうんだ」

「クク、歳三さんには誰も勝てないさ」


「ユキタカくんは昨日勝ったんでしょ」


「いや、折れてくれただけだ。歳三さんの言っていた事も正しいと思ったし……」

「でも、ユキタカくんの意見を通してくれた……嫉妬しちゃうなぁ。そんなの見たことないから」


「つばきは、歳三さんが大好きなんだな」

「ふふふ……どうかなぁ。認めてもらえてない……そんな感じはしてる」


「親は子供に厳しいもんだ。とくに歳三さんは、そんな雰囲気だしな」

「あれぇ〜なんだが今日は優しいぞ!何か企んでるのかなぁ」


 つばきが下から覗き込む。俺が窓際の机で肘をつき、外を眺めていたからだ。皆は廊下側に寄ってオープンキャンパスに来ている中学生を見ているようで、二人だけの世界だ。


 強引に目を合わせにくるつばき。


 なんだか照れ臭い俺は、外を眺めながら喋っていた。つばきの感情に触れ過ぎた……こんなやり取りすらも愛しくてたまらない……。


 ドキドキする。


 ドキドキする?……のか?


 つばきを笑わせたい……


 つばきを安心させたい……


 つばきを幸せにしたくてたまらない……


 あやめへの想いと同じものが込み上げる……


 つばきと目が合ったときに顔が熱くなるのを感じる。そんな自分が恥ずかしくて席を立つと、「どうしたの?」とつばきの手が俺の手を取る。


 触れた指先が冷たくて、自分だけが熱くなっていることに気付くと冷静になれた。


 俺はつばきを女性として好きになっている。


 つばきの感情に触れ過ぎた……


『お前はつばきとあやめ……どっちが好きなんだ』


 岩国先生の言葉が胸を締めつける!


 俺は……双子姉妹つばきとあやめを二人とも愛してしまった、どうしようもない男だ。


 この壁を乗り越える方法は……………………無い。


 二人を幸せにすることを誰にも譲りたくないという強欲で傲慢な醜い感情……俺が二人を幸せに出来ないのなら、いっそ忘れられたほうがいい……………………彼女たちがそれで幸せになれるのなら……。


「あ……悪い……トイレに行こうかなぁって」


「行かないで!」


「――え?」


を置いて行かないで……」


 彼女は前の席に座り俺の手を握る、俺は席を立ち彼女の手を握り返す。目だけを見ているのに感情が伝わる。

 

「……がそう言うなら、どこにも行かないよ。だから、笑顔でいてくれるか?」


 目に涙を浮かべたつばきは、何を思いそう言ったのか……超能力というものがあるとすれば、つばきにはきっと「テレパシー」という能力があるのだろう。


 そう思えるほど「思いやり」のある子だ。


「……ふふふ、それが彼氏の役目でしょ!」


「……善処します」



 積み上げた好意が愛に変わるのに説明が出来る?なんて言われて出来る人は何人いるだろう。


 俺はきっとつばきを知ろうとしたからだ。彼女の内に秘めた「思い」を知った。知ったというか……感じた。

 

 凄く複雑で優しい「思い」……。


 そんなつばきを愛おしいと思った。



♦︎♢♦︎♢♦︎♢♦︎♢


「あーあー、こちらアルファワン、聞こえますか?どうぞ!」


「あ、えっと、こちらセカン……じゃなくてデルタワン!作戦はどうですか〜?」


「コラッ!デルタ1!盗聴されているかも知れないんだぞ!しっかりしろ!」


「う、うん!ルーク……じゃなくてアルファ1、作戦名をお願いします!」


「もぉ〜ちゃんとしてよ!」


「ごめん……」


「くくく、仕切り直しだ、デルタ1!只今より、作戦名「ヴァルキリー」を開始する!」


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る