同時多発とらぶる

 海水浴でクラスメイトと遭遇するなんてあまりないのではないか?いや、山口県ならあり得るのかもしれない。絶対的母数が少な過ぎる。


 だが、事前調査では、地元の人間が観光地であるここに来ることは少ない。もっと近い場所の土井ヶ浜海水浴場というところを選ぶだろう。若い子はそこに集まると聞いている。


 だがここで、二組と会ってしまう運の無さ……人々の俺への殺意が呪いに変わったのか……。


「え?二人付き合ってんの?」


 野原は胸元を大胆に出した際どい水着だ。俺と柚子にそんな質問をするが、教室での雰囲気とは違うようだ。ちょっとモジモジと恥ずかしそうにしている。いや、恥ずかしいのは胸元のほうですよ!とは言えず……「そんなわけあるか」とすぐに否定しておく。

 

「莉子ちんには、そう見えちゃうぅ?」


「見えちゃうぅ?じゃないわ!偶然ここで会ったんだよ!とにかく離れろ!」


「そ、そうなんだ!……っていうか凄い偶然じゃん!一緒に遊ぶ?」


 野原は照れたように目を逸らし、そう言う。


「断る」

 俺は即答した。


「――な!守日出、即答やし……」


 こっちに神代はいないぞ。まったく、最近、俺と神代がいつも一緒にいると思ってるな……勘違いするなよ。


「いいねぇ〜!ウチは家族だけで来ちょるし、莉子ちん一人?」


「こっちは、こころとありす。うちのクラスの女子!知ってる?」

「うんうん!一年のとき一緒やったよ!デッくんも一緒やったやん!」


「そうだったか?……とにかく俺は参加しない」


「ただ……男もいるんだよねぇ3人……こころとありすの彼氏2人ともう一人、知らない人を紹介されて、そいつがまた胸とかめっちゃ見てくるし……全員大学生でガツガツしてんの」


「男の人おるんやったらやめとこうかなぁ」


 ほぉ、柚子は男女誰とでも仲良くしそうだが断るのか。まぁ、相手は大学生だしな。ギャルの野原とは違うスポーティな陽キャにとっては、恋愛前提な絡みは苦手か……恋愛偏差値の低い俺にはよく分からん。

 

「そっかぁ、じゃあ特牛こっといちゃんと二人で遊ぼうかなぁ……」


「そうなん!?そんなん、していいそ?莉子ちんがそれでいいならウチはいいけど。デッくんは……」


「俺は無理なんで、もう行くぞ……」


「あ……守日出は誰と来てんの?」


 野原の質問に対して俺はすでにどう答えるか決めていた。出来ればあまり言いたくなかったが、聞かれたからにはしょうがない。


「八蓮花の家族と、うちの瑠花と一緒に来てる」


 俺は正直に答えた。ここで嘘をつくと、これからの行動に支障をきたす。最優先事項は、つばきとあやめを同時に視認させないこと……最悪、双子だとバレるのはいいが、あやめが今までコイツらと絡んでいたことを考えると「入れ替わり」の疑いがかかる。


 さくらさんにそれが伝わり、最終的に歳三さんにバレたとき……片棒を担いだ俺の切腹は免れない。


「「――えぇ!?」」


「デッくん!つばきちゃんと、もうそんな事になっちょるそ!?」


「仲が良いとは思ってたけど……まさか守日出が八蓮花さんに手を出すなんて……めっちゃリア充じゃん!」


「待て!手を出すとはなんだ!まだ、そういうことにはなっていない!というか、いちいちお前たちに説明する必要もないか……」


「ダメ!説明責任なそ!」


「なんだ責任って……必要ない!離せ!」


 柚子が俺の腕を掴んで離さない。その表情は少し寂しげで、いつもの軽い感じとは違っていた。


 ……コイツは誰にでも愛想を振りまいていると思っていたが、多少は俺に好意を抱いていたのか?だったら、ハッキリと言っておく必要があるようだ。


「守日出……それって、八蓮花さんと内緒で付き合ってるってこと?」


 野原が核心に触れてきた。ふぅ……仕方がない。八蓮花つばきと付き合ってると言ってもいいが……期間限定であることは言えない。


 つばきとあやめを尊重し、俺はこう言おう。


「ふぅ……付き合ってるというか、俺が彼女に惚れてるだけだ。幸い、うちの母親と八蓮花の母親が友人でな……家族ぐるみで付き合いがある。ということだ」


「「――!」」


「ほ、ほ、惚れてるって……デッくん……」

 

「ちょっ……ちょっと……アンタ、なにそれ!?それって好きってことだよね?」


 柚子と野原に正直に話して解放してもらおうと思ったが、俺の答えに戸惑っているようだ。


 柚子には告白されたわけではないが、俺の気持ちを知っておいてもらったほうがいい。そう思ったのだが、質問で返されるな……強引に撤退するしかない。


「じゃあ、そういうことだから、俺は行くぞ」


「ちょっと待った、デッくん!……つまり、付き合ってはないということなそ?」


「……」


 柚子が腕を離さない。もう勘弁してほしいんだが……付き合ってると言うと、八蓮花つばきの経歴に傷を付けることになるのか?正式に付き合ってるわけではないしな……。


「俺が一方的に好意を抱いている。そういえば離してくれるのか?」


「「――!」」


「アンタそれ……八蓮花さんに言ってないんじゃない?だって八蓮花さんはアンタのこと好きって叫んでたじゃん!……守日出って恋愛とか興味ないから、誰とも付き合わないのかと思ってたけど……」


「ウチも……そう思ってた。デッくんってずっと一人ぼっちやったし、隠れファンおっても辛辣やったし………………でも、デッくんにもちゃんと好きな人が出来たんやね……デッくんに好きな人出来て、一人じゃなくなって良かったぁ……って……あれ?……ごめん……目から水が……でへへ……」


特牛こっといちゃん……」


 柚子はもう腕を離してくれたが、俺は動くことが出来なかった。


 そうか……俺は今、特牛柚子こっといゆずを振ったのか。コイツは日頃から距離感がおかしい……俺じゃなくてもそうだ。だから、好きなそ、好きなそ、と言われても実感は無かった。ベタベタとくっ付かれて他の男たちのように勘違いしないようにしていたが、そうではなかったようだ……。ハッキリ言わなければならない。そう思った。


「柚子……俺はお前のことを女性としては……」


「おっと!ウチはまだちゃんと告白してないそ!だから……それ以上は言わないでおくれやす!……デッくん、莉子ちん、ごめんね。変な雰囲気にしちゃって……たはは……ウチ、やっぱりちょっち泳いでくる!」


「あ……特牛ちゃん!」


 柚子はビーチのほうへ走って行く。彼女の笑顔が無理して作っていることは一目瞭然だ。ほぼ毎日笑顔でいることが当たり前のアイツのそれは、誰が見ても泣いてるようにしか見えなかったから……。


 だが、追うことは出来ない。俺には守らなければならない大事な子たちがいるのだから。


「追わなくていいの?守日出……」


「追ってどうする。柚子の気持ちに応えられない俺が行っても仕方がないだろう?」


「……そうだけど……アンタなら上手くできるんじゃないかと……」


「おいおい、俺は恋愛偏差値30だぞ。お前のほうが経験豊富だろうが!」


「あーし……私だって分かんないわよ!付き合ったりしたことないんだし……」


「はぁ?お前ギャルなのに付き合ったこともないのかよ!」


「ギャルじゃないし!ただ可愛い格好が好きなだけよ!じゃあ、もう私が柚子ちゃん追うから!」


「悪いな、そうしてくれると助かる」


「――!アンタねぇ、そういうところが……」


「り〜こちゃん!どこに行ったかと思ったら、ナンパされてんの〜?それとも元カレとか〜?」


 髪をシルバーに染めたイケイケの陽キャ男子が声をかけてきた。男は慣れたように野原の肩を抱くと、俺を上から下までジロジロ見てくる。「ちょっと、触らないで」と気安い男の腕を振り解こうとする野原だが、チカラでは勝てそうにないようだ。


「君って莉子ちゃんの何?」


「ジロジロ見るな気持ちが悪い。アンタ、男にも興味があるのか?」


 コイツがさっき言っていた男か。一見ガラの悪い大学生だが、この程度なら問題ないな。


「なんだと!もういっぺん言って見ろ!」


「お前に肩を抱く資格があるのかと言ってるんだ。頭を白くする暇があったら身体を鍛えろ、白髪くん」


「アァ!テメェさっきそんなこと言ってなかっただろが!」


「聞こえてたなら聞き返すな。頭白くして耳まで遠くなったのかと思ったが、ただの理解力のない男だったようだ」


「アァ!?ケンカ売ってんのか?コラァ!」


「はぁ……アンタ、バカなのか。まずは、その子の肩から手を離せ、白髪くん。片手で俺の相手をするのか?今、俺が左フックで殴ったら一発で終わるぞ。それと相手をよく見て分析したらどうだ。そんな貧弱な身体で俺に勝てるのか?アンタじゃ俺には勝てないよ……体格が違い過ぎる。恥を掻く前に友達を連れてきたほうがいいと思うが……それでも今この場でヤルのか?」


「も……守日出……」


 野原は震えて声が出ていない。


「は……はぁ?……ガ、ガキのくせに、イキんなや!……別にオレはこの女とか……」


 ザッとここで一歩近づく。当然、鍛え抜かれた筋肉を見せつけるように……そして、これは完全にハッタリだ。


 たまたま、習慣的に鍛えていた筋肉だから


 たまたま、海水浴という環境だから


 たまたま、相手がガリガリの大学生だから


 俺は一度もケンカというものをしたことないが、震えなどまったくこない。期待からくるプレッシャーという試合前の震えも、つばきとあやめのお陰で消し飛んだくらいだ。


 ましてや、最近、超絶怖い歳三さんと一戦交えてて、一段階段を上がっている。


 こんなヒョロい大学生なんて相手にならない。まぁ、相手が引かなければ一発殴られるくらいだろうし、斬殺を考えればまったく恐れることはない。

 

「どうした?……来ないならこっちから行こうか?」


「お……覚えてろ〜!」


 白髪くんはアホみたいな捨て台詞を吐いて逃げ出した。


「こ……怖かったぁ」と野原がその場に座り込んだので「大丈夫か?」と手を差し出す。


 照れたように俺の手を取る野原の手は震えている。


「そんなに怖いなら、一緒に遊んだりするなよ」


「こ、怖いのはアンタよ!」


「はぁ?なんだそれ。白髪くんから肩を抱かれて嫌そうだったが、違ったのか?」


「それはイヤだったわよ!……ただ……アンタが殴られるんじゃないかって……怖くて……でも、すごくカッコ良かった……ありがとう……ゴニョゴニョ」


「怖くて、何だって?ギャルのくせに声が小さいんだよ」


「――ちょっ!ギャル関係ないし!」


「とにかく、あの男は大丈夫だったか?このあと気まずいだろ?」


「あんなのどうでもいいし!それより特牛こっといちゃんは任せて!あの男から助けてくれたお礼!」


「ふっ……いいヤツなんだな、お前って」


「――な!?ち、違……ギャルは律儀なのよ!」


「やっぱギャルじゃねぇか」


「うるさいわね!自分で言うのはいいのよ!」


「じゃあ、俺は行くから……」


「ちょっと待って!連絡先……教えてくれる?へ、変な意味じゃなくて……特牛ちゃんのこともあるし」


「……わかった」


 ソロプレイヤーとして活動していた俺の連絡先もずいぶん増えたものだ。つばき、あやめ、岩国先生、さくらさん、むつみ先生、涼風さん、野原……全員女性か……今度、神代の連絡先を聞いておこう。さすがに男一人くらい入れておいたほうがいいだろう。


 野原と別れてすぐに連絡を入れる。


「つばき、非常事態だ。柚子と野原、それに田倉こころと吉見ありすがいる。気をつけてくれないか」


[ユキタカくん……ちょうど私も連絡しようとしていたの……]


「その感じ……あまり聞きたくないな……」


[あやめの同級生が来てる……というか今あやめが捕まったの……阿知須あじすさえちゃんとクラスメイト一人、私は見られてないから瑠花ちゃんとそっちに向かってる]


「やれやれだな……」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る