自由に焦がれる彼女と涙

 整理しよう。現在、あやめは花鞆はなとも高校の友達とビーチにいる。さくらさんはバーベキューの貸し出しカウンターで柚子の母親と会議中だ。


 柚子は一人ビーチで泳ぐと走って行った。それを追う野原莉子りこ……まぁ、これは半分俺のせいでもある。


 ビーチは広く人が多いので、余程のことがない限り、ばったり遭遇は無いと思いたい。あやめが、ばったり阿知須あじすさんと遭遇したのは、俺への呪いということでノーカウントだ。


 田倉こころと吉見ありすの所在はつかめていない……だが、ここは彼氏と同伴ということで周りを気にする余裕はないはずだ。ビーチにいるのか、それともこちら側にいるのか……。


 こちら側……実は角島大浜海水浴場はちょっと変わった作りになっている。ビーチと海の家は道路を挟んで存在するのだ。つまりビーチに行こうと思ったら道路を渡らないといけない、というちょっと面倒くさい作りになっている。


 つまりビーチは孤立した密室空間となる。全然密室じゃないがミステリ風に言うとそうなる。


 シャワーも飲食も全て道路を渡らなければならないので水着姿の男女が道路や駐車場をウロウロしている。とくにやらしい意味ではない。


「兄さん、トランザクティブ・メモリーは共有されています。対象のセカンは友人と思われる2名と接触中です」


「そうか、では瑠花るかには重要な任務を遂行してもらいたいと思う。だが、これは極めて危険な任務だ……辞めるなら今だがどうする?」


「くくく、僕に降りろと?」


「ふっ……愚問のようだな。では瑠花よ、野原莉子のばらりこを覚えているな」


「兄さんのクラスメイトだね」


「うむ、その野原と特牛柚子こっといゆず……この二人と行動を共にしてもらい、あやめとの接触を上手くかわしてくれ。瑠花の妹属性で取り入るんだ」


「御意」


 あやめには野原と柚子、それに田倉と吉見に警戒するようにメールをしておいた。


 そして、俺とつばきは……。


「ユキタカくん、私たちはどうするの?」


「本当ならつばきには、さくらさんと一緒にいて欲しいところだが……」


「ユキタカくんと夏を楽しみたいなぁ〜」


「……と言うだろうと思っていた」


「ふふふ、わがままでごめんね!」


「もう慣れたよ」


「じゃあ、もっとわがままでいいってことか……」


「勘弁してくれ」


「その割には嬉しそうだなぁ〜」


 そう言ったつばきの笑顔が嬉しかった。夏休み限定の彼氏に俺を選んでくれた彼女には許嫁がいる。どういった経緯で許嫁というものが出来たのかは知らないが、何かを決意しているのだろう。


 俺とのことを思い出にし、きっと今のように接することはなくなる……今を全力で楽しんでいるつばきを幸せにしたい。


 例えそれが、終わることが決まっている恋だとしても……。


「実はこの角島にはサイクリングコースがあるんだ」


「サイクリングコース?」


「そう、本当はみんなでやろうかと考えていたんだが……2人で行くか?」


「――いいの!?」


「時間は1時間もあれば島を回れる。まだ、11時だし昼前には戻って来れる。水着は着替えないといけないけどな」


「あやめと瑠花ちゃんに申し訳ないけど……」


「ほぉ、つばきもそんなこと気にするんだな」


「――えぇ!ひどいなぁ〜ユキタカくん!」


 当然、つばきが2人を気にすると思っていたが、あえてそう言った……そう言ったほうが少しでも罪悪感が無くなると思ったから……

  

「クク、大丈夫だ。ちゃんとフォローするし、あやめも友達といるんだ。つばきは俺が楽しませるから……」


「ユキタカくん……」


 さくらさんには俺から説明した。嘘はつかない。バーベキューセットのレンタルは混み合っていて15時からしか借りることは出来ないということで、むしろ好都合。


 あやめと瑠花が友人とたまたま会ったから、つばきとサイクリングに行ってくると告げただけだ。さくらさんは、海の家でママ友と会議をするそうなので「はぁ〜い」と可愛いらしく疑いもない。


「お待たせ!下着は水着のままにしちゃった」


「――お、おぉ……そうなのか」


 着替えてきたつばきも恐ろしく綺麗だ。サングラスをかけてフルメイクも済んだ彼女は芸能人のお忍びデートスタイル……蒼穹祭の時を彷彿とさせる麗しさ……ショートパンツに、水着の上から軽く薄手の物を羽織っているだけ……目のやり場に困る。


「前は留めないのか?」


 中は水着だが、ブラジャーをモロ出ししてるようでなんか恥ずかしい。


「これ水着だよ?あれぇ〜照れてるのかなぁ?」


「バッ……違くて……あれだ……他の人にジロジロ見られるだろ?」


「ふふふ、他の人に見られたくないってこと?」


「まぁ……それもある」


「――そっか……じゃあ二人っきりの時だけにするね!」


「――!」


 ぐはっ!……二人っきりの時は死ねるな。


 角島では自転車をレンタルでき、島中にスポットがある。「つのしま自然館」「角島テラス」「角島灯台公園」という流れに決めた。


 つのしま自然館は資料館みたいなものだ。角島の動植物に興味があれば楽しい場所なのだろう……俺は……資料を眺めるつばきを見ていた。


「ふ〜ん」「へぇ〜」と後ろ手に組んで、壁に掛けられた資料を眺めているつばきは絵になる。


 俺は動植物にまったく興味がない。興味はないが、これがデートだと思うと胸が高鳴る。


 つまり、場所というのはどこに行くかではなく、誰と行くかなのだと気付かされた。俺はとにかくシャッターを切る……スマホだが、最近覚えた技術を駆使してシャッターを切った。


 ただ、見ているだけだと変態になるだろ?写真を撮っていればカメラ越しでもずっと見ていられる。そんな気持ちの悪い言い訳を、自分自身に言い聞かせている。そうでもしないと、この麗しい女の子との2人っきりは耐えられない。


カシャカシャカシャカシャ

 

「ふふふ、また撮ってる!次、行こっか!」

 

 ドラマなどにも使われた角島テラス……ここは飲食店なので雰囲気だけ味わい、相変わらずつばきの写真を撮る。


「二人でも撮ろうよ!」


「そうだな……」


 ここが日本じゃないような、そんな景色と眺め。非日常的な雰囲気が二人の距離を縮めていく……


 自転車から降りて景色を見て歩くときも、いつもより近くに彼女を感じる。


 自撮りをするときも、頬と頬がくっ付くんじゃないかと思えるほどに寄り添っていたのだと、画面を見て気付いた。


「ねぇ、ここから歩いて灯台に行かない?」


「近いしな」


 自然と手をつないでいた……。ただ、そのことに「ふふふ」と笑顔が返ってくるだけ。


 角島灯台の螺旋階段を上がり、最後はハシゴで登る。「ユキタカくん、上見ちゃダメだよ」とハシゴを先に登るつばき……先に行かせたのは、手を滑らせたときにちゃんと俺が下で受け止めれるように、危なくないようにと気を遣っているのだ。決してやらしい意味はないぞ。


 日本で灯台を登ることが出来るのは16箇所だけだ。その内の一つがここ角島灯台。


 絶景に心が洗われる……来た甲斐があった。灯台に登ると、再び手をつないでくるつばき。俺が何も言わないと「来て良かった」とつばきは言う。サングラスを外し風を浴びる姿は本当に綺麗だ。

 

「死ぬまでに行きたい世界の絶景ランキングで3位に選ばれてたらしいぞ」


「知ってるよ」


「む……それと、日本で登れる灯台は……」


「16でしょ」


「……ここは本州最西端じゃなくて……」


毘沙ノ鼻びしゃのはなね。ここじゃないんだよね」


「くっ!つばきに俺のうんちくが通用しない!あやめなら、うんちく王うんちく王と言ってくるんだが……」


「あやめが良かった?」


「そんなことはない。つばきと来れて嬉しいよ」


「ふふ、ありがとう……あぁ、なんかここにいると自由だぁ〜って感じしない?」


「自由だぁ〜〜!!」


 俺は目一杯叫んだ!俺の突然の叫びにもビックリしたのだろう、つばきはつないだ手にチカラが入り、くりくりと大きな目で俺を見る。


「――!ユキタカくん……どうしたの?」


「つばきも叫べよ」


「えぇ……だってけっこう人いるよ……今だって笑われてるし」


「ふん、どうせ二度と会わない連中だ。笑わせておけ」


「ふふ……ふふふっ……あははははっ!もぉ……何、その答え……ユキタカくんらしくて笑えるんだけど」


「……そんなに笑ったつばきは初めて見るな」


「あははっ……だって……楽しくて……ふふふ」


「じゃあ、どうして泣いてるんだ?」


 景色を見るために外していたサングラスに気付かなかったようだ。あっ……と慌ててサングラスをかけ直す。

 

「……これも嬉しくて……かな」


「自由になりたくないか?」


「――どうして、そんなこと言うの……」


「つばきのことが大切だから……」


「そばにいてくれるんでしょ!……あやめと一緒に……」


「許嫁は絶対なのか?」


「……そうだね……ケジメかなぁ」


「ケジメ?」


「うん……五年生の頃にね、あやめがイジメられてた時期があってね……」


 ♦︎♢♦︎♢♦︎♢♦︎♢♦︎♢


 同級生から……。

 

「八蓮花〜!」

「八蓮花呼んでるぞ〜!」

「どっちどっち?」

「残念なほうの八蓮花?」

「このクラスには残念なほうしかおらんよ〜」

 

「「「ぶはっ!ハハハハ」」」


「いい加減にして!あやめのことバカにしたら私が許さない!」


「うわっ!来た〜!」


「あやめ、大丈夫?」 

「うう……う、うう……つばき……ごめん……わたし……」


「あやめが謝ることないよ!悪いのはアイツらなんだから!絶対許さない!」


 先生たちから……。


「つばきさんは、よく頑張ってるわね」

「あやめさんは、もう少し頑張らないとね、双子なんだから同じように出来ないの?」


 親戚の集まりでも比較された。


「つばきちゃんは凄いのに……あやめちゃんは……」

「見た目は可愛いんだからいいんじゃない?何も出来なくても……」

「全部つばきちゃんが持ってっちゃった?」

「「「ハハハハ」」」


 違う……あやめは普通の人よりもちゃんと出来てる。私がいけないんだ……私が頑張り過ぎてあやめが目立たないだけ……もう、期待に応えるのやめようかな……。


「つばきちゃん、あやめちゃん!一緒に帰ろう」


「あっ!あおいだ、やっほ〜」

「なんだ葵くんか……」


「やっほ〜あやめちゃん!つばきちゃん……なんだってひどい……」


「まぁまぁ、落ち込まんで、葵」


「うう……だって」


「すぐ泣く弱虫な葵くんとは一緒に帰りません。もっと強くカッコよくなって、あやめを守ってください!」


「ご、ごめん……怖くて……」


「あ、葵のせいじゃないとよ!わたしがつばきみたいに出来ないからダメなんよ〜気にせんで!」


「いいえ、葵くんはあやめと同じクラスなんです!幼馴染みなんだから、ちゃんと守ってくれないと!」


「が、頑張ります……」


早良葵さわらあおいくんは、幼い頃からの幼馴染み……家族ぐるみで仲が良く、旅行をする時などもよく一緒だった。


 将来の夢はピアニスト。小柄で華奢な男の子……私たちのどちらかと結婚するといいね、と親同士が冗談のように言っていた。


 私は葵くんがあやめを好きなことを知っていた。だから守って欲しかった……そんな期待をしていた。


「あっ、そうだ!葵って今度コンクールじゃない?また入賞出来そう?」

「う、うん!あやめちゃん……来てくれる?」


「うん!」


「ふ〜ん……そういうの、あやめを守ってから誘ってくれる?」


「つ、つばきちゃん!そ、そうだね……うん!……あやめちゃんは僕が守る!」


          |

          |


 次の日……葵くんは指を骨折した……あやめをからかった男子に突き飛ばされたのだ。

 

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