つばきとのデートの果てに

美人という生き物は得をする生き物だが、超絶美人は世界を支配するだろう。

          by 守日出 来高


 八蓮花つばき恐るべし!表情、仕草、口調、どれを取っても「麗しきミス青蘭」のそれではない。


 蒼穹祭をまわる際、おそらく、つばきの友達ともすれ違っているだろう。俺には友達がいないから誰とすれ違っても問題はないが、コイツには友達はもちろん、知り合いなんて相当いるはずだ。


 だがバレない。


 知り合いにバレないのは深くキャップを被っているのもあるが、通り過ぎる女子から、ヤバい、可愛い、の連呼でまったくバレる様子はない。


 男子からは俺への殺気も感じられる。だが、大丈夫だ。ヘイト請負人として確立されている俺はウザい、キモいから、クソ野郎、死ね、に変わっただけだ。


 全然平気!むしろ心地良いまである。


 ククク、この絶世の美女の正体が八蓮花つばきだということは、俺だけが知っている。


 つばき、安心しろ!お前には変な男を近付けさせんぞ!俺の覇気で吹き飛ばしてやる!まぁ、一番変な男がお前の隣にいるがな……ククク……といっても俺は特に何もする必要がない。


 定期的につばきが俺に触れてくるから完全にカップルと間違えられている。


 さすがだな、ただの護衛を彼氏のように接して振る舞い、男たちの心をへし折っていくスタイル!


 俺が動かずとも場を支配し、自らを自由にしていく。ふぅ……コイツは敵に回したくないタイプだな。


「ユキタカくん、ちょっと聞きたいことあるけどいい?」


 ご機嫌なつばきは、チョコバナナを食べながら、俺の顔を覗き込む。


 ――!くっ……立ちくらみが……俺でないと耐えられないぞ!そんな顔で覗き込むな!


 俺はすでに賢者を通り越し、神官にクラスチェンジしてしまっているようだ。もういよいよ、シャーマンとして神に祈りを捧げなければならない。


 あまり目を合わせられないが、チラッと横目で確認する。あ……ほっぺにチョコ付いてるぞ……言ったほうがいいのか?


 それとも、自分で気付いてくれるのを待つべきか……こういう女の子にはどう接すると正解なんだ。


「聞きたいこと?答えられる範囲で頼む」


 と答えつつ指でチョコ付いてるぞとジェスチャーする。よし、これが正解だろう。言葉にせず、相手に知らせる、なんて紳士的だ。もうこれが模範解答だろう。そう思っていたが……。


 なんと、つばきは「ん!」と頬を突き出してくる!


 こ、これは!?……拭き取れということか!なんてこった……正解はとんでもなくハードルが高い。


 そんなポーズをあまり長くさせるのも悪い。俺はなるべく自然に速やかに、でそれを拭き取った。直に触れるのはやはり忍びない。 

 

「むぅ」と唸りを上げられたがご機嫌な様子。どうやら及第点だったようだ。


「柚子ちゃんが言ってたことが気になるんだよね〜」


「何か言ってたか?」


「ユキタカくんが、一年間ずっと柚子ちゃんを見つめ続けてたって……」


「そんなこと言ってたか?」


「言ってたよ」


「あれだな、一年間席替えしてもしても毎回アイツの後ろになってたんだよ。それでずっと背中を見続けてたってことだな。アイツ頭おかしいから、言ってることほとんど聞き流していいからな」


「フフ、なにそれ、ひどいよ!ユキタカくん……でも聞いてみて良かった!」


「そうか?それならいいが」


「ねぇ……もう終わっちゃうね!」


 つばきは俺の袖をつまみ立ち止まった。俯いた彼女は、よほど楽しかったのだろう……まるで子供のように名残惜しそうだ。


「もうそんな時間か?」


「ねぇユキタカくん、すごく楽しいんだけど、最後にもう一つだけ、お願い聞いてくれる?」


「ふぅ……ここまで付き合ったんだ。いいぞ、どこに行きたいんだ?」


「午後6時から始まる後夜祭で一緒にフォークダンスを踊ってほしい」


「――なっ!しかし後夜祭は、一般の参加は認められてないんじゃないか?」

 

「……だよね」


 つばきは残念そうに俯く。そんなに踊りたかったのか……いまどきフォークダンスなんて古風だが、これは蒼穹祭の伝統だ。授業でも覚えさせられる。


 これをきっかけに付き合いだす者たち、この日のために彼氏、彼女を作る者たち……蒼穹祭後夜祭はまさにカップルの聖地と化している。


 それと後夜祭にはもう一つイベントがあり、設けられたステージの上で「〇〇を叫ぶ!」ということもしているらしい。


「こればかりは、あやめも参加するかもしれないし、厳しいだろうな」


「う〜ん……うん、3年生になるまで我慢だね」


「つばきでも、男女のカップルイベント?みたいなやつが気になるんだな」


?それはどういう意味かな、ユキタカくん!」


 頬を膨らませた「ふく顔」のつばきは、怒っているようで怒ってない。むしろちょっと喜んでいるようにも見える。


 こんなやり取りも楽しいんだな……。


「じゃあ、帰るか」


「待って……」


 先を歩く俺の背中に声をかけるつばき……振り返ると立ち止まったままの彼女は、少し顔を赤らめて目が泳いでいる。


 双子だな……その表情はあどけなく、まるで八蓮花あやめのようだ。


「つばき……どうした?まだ行きたいところがあったのか?」


 

「ユキタカくん……私ね……ユキタカくんのこと……」


 

 ピコンッとメールが入る……おかしいな、家族以外だとつばきしか俺の連絡先を知らないはず。今日は、つばきの連絡待ちをしていたから、音も消していなかったな……。


 つばきが何かを言いかけていたが、マナーモードにしようとスマホに視線を落とす。


 メッセージの最初の行に目に止まり、ゾクッと悪寒が走る。


  

[八蓮花が三年のトイレでずぶ濡れになりうずくまっていたぞ。とりあえず保護して保健室に連れて行ったが……おそらくイジメだな……鏡に【調子に乗るな!ビッチ!ウゼ〜から来るな!】と書いてあった]


 アドレスを交換した覚えはなかったが、岩国先生からメールが入っていた。いつ交換したかは覚えてないが、今回は助かった。


『イジメ』の文字を見て俺の中でカチリと何かが切り替わる。


 勝手にアドレスを交換されていたことには驚いたが、このまま知らずにいるよりはずっといい。


 

 すぐに制裁を下すことが出来るからな……。

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