彼と彼女の一線
未成年がホテルなどを宿泊する際、気を付けなければならないことがある。それは、親などの承諾を得ること。
ロビーで受付をする際には、電話でもなんでも親と確認が取れればいいのだ。しかも線状降水帯による大雨で警報も出ているこの状況……急遽、宿泊を余儀なくされる者も少なくない。
俺の素早い判断でホテルを確保出来たまではいい……だが、一部屋しか取れないなんて……俺は過去最高峰の理性で、この難局に立ち向かわなければならない。
[大事な娘さんたちを連れて帰れなくて申し訳ありませんm(_ _)m 今日、歳三さんはいらっしゃいますか?]
[いるわよ。どうしたの?]
[一言お詫びをさせてもらいたいのですが、さくらさんに電話してもいいですか?]
[ダメよ(ノ_<)]
[大事な娘さんを預かってますので安心させたいのですが……]
[女子3人で遊びに行ってるって言ってるの]
[まさか……嘘ついたんですか?:(;゙゚'ω゚'):]
[ごめんね(>人<;)]
[歳三さんは嘘が一番嫌いでしたよね( ゚д゚)]
[バレないように気を付けてね〜٩(๑❛ᴗ❛๑)۶]
[さくらさ〜ん!!(● ˃̶͈̀ロ˂̶͈́)੭ꠥ⁾⁾]
近くのコンビニに買い出しに来た俺たちは、さくらさんとそんなやり取りをしながら食料を調達する。
まだ、午後3時……外は大雨……お店は続々と閉まっていく……。
「UNOにする?トランプにする?」
セカンは呑気だ。俺の身にもなれ!
「ねぇ、罰ゲームの道具どうする?」
つばき……ノリノリかよ。道具とはなんだ!道具とは!何をさせるつもりだ!歳三さんに殺されるのは俺だぞ!こっちは、罰どころか命かかってるんだ!
「ねぇ、デク……不謹慎だけど、ちょっとワクワクしない?」
「ハラハラだな。あやめは俺と同じ部屋で嫌じゃないか?ツインが取れたから俺は椅子で寝るが、男と一緒の部屋じゃ落ち着かないだろ?」
「嫌じゃない!あ……ごめん」
店内で大声を出してしまい気まずそうにするセカン……庇護欲を掻き立てられて、お兄ちゃん属性が発動する俺は、つい彼女の頭をヨシヨシしてしまう。
「ハハ、そんなにチカラ強く言わなくても……ありがとう。嬉しいよ」
今度、
「へへ……」
う……可愛い。俯き照れた彼女を見ると理性のバリケードが決壊していくのを感じる。
「むぅ……ヨシヨシしてる〜」
「つ、つばきはこういうのキャラじゃないもんな!」
「ふん!いいもん!罰ゲームがあるし!」
罰ゲームでヨシヨシって……まぁそれくらいなら……いや、個室……スキンシップ……理性崩壊……歳三さん……斬殺……。よし、ホテルでは歳三さんのことを考えていよう!
「つばき……歳三さんって怖い?」
「ん〜、どうかなぁ。身長182センチ、体重80キロ、オールバックで黒のセンチュリーに乗ってる」
「ヤクザじゃねぇか!」
「優しいよ!嘘だけは絶対、許さないけど」
「絶対を強調しないで、バリバリ嘘ついてる真っ最中だから……」
「ププッ……デクがビビってる」
「ふふふ、きっとユキタカくんは気に入られるよ!」
「あてにならねぇ……」
ホテルに戻ると俺からシャワーを浴びさせてもらう。ずぶ濡れだった服は乾いたが、身体はしっかり綺麗にしておきたい。けっして変な意味ではない、
まだ時間も早いし、ゆっくり入らせてもらおう。次に入る二人に失礼のないように、俺の
用意されたホテル専用のガウンを羽織ると、とんでもないことに気付く……これ……生地薄くね?夏仕様?
ホテルのドライヤーの風量が弱すぎて痺れを切らせた俺は、髪の毛が生乾きの状態で浴室を出ると、二人が俺を見て固まっている……。
「ど、どうした?な、何か……変か?」
何かが飛び出していないか、ガウンを入念にチェックするが、大丈夫のようだ。不安になるからそんなにジッと見ないで……。
「ユキタカくん……センター分け……カッコいい」
「デデ、デク……な、なんかヤラしい……」
「ヤ、ヤラしいとはなんだ!お前たちも早くシャワーを浴びろ!」
「早くシャワーを浴びろなんて、ユキタカくんはエッチだなぁ」
「つ、つばき……そ、それってどういう意味なん?」
「うぉい!そういう意味じゃない!ト、トランプするんだろ?……」
「あれ?ユキタカくん、もしかして罰ゲーム……期待してる?」
「――お、俺は……そんなに期待しない男だ……」
「そんなに?……じゃあ少しは期待してるんだね……ユ・キ・タ・カ・くん!」
つばきは、おもむろに近付いてくると俺の耳元でそう囁く。その妖艶な雰囲気は、役者つばきの演技だ。俺にはもう分かる。
ゴクリと唾を呑みこみ冷静さを取り戻す……もう、戦いは始まっている……これは、理性と本能の戦い……麗しき双子姉妹の魅力を乗り越えて斬殺を回避する!
睨み合う両者にはさまざまな駆け引きが交錯する!
「じゃあ今のうちにわたし入ってくるねぇ〜」
俺とつばきの緊迫感をものともしないセカンが、ふわふわした雰囲気で浴室に向かった。
「クク、前哨戦といこうか!八蓮花つばき!」
「ふふふ、望むところよ、
ハイ&ロー……1vs 1のガチンコ勝負
ルールは簡単。トランプを均等に配り、一枚ずつ場に出す。だが、攻め手は裏側、守り手は表向きに置く。どちらの数字が上かコールするだけの心理戦。
予想が当たれば攻め手がカードをもらえ、当たらなければカードは捨てる。攻守は交代で行うこと。
A→K→…………4→3→2と弱くなる。ただし10を抜く。
裏側のカードは見えないので一見運ゲーに見えるが、二人の戦いは違う。
ゲームの後半には全ての数字を記憶する二人は、捨てカードと取得カードの数字から残りカードを予測して、文字通り紙一重の戦い!
「ハイ!」
「ロー!」
「ロー!」
「ハイ!」
「くっ!」
「むぅ!」
場は僅かに俺の有利……ここまで出た数から次は「ロー」で確定……そして俺の攻め手!……これで負けはない!
「ロー!」
「ハイ!」
「ククク、つばき……計算違いか?もうジャック以上はないぞ!」
「ふふふ、ユキタカくん……いつからジョーカーが無いと錯覚していた?」
「――な!?ジョーカー有りなんて聞いてないぞ!」
「無し……とも言ってないよ」
勝負はドロー……さすがつばき……俺と引き分けまで持ち込むとは……。
「ククク、つばき……「神経衰弱」で勝負だ!」
「負けたほうが勝ったほうの言うことを一つだけ、なんでも聞く!」
「いいだろう。ちなみに俺は神経衰弱のユキちゃんと小学生の頃に呼ばれていた」
「奇遇ね、ユキタカくん。私も神経衰弱の帝王と呼ばれてたの」
「ほぉ……神奈川代表vs福岡代表か」
「記憶力対決ね」
初手からリードを奪うには引きの強さ!そして後攻を手に入れるためのジャンケンの強さ!
「ポン!よっしゃ〜!後攻でお願いします」
「むぅ……」
ライバルとの死闘!ここらでどちらが上か、ハッキリさせて日頃のうっぷんを晴らさせてもらうぞ!
おそらく、記憶力は互角……引きの強さを見せつける!
全てのカードをマーキングし舞台は整った……奥義「ずっと俺のターン」まであと僅か……とその時……!
「ふぃ〜気持ちかったぁ……いいよ〜つばき〜」
ホテルのガウンは夏仕様によりパリッとした綿生地。なぜか丈の短いそれは前開きのボタン仕様で留める部分は少ない。
大きめにぶかっと着せられたガウンのボタンとボタンまでの間隔は大きく、姿勢によっては、いろいろと見えてしまうのではないか?
いや、そもそも丈が短いので太ももから下は生足状態……ショートパンツだってそれくらい出てるだろ?って思うかもしれないが、それとこれとは違う!
だって前開きの下はおそらく……し、し、下着……だよね?
見惚れてしまう……少ししっとりと濡れた髪、シャワーを浴びて火照った顔は、幼くあどけない……無垢な笑顔で「あぁ!もう遊んでる!」と場を覗き込む仕草で胸元が少し見えて昇天した……。
俺の確定した未来を進むマーキング能力は、セカンのゴールドエクスペリエンス・レクイエムにより永遠にそこに到達することはない。
記憶は掻き消され過去へと逆行する……無力化されたヤラしい俺は、つばきに惨敗した。
八蓮花姉妹は二人揃うと最強だ。
「イェーイ!私の勝ち〜!じゃあシャワー浴びてくるね〜……あ!ユキタカくん……や・く・そ・く……忘れないでね」
ご機嫌なつばきは、浴室に入る扉から顔を出すと、わざとらしくそう言う。
「は……はい」
「ん?……約束って何?ねぇデク〜」
「それが……勝ったほうがなんでも言うこと聞くって……」
「デクが負けたの!?」
「お前のせいだぞ!」
「えぇ?なんでわたしの所為なん!?」
「いや、それは……」
「わたし……邪魔したと?」
「――違っ!お前が邪魔になることはない!ただ……俺も男だから……その……ドキッとして真っ白になっただけだ……」
「――え?わたしにドキッとしたってこと?」
「そりゃあ、するだろ!」
「そ……そうなんだ……ふ、ふ〜ん」
「あやめ……お前は自分の魅力に自覚が無さすぎる!男の前でそんな無防備な格好するなよ!」
「――あやめって……へへ……大丈夫だよ、デク」
「……本当か?」
「うん、デク以外の前ではこんな格好せんっちゃ!」
「――!」
デク以外の前ではこんな格好せんっちゃ!……デク以外の前ではこんな格好せんっちゃ!……デク以外の前ではこんな格好せんっちゃ!
ぐはっ!……なんて破壊力だ。しかも、俺のガウンを少しだけつまむ、その仕草と可愛さ……反則だろ!
「あ、あやめは……こんな状況でドキドキしないのか?」
「……しとうよ」
そう言って俺の手を取ると、あやめは自らの胸に俺の手を押し当てる……――!トクンットクンッと鼓動が伝わる。
鼓動だけを感じて欲しい……そんな感じで目を見つめてくる……「ね?」と恥ずかしそうに言うと、彼女は目を逸らし俯いた。
外は豪雨で窓にバチバチと打ちつける雨の音も凄まじい……雨のチカラは恐ろしくて、全てを飲み込むほどの脅威がある。
今の俺の心にはどれほどの警報が鳴っているのだろう…… 押し付けられた手に感じる、柔らかく温かい胸の感触……思考が停止して頭の中が真っ白になる。
理性という名のウォール・マリアはいとも簡単に破壊され、気付いたら……
あやめを抱きしめていた……。
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