僕の一番大切なモノ
線状降水帯により身動きの取れない俺たち三人と二人。参道にはスタバがあることは調べがついている。
しかし、こんな急な大雨に駆け込む人間は多い、緻密な計画を立てている俺は、太宰府天満宮付近のカフェを調べ尽くしている。デートのたしなみだ。
古民家を改装した隠れ家的なカフェに足を運び、この雨をやり過ごすことにする。
だが、この状況をやり過ごす方法は、俺のしおりには無い。つばきとあやめは俺のシャツの裾をつまんで放さない。
両サイドから引っ張られて、びしょ濡れのシャツがピッタリ俺の身体にくっ付く……乳首が浮き出すのであまり引っ張らないで……。
俺だけでなく他二名もびしょ濡れだ。こんなこともあろうかと、ハンドタオルを2枚ほど用意していた俺は、自己紹介のあった
俺はとりあえずいい、女性のほうが濡れてると下着が透けちゃうので一刻も早く乾いて欲しい。目のやり場に困ります。
「さすが、鵠沼くん!相変わらず気が利く!」
「申し訳ないです……私……勘違いしていて……君があの、エリカの言っていた、
「いえ、とりあえずこのタオル使ってください」
「しかし……君も濡れているし……」
「あ……デクはわたしのハンカチで……」
「私もあるよ!ユキタカくん、こっち向いて……」
つばきとセカンが甲斐甲斐しくハンカチをバッグから取り出す。しかし、それよりも早く
「鵠沼くん!私のタオルで拭いてあげよう!」
「「――むぅ!」!」
「ちょ、ちょっと!睦先生……それ俺が今貸したタオルですけど!」
「いいから、いいから!遠慮しない!遠慮しない!」
「……って睦先生の使用済みでしょ!」
「フフフ、鵠沼くんはやっぱり可愛いなぁ」
「「可愛っ!?」!?」
「ちょっと……エ、エリカ!鵠沼くんの彼女たちが睨んでるよ……」
「あの……涼風さん。僕の彼女たちって……なんかいろいろ語弊が生じるので……」
「あぁ!どうして、涼風呼び!だったら私もエリカと呼びなさい!もうあなたの先生じゃないんだから!むすっ!」
「むすっ!て……睦先生は、今さら変えれませんよ。ずっとそう呼んでいたんだから」
「「ずっと!?」!?」
お昼も兼ねて、ケララチキンとダールカレーというのを注文し、つばきとセカンの機嫌を取る。
お腹が空くとイライラもするし、とりあえず腹ごしらえだな!とグッドタイミングで現れた店員さんに注文する。
ココナッツミルクや青唐辛子を使ってる爽やかなインドカレーだよ!……と俺のしおりの引き出しを全開にしていく。「「ふ〜ん」」と双子姉妹は息がピッタリ合っている。ジト目で見るな!
料理がくればテンションも上がるだろうと雨雲レーダーを確認する。
「鵠沼くん……本当に申し訳ないです。スマホは壊れてないですか?落としたでしょう?」
「涼風さん……もういいですよ。実は殴って欲しかったんです……それであんな答え方をしました。こちらこそすみません」
「――どういうことですか?」
「誰かにちゃんと怒られたかった……って言ったら子供っぽいですか?まぁ、ケジメです」
「鵠沼くん……」
涼風さんは理解が早く、俺を見る目は優しい。なんとなく言いたいことは伝わった……そんな感じだった。
「鵠沼くん!スマホ貸して!」
睦先生は人好きする笑顔で俺のスマホを奪う。
「はい、オッケー!私の連絡先!これでいつでも繋がれるよ!」
「「――連絡先!?」いつでも!?」
「ふぅ……睦先生……相変わらず強引ですね」
「だって今、山口県に住んでるんでしょ!私は実家が小倉だから近いでしょ!」
「小倉!近いですね。県は違うけど海を渡ればすぐですね」
「うん!いつでも会えるよ」
「「――いつでも!?」会える!?」
さっきからちょいちょい、つばきとセカンの波長が合ってるが、すごく可愛いのでツッコミは入れない。
ケララチキンとダールカレーが運ばれてくる。外は未だ豪雨だ、店主も店員も外を眺めて何やら相談している。もしかすると店じまいするのかもしれない。店主からすればスタッフの安全は守らなければならないからな。
そんな俺の不安をよそに、女性四人はキャッキャッと言いながら写真を撮り、オシャレなカレーに夢中なようだ。女子はオシャレなカフェに弱い……か。
一人だけ男の俺は、女性よりも食べるのが早い。先に食べ終わった俺は、失礼ながらトイレへと立った。「今日はあちらのお客様が最後で閉店しよう」そんな言葉を耳にする。
マズいな……この豪雨。電車が止まるなんてことになったら……。
「鵠沼くん」
「涼風さん、この雨……大丈夫ですかね」
トイレから出ると俺を待ち伏せたように涼風さんと出くわす。
「そうですね、少し小降りになってから出ましょう」
「電車が止まってなければいいですが……」
「
「――え?……いやいや!ダメですよ!あの二人をちゃんと連れて帰らないと!」
「そう?……じゃあ私も連絡先を教えておくから、何かあれば連絡くれる?家は一人暮らしだけどけっこう広いマンションだから大丈夫よ」
「いや……女性4人の中に男一人はマズいですから」
「美人姉妹2人とホテルってなったらどうするの?」
「部屋は分けれますから……でも帰れるに越したことはないですので、なんとしてでも帰らないと」
「真面目ね……今時はこんな理性的な子ばかりなの?」
「僕は、特に理性的だと思います……たぶん」
「そう。でも一応教えておくね」
「ありがとうございます」
「あと……」
涼風さんが俺を待ち伏せた理由はここからだと思っていた。豪雨のくだり……宿泊のくだりはこの話のための布石……そんなことを考えてしまうほど、俺はあの頃よりも性格が悪い……そう感じた。
「エリカのことで、鵠沼くんを頼りたい……と思っているの」
「……分かります……睦先生はまだ病んでいますよね」
「うん……でも驚いたの!君に会って……今のこの時もあの頃のエリカなの!どうして?」
「一目で万全でないこと……無理して繕っていることが分かりました……だから、僕は一番輝いていた頃の睦先生に話しかけたんです!」
「――それって……どういうこと?」
「睦先生として、僕はいち生徒として、あの頃の約束をもう一度結ぶことにしたんです」
「約束?」
「睦先生に……期待しました。これは僕たち二人にしか分からないワードです……確証は無いですが、きっとそれが睦先生を呼び覚ましたんだと思います」
「き……君は……何者なの?」
「
「嫌われ者って……そんなはず……はっ!……もしかして、君もあの事件から……?ごめん、ごめんなさい……君も苦しんでいたんだね……それなのに私は……」
「涼風さん、僕でよければ睦先生のチカラになります。だから大丈夫です……睦先生が元気の無いときは連絡ください。って言ってもおそらく本人がしょっちゅう会いに来そうですけど……近いし」
「フフフ……そうね……ありがとう、鵠……いえ、守日出くん!君は本当にカッコいいね!」
「涼風さんみたいに大人の女性に言われると自信になりますね」
「理性が飛んじゃう?」
「ハハ、ぼくは欲望を理性というバリケードで囲ってますから」
「フフフ、でも……君はどうやって立ち直ったの?」
「あの子たちのおかげだと思います。あの子たちがいなかったら今の僕はいません。きっと睦先生のことも目覚めさせることは出来なかったでしょう」
「……つばきちゃんとあやめちゃん……だっけ……今まで見たことないくらい可愛いくて綺麗な双子だね」
「はい、僕の一番大切な子たちです」
「そうなんだ。君は本当にカッコいい!私も好きになっちゃった!」
「ちょっ!涼風さん……?」
「もし、つばきちゃんとあやめちゃん、そしてエリカとも上手くいかない時があったら、私のところにおいで!慰めてあげるから!」
「――!」
慰めてあげるから……慰めてあげるから……慰めてあげるから……俺の理性というバリケードは案外脆いのかもしれない。そんな一言で簡単に瓦解しそうだ。
雨が少し落ち着いたことを確認して店を出る。一人二千円弱ほどかかったが、睦先生と涼風さんが奢ってくれた。大人の好意を無下には出来ないので有り難く受け入れる。
コツは一旦断りを入れてから、再度申し出をしてくれた時に受け入れることだ。当たり前のように奢ってもらうのは厳禁だ。
「あ……いいです、自分たちで払いますから」「いいって!」「いや、でも……」「奢らせて!お願い」「……じゃあ、お言葉に甘えさせて頂きます。ご馳走様でした」……と、こういう感じ。
世界で戦っていた俺としては、これくらいの処世術は楽勝だ。ふぅ……しかし意外と値が張ったな……助かりました。
睦先生たちと別れ、急いで博多駅まで戻ることにする。別れ際にもう一度ハグされたことが気に食わないようで、つばきが脇腹をつねる……痛い……。
セカンがむくれて俺の腰をポカポカ殴る……全然痛くないので、可愛い。
バスは人が多いので電車を乗り継いでいく。やっとの思いで天神駅に着いた頃に驚愕した。
大雨の影響で全線運行を取りやめたのだ。
つまり、俺たちは今日中に家に帰ることは出来ない……ということになる。
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