俺はつばきに試されてる?

 ヘイト請負人のプロといえば俺だ。


 いかなる時でも空気を読み、ぶち壊す!余裕だ、人の気持ちなんて余裕で動かせる。


 まったく。ぶつかったのが俺じゃなかったら、間違いなくつばきにぶつかっていたじゃないか。


 危うくラッキースケベが別の誰かのイベントになるとこだった。つまり、俺で良かったと言うべきだな。つばきも怪我をせずに済んだ。


 ん?そんなつばきを見ると、顔をフグのように膨らませてる。どうした?何を怒っている。


そういえば「フグ」といえば山口県下関市だ。


 そして地元の人は、皆フグのことを「ふく」と言うらしい。「ふく」とかけてるらしいんだ。これ、豆知識な。


 そんなことを思いつつ、クラスのヘイトなどまったく気にならない俺は、罵倒を右から左へと聞き流し、溜息一つで煽っていく。が……。


守日出もりひでくんは、悪くないです!彼は、私にぶつかりそうになったのを避けたんです!壊した物があるけれど……結果だけで判断するのは良くないと思います!」


「「「――!」」」


 おいおい、何を言ってるんだ。「麗しきミス青蘭」が俺を庇うな!俺の嫌われムーブの邪魔をするつもりか?


 そんなつばきは「ふく顔」を俺にだけ見せて今は凛としている。


 ちぃ、つばきは賢くて俺にはまだ彼女レベルをコントロールすることは出来ない!俺に対して少しだけ期待をしているであろう彼女は、きっと俺の行動が気に入らないんだろう。


 怒っているのかなぁ……ふく顔してたし怒ってるんだよなぁ……つばきだけは敵に回したくないなぁ……勝てる気がしないから。


「八蓮花、さすがだな。俺もそう言おうしてたとこだ。俺に感謝だな」


「なんで上から?」「むしろ感謝されたくて避けた説」「この性格の悪さ、ヤバッ」……日頃の行いの成果だな。クク、さあ、どうでる?


「はい、守日出くんのおかげです。ぶつかっていたら、おそらく私はタダでは済まなかったでしょう。明日からの蒼穹祭も参加出来ていたかどうか……」


 静まり返る教室。「まぁ、たしかにそれはあるかも」「壊れた物は直せばいいしね」「八蓮花さんが無事で良かったよ」……ちぃ、こっちも日頃の行いの成果か?まるで聖母のように空気をコントロールしていく!


 これは……あれだな……俺の負けだ。


「とりあえず、修復に必要な備品を買い出してくるから、お前らは今やれる事をやっておけ!いくぞ、八蓮花はちれんげ


 つばきの発言で静まり返るクラスだったが、俺は偉そうに指示を出す。俺の態度に一瞬で我にかえるクラスの皆は、「お前が言うな!」と怒りの矛先を作業に向けていた。


 ふぅ、つばきは油断も隙もない。セカンは扱いやすいんだがな……。


 敗戦した俺は、半ば強引につばきを連れて出た。こうでもしないと俺までつばきの支配下に置かれそうだったからだ。


 シーサイドモールまでは徒歩20分。やや先を歩くつばきを追うように声をかける。


「つばき、「ふく顔」もいいが、せっかくの可愛い顔が台無しだぞ」


 ちょっと様子を伺う。


「――!ふふ、ありがとうございます。可愛いなんて初めて言われました」


「ウソつけ。可愛いなんて聞き飽きてるだろ?」


「いえ、守日出くんに初めて言われました」


「……」


「すごく嬉しいです」


 笑顔が眩しい。


「……なるほど、ついに本性を出してきたな」


「守日出くんには負けますよ」


「……それにしても、どうしてあんな事を言ったんだ?」


「嫌がらせです」


「……俺はお前に何かしたか?」


「せっかくのイベントを避けました」


「お前なぁ、ぶつかって怪我したらどうするんだ」


「守日出くんが、おぶってくれます」


「昨日のあやめの件か。どんだけ甘えたいんだ。俺に期待するなと言ったろ」


「はい、少しだけ期待しちゃいました」


「……」


「双子なのに片方だけって不公平でしょ?」

 

 つばきは俺をからかっているのか?まぁ、「麗しきミス青蘭」にからかわれて嫌な男はいないだろう。こんな俺もまんざらでもない。


 だが、好きでもない男に背負われるのって嫌じゃないのか?……つまり、つばきは俺のことが好き?ということになるのか?いや待て、それはいくらなんでも早計だな。


 つばきのことだ、きっと何かを試してる。


 しかし、恋愛偏差値の低い俺にはそれがわからない。わからないなら実行するしかないだろう。俺はそれで学年2位という地位を築いている。


 俺は少し前を歩きつばきの前でかがむ。

 

「ほら、少しだけだぞ。大通りに出たら下ろすからな」


「――え?……本当に?」 


「――なんだ?やっぱり冗談だったのか?」


「……いえ、初体験させていただきます」


「なんだその言い方……恥ずかしいから変な言い方をするな!」



 つばきの手が俺の肩にそっと触れる。ちょっとくすぐったいから、もっとガシッときて欲しい。


 セカンより軽い……いや、意識があるのと無いのとでは違うか。


 しかし、俺の手汗が……ガラにもなく緊張する。腕に当たる太ももが柔らかい……肩に乗るつばきの手が小さくて……指の細さが肩越しでも伝わる。


 カシャカシャカシャッ


「おい……何を撮っている」


「ふふふ、記録です。片方だけだと不公平でしょ?」


「ア、アイツは……あやめの体調はどうなんだ?」


「私をおんぶしておいて、あやめの話ですか?」


「くっ……手厳しい。俺は今、「麗しきミス青蘭」を背負ってるんだぞ!緊張やら手汗やら何やらでえらいこっちゃだ!勘弁してくれ」


「……私だってそうですよ、ほら」


 ちょっ……ちょっとそんなにくっ付くな!いろいろと当たってるぞ!顔も肩に乗せるんじゃない!近いし、くすぐったい……心臓の?……鼓動……早い……ですね、つばきさん。


「ね!私だって緊張しとうと」


 耳元でそう囁かれる。


「――!」


 緊張しとうと……緊張しとうと……緊張しとうと……方言って……いいよね。ってアホか!コイツは俺を完全にからかっている!


 カシャカシャカシャカシャカシャカシャカシャッ


「いや、連写……撮りすぎだろ」


「ふふ、記録です」


 ふぅ、羞恥心を押し殺す。高鳴る胸と興奮による顔の火照りを悟られないように……写真にそれが写ってないかな?そんなことを思いつつ、彼女を背負い歩く。


 どうも俺は、八蓮花つばきには勝てそうにない。

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