つばきはつばき、あやめはあやめ

 一時騒然とした角島大浜海水浴場の事件から1時間後、平穏を取り戻した観光地は通常営業だ。


 田倉こころと吉見ありすの彼氏たちからの謝罪を受けた柚子は、精神的にだいぶ落ち着いてきている。


 あやめも気丈に振る舞っていたが、後でケアをする必要があると感じた。今は阿知須あじすさんたちのところへ行っている。彼女たちも心配していたからな……。


「デッくん!」


「どわぁ!後ろから抱きつくな!」


「怖かったよぉ〜」


「コ、コラ!さっきもくっ付いていたろ!?もう落ち着いてるんだから、離れろ!」


「まだ、震えが止まらんそ!デッくんのニオイがないとムリ!」


「はぁ……勘弁してくれ……」


 柚子が一向に離れないので、背負ったままの状態で、ご両親からお礼をされる。家で何を言っているのか知らないが、あなたが守日出くん!?と俺を知っているようだ。そんなことより背中の娘を引き取ってくれ!重い……。


 家族全員が明るくて柚子の家族らしいな……と思ったがお喋りが長くて、なかなか解放してくれない。


 背中の柚子がやっと離れてくれたのは、10分ほど経った頃だった。本来ならバーベキューの予定だったようだが、さすがにキャンセルし帰宅するようだ。


「柚子……今日のことは気にするな。後は俺に任せておけ」


「でへへ……デッくん、こういう時だけ優しいの反則〜!」


「うるせぇ、早く帰れ!」


「ぐはっ……辛辣……」


「じゃあな」


「ありがとう〜!デッく〜ん!」


         |

         |


 その後、野原莉子りこも田倉たち4人と共に帰って行った。さすがにもう遊ぶ気分ではなかったようだ。


 野原からは[ありがとう]とだけメッセージが届いていた。アイツも今日は疲れただろう、[ごくろう]とだけ返信した。


 つばきの護衛には瑠花るかを付けている。瑠花……マジで神。すべてをうまく回せたのは、俺の神妹かみまいがいてくれたからだろう。いっそこっちに引っ越してきて欲しい。心からそう思う。


「瑠花、素晴らしい活躍だった。立派になり過ぎてお兄ちゃんはお前を帰したくない!」


「くくく、遠征は長引きそうですね!まぁ、僕もすぐには帰るつもりなんてないですから……それと、開発したアプリが実践投入で成功して良かったです」

 

「ククク、瑠花は天才だな」


「いえいえ、兄さんこそさすがの計略でした」


「「ククク」くくく」


「ふふふ、二人って本当に仲がいいのね」


 俺と瑠花のじゃれ合いにつばきは嬉しそうだ。やはり、兄妹きょうだいが仲良くしているところは、誰から見ても気分がいいだろう。つばきとあやめは、とくに密着していることが多いから目のやり場に困るが……。


「ユキタカくん、みんなが無事で良かった……あやめを守ってくれて、ありがとう」


「つばきと瑠花のおかげだ」


「そういうことにしておくね!……あと私たちは二人で裏通りを散歩してくるから、落ち着いたら連絡して」


「分かった、気をつけて」


「うん、護衛もいるし」


「クク、だな……頼んだぞ、瑠花」


「はい!」


 二人を見送りさくらさんのもとへ向かう。あやめもそろそろ戻っている頃だろう。

   

「ユキくん!あやめと特牛こっといさんを助けてくれてありがとうぉ〜」


「――うぐっ!さ……さくらさん、苦しい……胸が大きすぎて息が……」


 さくらさんに抱擁された俺の口と鼻は柔らかいものに包まれた。水着は着ていないが、夏仕様の薄手の服は胸の柔らかさを直に感じる。それはまるでマシュマロのようにふわふわして……


「もぉ〜デク!お母さんとイチャイチャしすぎ!お父さんに言うよ!」


「ま、待て……それだけは勘弁してくれ!モゴモゴ……」


「あっ!待って、ユキくんそこでモゴモゴされちゃうとくすぐったくて……」


「あぁ!デク、ダメだってば!お母さんもいつもデクを抱きしめないで!」


「だって〜若い頃の歳三さんにそっくりなんだも〜ん」


 えぇ?俺あんなヤクザみたいになっちゃうの?さくらさんが、やたらとくっ付いてくるのは、歳三さんと重ねちゃってる?……歳三さん、さくらさんが寂しがってるので出張控えてあげてください……いや、出張控えると俺が八蓮花に行けなくなるので、やっぱり仕事頑張って!モゴモゴ出来ないので喋れない。


「え〜、お父さんに?そうかなぁ〜?とにかく離れて!」


「ふぅ……」

「ふぅって、いっぱい堪能しとったし!」

「バ……違っ!」

「もぉ!」

 

 ふわりっと柔らかい感触が飛び込んでくる。水着姿のあやめは普段よりもずっと柔らかい。


 顔を俺の胸にうずめているので、ヨシヨシをして欲しいんだな。俺には分かる……


 庇護欲にかられた俺は、恥ずかしながら頭を撫でる。


 さくらさんも、あらあらしょうがない子たちっという感じで俺たちを見る。親公認のカップルはこういう事も許されるんだな。


 とにかく、あやめは危険な目に合ったんだ。甘えてくるなら全力で応えてやるのがいいだろう。


「怖くなかったか?」 


「デク……絶対に助けに来てくれると思ってた……」


「ギリギリセーフだった……冷や汗が出たぞ」


「えぇ?そんな風に見えなかったけどなぁ」


「まぁ……怒ってたからな……内心ドキドキしてた」


「ホントだ!今もしてる」


「聴くなよ……今は違うドキドキだ」


「へへ、ねぇ……デクと海が見たい」


「さっきずっと見てただろ?」


「二人で見たいの……いい?」


「もちろん」


 あやめの手はまだ震えていた。表には出さないが、トラウマになるほどの体験をしているんだ……誰かにそばにいて欲しいのは当然だ。


 俺たちはビーチの端で腰掛けて寄り添った。


 あやめの頭が俺の肩に乗る……


 こういう時は肩を抱くのが正解なのか、それとも腰を抱くのが正解なのか……でも水着だから触れないほうがいいのかな?と判断の遅い俺は鱗滝うろこだきさんに怒られるだろう。


阿知須あじすさんからスマホ返してもらった?」と当たり前の話をしてなんとか誤魔化す。


「うん、さえちゃんたちにも心配かけちゃって……会ったら泣いてた。悪い事したなぁ」


「あやめはみんなに愛されてるからなぁ」


「デ、デクにも?……なぁんて……へへ」


「ああ、そうだな」


「――!」


「ん?どうした?」


「え……だって……あああ、愛してるって……それは友達としてとか、妹みたいなぁとかじゃなくて……お、女の子として……ってこと?」


「……最低な話をしていいか?」


「――え?ま、また、そんな言い方して……デクのそれってクセ?」


「いや、あやめにしか、しないかなぁ。なんか、正直に言いたくなる……だが、本当に自分が最低だと思う。嫌われても仕方ない事だと思う……」


「デクを嫌いになる事なんてないよ」


 あの日……あの時に言っていたら、言えていたら……こんなに複雑になることもなかっただろう。


「人って二人同時に人を好きになることなんてあるのかなぁ……俺がおかしいのか……」


「――!それって……」


「俺はつばきとあやめを女性として意識している……いや、こんな言い方じゃダメだな……好きなんだ!……二人が……どうしようもないくらいに……!」


「わ、わたしのことも?……」


「ああ、好きだよ」


 同じ顔だった……。


 灯台でのつばきと同じ泣き顔……。


 つばきと見分けがつかない……。


 俺は二人をどちらかに重ねているのか?


 ゾクッと悪寒が走る!


 怖い……俺は都合よく二人を重ねているだけじゃないのか?


 あぁ……ダメだ。


 なんてこった……今気付いた……二人に気持ちを伝えて気付いた。


 俺は……二人を一人の女性として見ている……のか?いや違うはずだ!


 つばきはつばき!


 あやめはあやめだ!


「デク……」


「ダ、ダメだ!」


「――え?」


「ダメだ……今のは聞かなかったことにしてくれ!」


 夏の強い日差しがジリジリと焼いているはずなのに……氷のように冷たい感覚が背中を走っていく。


 嫌悪感……どんなに人に嫌われても気にしない。陰でどんなことを言われようが平気だった!俺が俺であるのは……


 自分を信じているから……


 自分だけに期待していたから……


 自分が好きだったから……


 だけど……この感情はダメだ!


 二人に告白なんてするべきじゃなかった!


 大切な人を……大切な二人の女の子を惑わせるような事を言うなんて最低だ!嫌悪感が押し寄せて、自分のことが嫌いになってしまう……そうなると……俺が俺じゃなくなり……壊れる!?


 ただ想うだけなら良かった……


 だけど言葉にしてはダメだった……


 寒くて震えてくる……自分が壊れるのが怖い!


 むつみ先生……助けて……ハァ……ハァ……ハァ、ハァ、ハァ、ハッ、ハッ……息が……苦しい


 ハッ、ハッ、ハッ、ハッ……


「――!!!……んん……!!」

「ん……ん……」


 乱れた呼吸……過呼吸になっていた事に気付いたときには、口は塞がれていた。信じられないほど近い距離に目を閉じたあやめがいる……長く綺麗なまつ毛が濡れている……


「ん……ん……」


 うっすらと開けた彼女の瞳が虚ろになっていく。俺の唇を追いかけるように懸命に重ねる。


 急激に酸素を取り込もうとしていた呼吸は、次第に収まっていくが、とろけるような感触が脳を刺激する。


 目を閉じた彼女の頬は上気して、小さな唇は俺の唇を待っている。


 止まらなかった……


 これがキス……


「ん……ん……」とあやめの吐息が聞こえ、胸を高鳴らせる。


「「ハァ……ハァ……」」


 重なった唇を離すと、呼吸までもが重なっていた。


 脳が溶けるような感覚のまま、彼女と目を合わせると、心がつながっている気がした。


「あやめ……」


「デク……大好きなの……聞かなかったことなんて出来ない」


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