第三部 夏休み編

今年の夏休みは彼とともに

♦︎♢♦︎♢♦︎♢八蓮花あやめ side ♦︎♢♦︎♢♦︎♢


 今日は7月25日、夏休みに入って5日目。


 デクが彼氏になって5日目。


 デクが彼氏になったといっても、夏休みだけの期間限定だ。しかも土日とお盆以外は課外授業があるから、あまり夏休みという感覚はない。


 でも帰宅部のわたしたちは、午前中の課外が終われば、午後からの時間はあるほうだ。部活をしている子たちは、すぐには帰れないので、こうやって二人で帰っても目立つことはない。

 

「スタバ寄るか?」

「ううん、今日はシーサイドモールで買いたい物があると」

「わかった、じゃあ行こうか」

「あ……デクは先に帰ってて……」

「ん?いいよ、付き合うよ」

「ダ〜メ!帰ってて!」

「う……可愛……」


「ついて来ちゃダメだよ!」

「じゃあスタバで待ってるから、買い物終わったら合流しよう!」

「もぉ〜心配し過ぎ!」

「いや、俺の知り合いで以前電車で倒れていたヤツがいてな……」

「むぅ……イジワル」

「う……可愛……」


「だって、待たせるの悪いし」

「大丈夫だ。やることあるからな」


「あぁ!……先生でしょ!?」

「そうそう、メールが来てるんだ。やりだすと長くなるし。ついでに勉強もしたいからな」


 むぅ……ついでに勉強なんだ。


 でも、デクとつばきは、すごいなぁ……夏休みでも課外授業あるのに、ちゃんと勉強もしてる。大学生になったら、きっとわたしとも離れ離れになるんだろうなぁ、寂しいなぁ。


 わたしだけがこっちに残って、つばきとデクが一緒の学校とかもあり得る……うう……二人に追い付けない。

 

「デクってさぁ、先生と毎日メールしてない?」

「まぁな……今度会う約束もしてるぞ」


「そんなの浮気やん!」

「こうやって、事前に報告してるから浮気じゃないだろ?」


「え?そういうもん?」

「違うのか?まぁ、俺も付き合うというのが、どんなもんか分からないし、普通がどうなのかも知らん」


「う、うん……わたしたち……付き合ってるんだよね」

「いちおう、そういうことになっている。期間限定だけどな」


「8月25日まで……」

「今日が7月25日だから、あとちょうど一カ月だな」


「学校では内緒なんだよね」

「ああ、そのほうがいいだろう?」


「別に……言ってもいいけどね」

「あやめがいいなら俺は構わないが、あえて言うことでもないだろ?期間限定だから、夏休みが終わった後に、皆が気を使うのも面倒だしな」


「そ、そうだね……でも、初めての彼氏が期間限定かぁ……」

「あやめは、初めてが俺なんかで良かったのか?」


「う、うん……っていうか、デクはじゃないし!」

 

「ぐはっ!……く……」

「――え?な、何?」

「いや……なんでもない」


「じゃあ行くね!」

「ゆっくりいいからな。こっちも時間かかるし」

「うん!」


 期間限定で付き合うといっても特別に何かが変わったわけじゃない。ううん、変わったかも……デクが優しい。前から優しいけど、彼氏であろうとしてくれてる気がする。


 デクもきっと、どうしていいか分かんなくて一生懸命なんだ……でも……手もつなぐこともないし、キ、キスとかもないし、あれ以来ちょっと距離感あるし……初めて、あんな風に抱きしめてくれたのに……やっぱり誰でも良かったのかなぁ……男の子は好きじゃなくても、そういうこと出来るって野原さんたちが言ってたもんなぁ……。


 つばきからは「私のことは気にしないで自由に付き合っていいよ!」って言われたけど……自由にって……いきなり手をつなぎたいって言うのも恥ずかしいし、キスしたいなんて言って、ドン引きされたら立ち直れないし……付き合う前のほうが、もっとデクと近かった気がする……。


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           |


「プレゼントですか?」

「あ、はい!でもまだ何にするか決めてなくて……物色中です」

「彼氏さんですか〜?」

「はい……いちおう」


 うわぁ……男性のスタッフさんが来ちゃった……こういうの苦手なんだけど……。


「えぇ〜いいなぁ〜こんな可愛い子が彼女なんて羨ましいなぁ。今の流行がオーバーサイズだからこんな感じとか〜?それともこっち系?」


「いや……まだ……服かどうかも……決めてなくて」

「でも、洋服とか絶対喜びますよ!パンツとかも見てみます?」


「あ、いや……」

「とりあえず、身長はどれくらい?うちの店ってスニーカーもあるからけっこう幅広く選べますよ」


「でも……まだ……いろいろ見て回ろうかなぁって……」

「あまり見て回るのも迷っちゃうよ!僕が選んであげるから、スパッと決めちゃいなよ!」


「彼……ファッションは、そんなに……」

 

「それこそ買ってあげないと!青蘭高校だよね!勉強ばっかりしてるからだよ!彼氏をカッコよくコーディネートするのも彼女の特権なん……」


「くくく、ようやく見つけた!」


「「――!」」


「えっと……いらっしゃいませ!……見つけた?何かお探しでしたか?」


 小柄な少年?が背中を向けたまま、顔だけこっちを向いて……ううん、明らかにわたしを見てる。大きめの黒のパーカーに、タイトなパンツスタイル。


 パンツはダメージ加工されて綺麗なお肌が露出してる。女の子?黒いマスクで、表情は分からない……ただ、パーカーのフードとマスクから覗く瞳は、わたしを捉えて離さない……でも……どうして後ろ向き?


「あの〜お探し物は見つかりましたか?」


 スタッフさんが警戒した様子で話しかける。


「くくく、ああ、たった今見つかった……僕がこの地に降り立ち、探し求めていたのはあなたです!」


「――え?わたし?……えっと、あなたはわたしのことを知っているんですか?」


 彼もしくは彼女が、指を指す。


「あなた、青蘭高校の女子生徒!……ですよね」

「は、はい……そうですけど」


「そして、あなたは助けを求めている!……ですよね」

「えっと……まぁ、はい」


「僕がこの男からあなたを救い出し!僕を導く!……ですよね」

「――導く!?………………って何ですか?」


「お客様……あまり、こういう子に関わらないほうがいいんじゃないですか?」


 男性のスタッフさんが訝しげにそう言うと、わたしのそばに寄って来る……ちょっと嫌な感じだ。


「その子に近寄るな!お前のような下郎が近付いていい子ではないぞ!」


 全身黒ずくめの子は、わたしの前に庇うように立って構えをとる。小さくて可愛い……中学生かなぁ。


「あのねぇ、君……いい加減にしないと……」


「あ……すみません!この子、やっぱり知り合いなんです!失礼します!……来て!」


 その子の腕を取り、足早にその場を離れた。男性のスタッフは、キョトンとした様子だったけど、この子が助けてくれようとしていたのは事実……3F まで上がりその手を離した。


「ハァ……ハァ……あぁ……ドキドキした!ありがとう……助けてくれて!」


「くくく、礼には及ばない。あの男もここまでは追って来れないでしょう。危なかったですね……えっと……」


「あ……名前?えっと……セカン!……セカンって呼んで!君は?」


「――コードネーム!……なるほど、僕の目に狂いはなかったようですね!僕は、見た目は子供、頭脳は大人!秘密諜報員のルークです!」


 そう言うとフードとマスクを取り、両手を広げて腕を交差、手の平は何かを掴むような……ううん、何かの攻撃に備えている……そんなポーズを取るその子は、少年のような少女のような雰囲気。


「ルーク……くん?それとも……ちゃん?」


「生物学上では女性に分類されるけど、そういうのって関係ありますか?」


「あ……ううん……ごめん。関係ないねルーク!」

「いや、僕のほうこそ悪かったです……セカン!」


「じゃあ、ルークはどうしてわたしを探していたの?」

「さすが、セカン。話が早いですね!僕は生き別れた兄を探してます」


「――え?そうなんだ……そんな事情があったなんて……大変なんだね……」

「ええ、この地に来たのはそのためです」


「お兄さんが山口県にいるってこと?そのお兄さんの連絡先は?」

 

「知ってますよ」

「え?じゃあ、連絡して会ったりは出来ないの?」

 

「トランザクティブ・メモリーは事情により共有出来ません。情報が漏れると兄さんを驚かすことが出来ないので……」


「トラ……?えっと……つまりサプライズしたいってこと?」

「簡単に言えばそうなります」


「じゃあ、ルークはお兄さんに内緒で会いに来たってことなんだ。でも、どうやって探すの?それに、一人?」

 

「もちろん単独での行動です。兄さんとの接触をに知られたくないので、こうやって、僕を導く者を探していました。宿も確保しています。セカン……あなたが頼りなんです」


「わたし?」


「ええ、兄は休暇中にも関わらず、青蘭高校で極秘任務を行っています」


 夏休みに課外を受けてるってことかな……。


「ですので、兄のいる青蘭高校まで案内してほしいのです」

「でも、今日の課外は終わっちゃったよ。部活をしてれば残ってると思うけど……」


「――え!?そうですか……たしか兄は訓練には参加していないと言っていました。入れ違いになったようですね」


「お兄さんのお名前は?」


「アナキン……僕はそう呼んでいます」


「本名じゃないと分からないから、教えてもらっていい?」

「個人情報は迂闊に漏らすな!と上からの命令です」


「そ、そうだね……ルークは真面目なんだね。先生の言うことをちゃんと聞いてて偉いなぁ」

 

「いえ、兄さんに比べれば僕なんてまだまだです」

「お兄さんのこと大好きなんだね!」


「そうなんです!兄さんの話を聞きたいですか!?」


 ピョンピョンと可愛いらしく跳ねるルークが、わたしの袖を握りしめ、目を輝かせる!可愛いぃ……こんな妹が欲しい……。


「うん!聞かせて!……じゃあサーティワンでアイス買って来るからここで待ってて!」

 

「アイス!?いいの!?」


「もちろん!」

「でも……知らない人に奢ってもらうなと、上からの命令……」


「すぐに戻って来るから!」

「あ……セカン!」


 ふふふ、ルーク可愛い。デクへのプレゼントは、また今度でいいかなぁ……ゆっくりじっくり決めていこう。


 サーティワンが思いのほか混んでいて順番待ちをしていると、ピコンとメールが入る。


 [あやめ〜(ㆀ˘・з・˘)♡♡♡ 今、花鞆高校の阿知須あじすさえちゃんとシーサイドモールに来てるから、私たちと出会わないように気をつけてね〜]


 ――え?シーサイドモールって!


 ここに来てるの〜!!

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