第35話 マサシ達 街に帰る

 街に戻ってきたマサシは、大量に受注していた依頼を報告するためにギルドへと向かった。


 山のように納品された素材に職員は苦笑いを浮かべると同僚に応援要請を出し、次々と依頼の処理を進めていく。


「あー……なんかすいません」


「いえいえ、依頼が片付くのは助かりますので気にしないで下さい! わ、ヌメリムイアコがこんなにも! 助かりますー!」


 ヌメリムイアコの納品はだいぶ前から出ていた依頼だったようで、非常に喜ばれた。


(テンプレギルドなら、焦げ付き依頼の達成はランクアップポイントががっつり貰えるんだけど……肝心の冒険者ランクがないから勿体なく感じるわ……)



 以前リュカが説明したとおり、この世界のギルドには『ランク』というものは存在しない。そのため、ランクによるクエスト受託の制限というものはなく、良くも悪くもいきなり実戦環境に飛び出せるようになっている。


 依頼ボードに張り出されている依頼は誰でも受託が出来るし、達成できれば報酬を得ることが出来る、それはルーキーもベテランも等しく得られる冒険者の権利である。


 しかし、それはボードに張り出される一般的な依頼だけの話だ。


 重要な依頼――貴族や国、またはギルドから出される依頼は誰にでも受けられるものではない。相手や内容が特別であるため、受託する相手を厳選する必要があるからだ。


 これらの依頼はボードに張り出される事はなく、ギルドが密かに定めている『ランク』を元に受託者を決め、指名依頼として冒険者に直接声をかけて交渉している。


 そう、密かにランクというものが存在しているのだ。


 実は冒険者の受託情報はしっかりと記録されていて、受託内容や成功率、また人柄等もきっちりと調べられていて、それによって冒険者のランクを秘密裏に決めていたりする。


 確かにマサシが言うような、カードに刻まれ、表立って冒険者を格付け出来るようなシステムは無いのだが、裏ではきっちりと通信簿のようなものをつけて管理していたりする。


 これはギルドの機密情報なので、リュカが知らないのも当然の話で、その事を知っている者は関係者以外では居ない……事になっている。


 その評価ランクは一から十まである。


 十が一番下で、評価によって昇進すると数値が若くなっていく。


 これはまさにマサシが大好きな異世界者のテンプレシステムに近いもので、この事をマサシが知れば『なんで公表しないのさ』と疑問に思うかもしれないが、それには事情があった。


 公表すればモチベーションに繋がり、冒険者レベルの引き上げに繋がるかもしれない。

 

 より良い依頼を回してもらえるとなれば、金を稼ぎたい者や上位者として崇められたい者等はランクを上げるために張り切って依頼を受託するようになるだろう。


 しかし、そのために手段を選ばない連中は当然現れるだろうし、貢献度が低そうな依頼が敬遠されて塩漬け依頼を増やす原因となってしまうだろう。


 それを憂慮した冒険者ギルドは非公開とする事を決めたのである。




 銀の牙の三人は仲良く『五』の位置についている。


 中堅として十分な活動実績があり、これからもランクの上昇が見込め、将来的には上位ランクに入る見込みがあるとされている。


 徐々にではあるが、信頼度も上がっているため、そろそろ指名依頼が出される頃かもしれない。


 さて、マサシとリュカはどうだろう?


 リュカは現在七でマサシは八だったりする。


 意外と低く感じるかもしれないが、それは当然の話。


 リュカは生活が出来る最低限の依頼だけをこなすような地味な活動をしていたため、登録年数に対して依頼の達成数が少なく、ギルドからの評価点をあまり稼げていないからだ。


 マサシは遠慮せずに大量の素材を持ち込んでいるため、ルーキーにしては目立った貢献ポイントを稼いではいる。


 しかし、流石に登録からまだ一ヶ月程度しか経っておらず、性格や信用度をギルドがまだはかりきれていないのでこの評価だ。


 今回マサシが納品した『ヌメリムイアコ』は流行病の薬品を作るために必要な素材で、納品の報告は依頼者の薬師としても、街を治める領主としても非常にありがたい話だった。


 マサシは(もったいない)とぼやいていたが、実はきちんと評価ポイントとしてつけられていたのだ。


 大量納品に加えて、そこそこ重要な納品依頼を達成したマサシはギルド内で目立たないわけがなかった。



 当然、マサシの名はギルドマスターの耳に届く事となるわけだが――


『……マサシか。この辺境に留まってくれればありがたいのだが……彼にはあの森ですら狭く感じ、世に羽ばたく日が訪れるだろうな』


 ――という、彼の小さな独り言。


 それを敏感に察知した【ラノベ主人公】さんと【巻き込まれ体質】さんが目を覚まし――


『よっしゃ! テンプレ展開させるぞ!』

『王宮の面倒事に巻き込まれたら面白くね?』

『いいねえ!』


 ――等と盛り上がっていたところ……


『王宮……姫……救われた姫は……主人公のハーレムに……ア・ア・ア・オオオ!」


 その気配を【フラグリバーサル】さんが敏感に感じ取ってしまった。


『ゲ、ゲエ! フラグリバーサル!』

『いやまて、フラグブレイカーが表に出ているぞ!』


『『ヤベエ!』』


 この時、立っていたフラグは、


『過剰納品をした結果、規格外の冒険者が王宮の目に留まるフラグ』


 という、まあまあ有りがちなフラグだった。


 これがそのままの意味で反転すれば、いつもの流れで済んでいれば『と思ったが、留まらなかったぜ』と、何事も起きず平穏なままになっていた筈なのだが、姫の気配を感じ取った【フラグブレイカーの残り香】がガッツリ表に出てしまったせいで【フラグリバーサル】が仕事をすることが出来ない。


『リバーサルの奴につまらなくされるのも嫌だけど』

『ブレイカーの奴に重い展開にされるのはもっと嫌』


『『抑えるぞ!』』


【フラグブレイカーの残り香】を【ラノベ主人公】と【巻き込まれ体質】が必死に抑え込み、無理やり【フラグリバーサル】に戻した結果…… 


 非常にややこしい展開に変化した。


 王宮には各ギルドから定期的に報告書が届けられる。


 冒険者ギルドから届けられるのは、魔物の発生状況や、それによる各地への影響、そして有望な冒険者の情報だ。


 王宮へ届けられた定期報告の書類一式の中に話題のルーキ、マサシのデータが記載された報告書も入れられていた。


 その書類たちは仕分けされ、冒険者の情報に関しては、執務に係る者達の目を通った後、場合によっては国王の元まで届けられる……事もあるのだが。


 呪いやら特性やらがしっちゃかめっちゃかにした結果、マサシの事が書かれた書類は別の書類にぺっとりと貼り付き、王宮の人々の目を掻い潜ってしまった。


 それも、割とどうでもいい書類に貼り付いてしまったため、誰の目にも止まらないまま右から左に流されていった。


 冒険者のデータは、貴族達にも公開されることとなる……のだが、全然関係ない書類に貼り付いてしまったがために、その機会も見送られてしまったのだ。


【フラグブリバーサル】を目覚めさせた【ラノベ主人公】さんと【巻き込まれ体質】さんは怒っていた。


 折角面白くなるはずだったのに【フラグリバーサル】が抑えきれなかったせいで奴が目覚めてつまらん流れになったじゃないかと怒っていた。


 それにカチンと来た【フラグリバーサル】は


『……いいでしょう。フラグリバーサルが持つ運命をひっくり返す力……見せてあげる』


 と、がっつりと【フラグリバーサル】を抑え込みつつ、鬱憤を晴らすかのようにがっつりと力を解き放った。


【フラグブレイカー】に破壊されたのは王宮から指名依頼が届き、その達成を切っ掛けに姫と出会うフラグ。


 そのせいで、上記のように何事も無かったかのように事態は収拾しようとしていた。

 そう、結果的に何時通りの流れになるはずだったのだが、特性達がいらんことをしたせいでそこからさらにねじ曲がった。


 と出会うフラグだけは【ブレイカー】の執念によって死守されたが、ひっくり返ったフラグがさらにひっくり返り、何者かの目に留まることとなり。


 折角無かったことになった『権力を持つ人の目に触れる』フラグがさらにひっくり返って復活し。


 結果として――


「……あら? この冒険者……登録からひと月でこの達成率なの? しかも全部評価『優』じゃないの。これだけ優秀なルーキーなら話題に上がってもおかしくは有りませんのに。

 ……どうしてどなたも話題に上げなかったのかしら? 素行が悪いから? それとも何か理由があるのかしら?

 ふむ……気になります……この冒険者……気になりますわ……!」



 ――何処かの地で、誰かに目をつけられてしまった。


 このフラグがマサシのためになるのかどうか、それはまだわからない。

 

 わからないが、『ラノベ主人公』さんが大喜びしているのだから、悪いようにはならない……のかもしれない。

 

  というのはまだ少し先の未来のお話……なので、話を現在に戻す。



 報告を済ませたマサシ達は、この街の拠点として使っている森の語らいに向かっていた。


 ギルドの報酬は今回もまたたっぷりと得られ、金貨六枚に銀貨三十二枚と銅貨五十枚、日本円にして約六十三万二千五百円もの稼ぎになった。


 以前の報酬と合わせればかなりの金額であり、そろそろ行われるオークションの売上が入れば暫く遊んでいても良いくらいにはなりそうだった。


(年に一度やってるらしい、王都のオークションに出した方が良いってアルベルトさんが言ってたけど、次の開催は当分先らしいからな)


 今回参加するオークションはこの街『ラナール』で開催されるローカルオークションで、王都のそれと比べるとあまり高値がつかないだろうと言われていたのだ。


 数倍から桁が変わるくらいの差がつくよと言われ、かなり心がグラついたマサシだったが、オークションに縛られ行動が阻害されるのを嫌ってラナールでの出品に踏み切ったのである。


(ま、ギルドへの納品で結構稼げたし、蜂蜜の事もあるからな。そこそこ値がつけばそれでいいことにしよう)



 なんて事を考えているうちに、宿に到着だ。


 二人仲良く宿の扉をくぐると、宿の子供『ポラ』が二人を出迎えた。


 ポラは扉の向こうからやってきたリュカとマサシの姿を見るなり、頬を薔薇色に染めて顔を綻ばせた。


「あー! リュカと兄ちゃん!  おかえりー!」


「ただいま、ポラ! お部屋開いてるかな?」

「うん! いつものあの部屋、開いてるよ!」


 まるで兄弟のように語らう二人の姿をマサシはニコニコと見守っていたが、そうだ宿代は先払いだったよなと、女将さんの所に向かいチェックインをする。


「この間はすいませんでした。取り敢えず、一月分の前払いをお願いしますね」

「あいよ、じゃあ預かってる分から引いて……って、あんた言葉を喋れたのかい?」


 宿の女将は驚きマサシを見る。


 この間来た時はリュカを通して会話をしていたエルフ語しか話せない風変わりな男。それがしばらくぶりに会ったと思ったらマルリール語を、しかも綺麗な発音でしっかりと話している。


 これが驚かずにいられるだろうか。


 しかし、マサシは事もなさげに理由を話す。


「あー、リュカと二人森に籠もってる間、不便だからと言葉を教えてもらったんですよ。おかげでこの通り、女将さんやみんなと話ができるようになりましてね……あれ?」


 鳩が豆鉄砲を食ったような顔で見つめられ、マサシは言葉を止める。


「……なんというか……見た目もだけど、頭の出来も出鱈目な人だねえアンタ……リュカが連れてきた理由がちょっとわかるような気がするよ」


 何を言っているのかちょっと理解が及ばなかったマサシだが、例の怪しげな服のままであることを思い出し、明日こそは服を買いに行こうと誓うマサシなのだった。


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