第30話 マサシ、銀の牙に折れる

 レッド・ビーを討伐した後、マサシ達は非常に面倒な事になっていた。いや、正確に言えば面倒なことになっていたのはマサシ単体だった。


「なあマサシ君! 一体普段どんな鍛錬をしてるんだ? その若さでどうすればそこまで至れるんだ!?」


「ちょっとリム! 私が先よ! ねえ、どうやったら四つも適正を得られるの? やっぱり素質? 素質なの?」


「二人共待って欲しい。あの恐ろしい精度の索敵、あれは素晴らしかった。パーティーの今後を思えば先にこれを教えて貰うべき」


 とまあ、こんな具合に銀の牙に教えて教えてと群がられているのだ。


 魔術であればリュカに聞けばよいのにとマサシは思ったが、リオンは以前リュカに同じ様な質問をして『僕はエルフだから人のことはわからない』と言われていた。


(里から逃げ街に来たばかりの荒んでいた時期だったため、リュカは覚えていないが)


 暗に『種族差であると』言われたのだと受け取ったリオンは、今日まで四属性については諦めていたのである。


 しかし、ここに来て現れたマサシという存在が現れた。


 彼はヒュームでありながら四属性を操って見せ、土属性に至っては高度な魔術を使用していた。


(人でありながら高みへ至っている)


 今まで諦めてきた四属性の取得が現実味を帯びてしまった。リオンは我慢が出来ずにマサシにどんどん詰め寄ってしまう。


「ちょ、ちょっとリオンさん……マイナさんもリムさんも……ちょ、離れて! 近いから!」


 取り敢えずなんとか離れてもらえたマサシだったが、この様子では暫くの間マサシに粘着することは目に見えて明らかである。


 時計を見ると昼が近い。このままだと何時戻れるかわからない。下手をすれば午後の予定に大きく食い込んでしまうかも知れない。


 午後は言語学習という名のゲームの時間である。


 日本語の習得としてみれば、ある程度目標を達成しているため、そこまで必死にやらなくてもいいのだが、それはそれとして『ゲームの時間』が無しとなればリュカの機嫌が悪くなるのは目に見えていた。


 なのでマサシは苦渋の選択をした。


「わかりました。僕がどうにか出来るとは限りませんが、明日から一週間、僕らと一緒に午前中に探索をしましょう。一緒に行動をしていれば見えてくるものがあるかもしれませんよ」


 この提案に銀の牙は食いついた。


 明日以降、この広場で待ち合わせると約束し、マサシ達は広場を後にした。


 適当な位置で転移をし、自宅に帰るとリュカがどういうことなのかとマサシに尋ねた。


「まあ……あの場を抑えるにああ言うしかなかったってのがまず理由の一つだけど、ゲームでもさ、ゲストキャラって居るじゃん?」


「あー、特定のダンジョンだけパーティに入るような人ね」


「そうそう。ゲームによって違いはあるけど、一時的な加入でもレベリングは出来るし、システム上用意がされてればスキルだって覚えるじゃない」


「てことは何? リム達をパーティに入れるってこと?」


「一時的に、だけどね。リムさんは普通に戦ってればスキルが芽生えそうだし、マイナさんは索敵をしてればスキルレベルが上がりそう。リオンさんは……どうしようかな。リュカがしてくれたように僕も……」


「わかった! リオンの面倒は僕が見るから!」


「え? いいの? 前に断ったんじゃ……」


「いいいいの! マサシは二人も見るんだから! うん、リオンは二属性持ちだし、四つは無理でもあと一つくらいは行けそう! うんそう! 僕がやるから!」


「うん、わかったよ。じゃあお願いね」


 なんだか必死なリュカをみてマサシは(なんて友達思いなんだろう)と目を細める。


 そしてリュカは(マサシならきっとおでこをくっつけるアレをやっちゃうはずだよ……だめだよあんなの……)と、何故か一人でドキドキとしていた。




 そして翌日から銀の牙の特訓が始まった。


 特訓と言っても剣技やスキルを意識した行動をしたり、リオンに関しては火や土の扉を感じる手助けをリュカがしているだけで、別になにか特別厳しいメニューをこなしているというわけではなかった。


 故にリムとマイナは少々マサシを疑っていた。適当に誤魔化されているのではないか、そう思っていたのだ。


 やっていると事が普段の探索とあまり変わらないからだ。


 一応、探索を始める前にリムはマサシと一緒に素振りをしたし、その間マイナは座って目をつぶり瞑想しているよう指示をされたりしたのだが、どう考えてもそれがマサシの強さに迫れる行為には思えなかった。


 素振りに関して言えば元々日常的にやっていることだったし、瞑想は魔術師がやるもので、斥候職がやるなんて話は聞いたことがなかったからだ。


 一応、準備運動的なそれらが終わった後の森歩きで魔物を狩ったり、素材採取をしたりと、実践形式と思われる特訓もしてはいたのだが、時折マサシから伝えられる『ためになるのかならないのか良くわからない謎のアドバイス』を除けば、普段の探索と何ら変わらない。


 まだ一日目ではあるものの、何かためになっている気はしないし、このままマサシを信じて良いのか不安になってしまった。

 

「なあ、マサシ君。本当にこれで俺達は強く、なれるのか……?」


「無理を言ったのはわかってる。でも、からかってるなら怒らないから言ってほしい」


 失礼かもしれない、そう思いながらも言わずには居られなかった。しかしマサシは笑顔でこう返す。


「大丈夫です。妙な事をしていると思っているかも知れませんが僕を信じて下さい。予定では一週間ですが、何か目に見えてわかる変化が訪れるまで責任をもって付き合いますので」


 流石にここまで言われてしまっては文句は言えなかった。


 二人はまだ少し疑いながらも、マサシの指示にしたがって真面目に特訓に励んだ。


 一方、リオンもまた、基本のやり直しにしか思えないリュカの訓練に拍子抜けし、リム達同様に(もしかして適当にあしらわれているのでは)と少し思ったのだが。


(ううん、エルフから魔術を習えるなんてそうある事じゃないし、基本を振り返るのはきっと大事なことよ。うん、だから……もう少しだけ信じてみようじゃない)


 と、少し退屈に思いながらも、真面目に訓練を受けるのであった。





 ――そして三日後の朝。


 いつもの場所で合流するなりマイナがマサシに飛びつき抱きしめた。



「ちょ、ちょっとマイナさん? どうしたんですか?」


「マイナ? マサシ? ちょ、え? なに?」


 動揺するリュカをちらりとみたマイナは、自分の行動に気づいて照れ笑いをするとマサシから離れる。


「ごめん。嬉しくって。マサシ君ありがとう! 索敵範囲がね、凄く広がった。 

 それによくわからないけど、周囲の地形がぼんやりとわかるようになった!」


 それを聞いたマサシは嬉しいと思うより先に興味が湧いてしまった。心の中でマイナに謝ると、彼女に鑑定をかけた。


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名前:マイナ

性別:女

年齢:二十七歳

種族:ハーフノーム(ノーム / ヒューム)

職業:探索者

LV:12

HP:72 MP:14

力:18 魔:8 賢:13 速:34 器:38 運:18

スキル:索敵LV2 周辺マップLV1

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(これはこれは……知らないスキルだ。周囲の地形が見えるのって周辺マップだな)


「マイナさん。おめでとうございます。索敵の練度が上がって魔物の気配を探りやすくなったようですね。周囲の地形がわかるのは『周辺マップ』というスキルですね。自分の周囲の地形が頭に浮かぶ感じですよね?」


「そうそう! 凄いねマサシ君。そんな知識まであるんだ。

 ……ところでスキルってなに?」


「あっ…… え……っとぉ……その、スキルというのはアレですよ。闘気みたいな感じの、熟練したものが得られる特殊技能の事を言うんです」


「スキル……熟練者の技……それを私が……? ありがとう、マサシ君……」


「いえいえ。マイナさんの努力の結果ですから……」


 感激のあまり、涙で顔をくしゃくしゃにして喜ぶマイナ。



 本当にマイナの能力が上昇した、それも凄まじい結果が現れている。

 

 この事実がリムやリオンに火をつけた。


 これまでの事は決して無駄ではなかったと理解した三人は、その日からより一層気合を入れて訓練に励むのだった。

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