第33話 餌付け

 銀の牙の三人がまったりと風呂の余韻を味わっているその頃。


 リュカに続いて素早くシャワーを済ませたマサシは、キッチンで腕組みをしてうんうんと唸り声を上げていた。


(さてお昼ご飯どうしようかな……パスタの在庫は心細いから……これはナシだな。米はまだまだ大丈夫……であれば)


 マサシが昼食の用意……タッパーに入れてアイテムボックスに入れておいた炊きたてご飯と作りおきの料理を取り出し、そのフタを開けるとなんとも芳しい香りが家中に漂った。


「わ、なんだろこの香り……知らない香りだけどお腹がなるよ」


 マイナが照れたような顔で腹を擦りながら言うと、


「香辛料の香りかな? でも知らない香り。一体何が出されるの?」


 リオンがそれに続いて腹を鳴らす。


 この現代のこの世界において、香辛料はそこまで高価なものではなく、一般家庭でもそれなりに使われている。


 とは言っても、地球における胡椒に酷似したものが広く一般に広まっているくらいで、その他の香辛料は食材として使われてはいなかった。


 何処か地球と似た生態系を持つこの世界には地球同様、様々な香辛料やハーブが存在するが、そのどれもが薬学や錬金術の材料として使われるのが殆どだ。


 変わり者や味の探求者が食材として使うことはあるのだが、そのレシピが一般に出回ることはなく、通常は香辛料=胡椒と言った考え方をされているのだ。


「よくわかんねーけど、マサシが作ってるんだ、きっと凄いのが出てくるぞ」


 そしてリムの期待に満ちながらもどこか投げやりな言葉で締めくくられると、ちょうど温めが終わったマサシから四人に声がかけられる。


 四人がダイニングルームに移動するとその香りはより強くなる。笑顔のマサシにかけるよう促され、四人はそれぞれ席についた。


「今から出す料理は……米を使った料理なんだけど、これ、食べたことある?」


 マサシは皿に盛った白米を三人に見せる。リュカはもうご飯がお気に入りなので、香りから何が出てくるか想像してお腹をグウグウとなかせている。


「あ、これ知ってるよ。確か北西にある島国で食べられてる穀物だ。もっとドロドロしてたはずだけど、これはなんだか綺麗だね」


「へー、マイナ詳しいな。流石探索者」


「それあんまり関係ないでしょ……私も知ってるわ。前に市場で見ただけで食べたことはないけどね」


 それを聞いてちょっとまいったなと思うマサシだったが、リュカの反応を見るからにごはんはそこまで酷い反応をされないだろうし、これから出す料理についても食えば納得してもらえるだろうと判断した。


「じゃ、最初は少なめに出すから、足りなかったら言ってね」


 食卓には既に水とサラダ、フォークとスプーンが出されていて、水が注がれているガラスのコップに三人はビクビクとしていた。


 そこに出されたのが……


「はい、おまちどうさま。カレーだよ」


 見れば見るほど食欲が失せていく色調の……どこか何かに似ている料理。一瞬何かの冗談かと思ったが、見た目はともかく香りはとても良いし、リュカに至っては歓喜に満ちた顔でそれを見つめ、食事が始まるのを待っている。


「それと、サラダとスープね」


 サラダとオニオンスープを配膳すると、マサシも席に座って。


「さて、ではみなさんいただきます!」


「いっただきまーす!」


「「「イタダキマス」」」


 マサシが崇める神の祈りかなにかなのだろう、そう思った三人は取り敢えず言葉だけ真似てスプーンを握る。


 しかし、どうにも手が出ない。その間にもマサシとリュカはせっせとそれを口に運んでは、美味そうに咀嚼している。


(せめて誰か、仲間の誰かがこれを食べたら……)


 三人仲良くそう思っていた。マサシは兎も角、リュカも食べているのだからそれを見て信じれば良いものだが、それでもまだそれを食べ物だと確信するには至らなかった。


 そしてリオンは取り敢えず見た目的に害がなさそうなスープに手を伸ばす。


 カップに注がれたそれを直接口に運んで一口啜ると……。


「あっ! なにこれ、うっっま!」


 それを聞いた二人もたまらずスープを口に運ぶ。濃厚な鳥の脂が口いっぱいに広がり、それを追いかけるように旨味がやってくる。スープと共に舌に乗るのはふわりと溶ける玉ねぎ。


「何だよこのスープ……めちゃくちゃうめえ……」


 スープが食べられる、しかもそこらで食えぬほど美味いスープである。これが三人のタガを外した。恐る恐るではあるが、ほぼ三人同時にカレーを口に運ぶ。


「なっ……うまっ! からっ! でもうまっ!」


 マイナが驚いてスプーンとカレーを交互に見る。他の二人も同様に驚いて固まっていた。が、それも少しのことだ。直ぐに勢いよく残りのカレーの討伐にあたった。


「なによこれ、なによこれ。野菜と肉がこんなに沢山!」


「それにこの味! 複雑過ぎてよくわかんねえがとにかく美味いぞ!」


「ああ、もう無くなっちゃう!」


 食べだした三人は止まらなかった。きれいになった皿を無言で見つめる三人にマサシは笑顔で声をかける。


「まだたくさんあるけど、おかわりはいるかい?」


「「「お願いします!」」」


 この様子なら生野菜も美味いのではと、箸休めにサラダを食べれば、甘酸っぱいタレが非常に美味しくて。


 サラダを食べ、スープを啜り、カレーを飲み……もとい、食べ。


 そのループは中々止まる様子がなく……。


 結局リムは五杯、リオンは三杯、マイナは四杯、リュカは六杯おかわりをして賑やかな昼食が終わった。


「いやあ、気持ちいい食べっぷりでありがたいねえ」


 鍋ごとストレージにしまっておいたカレーはすっかり空になってしまったが、固形ルーの備蓄はまだまだあるし、問題はない。


(中々手を出さないから不安になったけど、気に入ってもらえてよかったな)


 異世界物の定番である『カレーでハートを鷲掴み』をどうしてもやってみたかったマサシは、リュカと出会って間もない頃に出して、それはそれは嫌な顔をされたものだった。


 当時はまだ互いに会話が出来なかったので、恐らく想像してはいけないアレを連想してしまったのだろうと、これはこれでテンプレだわと密かに喜んでいたのは、リュカには内緒である。





 すっかり満腹になった三人は、リビングでソファにへたり込んで動けなくなっていて、そのまま眠りに入りそうだった。


(家を見せて、ご飯をご馳走したら解散しようと思ってたんだけど……すっかり寛いでる所でそれを言うのもなんだかアレだよなあ)


 おもいっきりまったりとしている三人に『見学会は終わりなので送ってきますよ』と言うのがなんだか気の毒に思ったマサシだったが、午後は午後で予定(リュカのゲーム)がある。


 さて、どうしようかと少し考えたが、連れてきちゃった時点でもう隠すような物も無いし、夕方まで自由にさせといてもいいかとぶん投げることにした。


 ……隠さなければならないと言うか、カンがいいものが見ればマサシが別の文明を持つ何処かから来た者であると気付いてしまうような物が溢れんばかりに転がっているのだが……。

 

 まあ、相手が銀の牙なので問題は無さそうだ。

 


「俺はリュカに付き合って勉強をしてきますから、三人は好きなように外をぶらついたり、昼寝をしたりしてて下さい。

 あ、外の生き物は俺が飼ってるようなものなので、手を出さないで下さいね?」


 そして、何か用があったら上にいるので呼んでくれと言い残し、リュカを連れて二階へ上がっていった。


 残された三人は顔を見合わせ、どうしようか話し合うが、取り敢えず考えるのに疲れたという意見が一致し、頭を休めるべくそっと瞼を閉じるのだった。


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