第32話 ご招待

「秘密を守れる自信はありますか?」


 銀の牙の三人は突然マサシからそのようなことを告げられ、互いに顔を見合わせる。


 リム達がした質問は『君達何処で寝てるの』『なんかちょっと清潔過ぎない』だ。


 それが何故、真剣な顔で秘密を守れるかと聞かれる羽目になってしまったのだろうか。


 彼らとしてはほんの雑談、休憩時間に振った話の種にしか過ぎなかった。いや、少しは下心があった。やたら強いとは言えリュカとマサシは二人きりである。それにしては野営の疲れというものを見せず、いつ来ても朝から元気に動き回っているし、妙に身綺麗だ。


 何か秘訣はあるのだろうか? もしかしたら秘伝の水属性魔術でもあるのでは? 


 師と呼ぶに相応しいマサシとリュカが持つ野営の秘訣というものをあわよくば教えてもらうことは出来ないだろうか。


 そんな軽い気持ちでした質問だったのに、何故か妙にピリピリとした空気が漂い始めてしまった。


 そして、何やらマサシから信用を試されているようだ。


 良くはわからないが、流れからして野営の秘密を答えてくれるに違いない。


『どうする?』

『秘密を守れるかって……野営の件よね』

『マサシ達を裏切れるわけがない』


『じゃあ……二人共そういう事でいいんだな?』

『『勿論!』』


 リムは仲間達と話し合い、意志の確認をすると三人仲良く力強くこくりと頷いた。


 そしてリムはマサシに向かい口を開く。


「マサシが俺達に何を話してくれるのか皆目見当もつかない。だが、これだけは言わせてくれ。今やマサシとリュカは俺達の師にも等しい存在だ。そんなお前達……いや、貴方達を俺は、俺達銀の牙は決して裏切らない。これから見せられる物がなんであれ、俺達は秘密を護ると誓おう!」


「誓うわ!」

「誓う!」


『師に等しい』その言葉にマサシとリュカは苦笑い。しかし、そこまで言うのであれば十分信頼出来る。


 そう考えたマサシは銀の牙を三人を呼び寄せ体に触れるように言った。


 怪訝な顔をしながらもマサシが言うのならと従う三人。


 マサシは自分の体に触れていなければ転移が出来ないと思っているが、実はそうではない。マサシとパーティを組んでいれば半径一メートル以内に収まっているだけで共に転移をする資格を得られるのだ。


 そんな事を知らないマサシはリュカの左手を握り、右肩にはリムに手を置かれ、背中にはマイナが張り付き、リオンは右腕を抱き込んでいる。


 ……フラグブレイカーの残り香さんが平静でいる辺りからして、どうやらこの女性二人には脈がないようだ。


 転移をしようとマップを開いたマサシはリムとリオンに驚きの声をあげられる。

 

「な! マサシそれは……?」

「マサシくん? それってもしかしなくても地図だよね?」

「え? なにー? ちょっと私見えないんだけど」


 そう、マサシに触れているものはマサシが開いているメニュー関係の表示が見える。何を考えてその様な仕様にしたのかは不明だが、少なくともこれのおかげでマサシはリュカと情報共有を円滑にすることが出来ていた。


 しかしこれが今回は仇となった。いや、既に仲間のような三人であるわけなので、仇という程ではないが、少なくともこの後質問攻めになることは確定してしまった。


「ごほん。言いたいことは色々あると思うけど、まだ驚くのは早いですよ」


 不穏な言葉とともにマサシが地図の左上、隠れ里をタップする。その瞬間、視界が揺らぎ、三人は思わず目をギュッと閉じてしまう。


 そして次に目を開いた三人は驚きの声を上げた。


「ええ? え? マサシ……?」

「これは……ええ? うそ? でも……マサシ?」

「ねえ、マサシくん……これってもしかして転移魔術……?」


「んー? まあ、そんな感じです」


「「「ええええええ!!!」」」


 転移魔術。それはお伽噺の大魔術師が使うとんでも魔術である。


 どれほど遠く離れた場所であっても瞬時に移動が可能という、物語を書く上で冗長さの原因になりうる移動シーンを大幅にカットする秘策として使われる現実味がない魔術、それが転移魔術だ。


 噂どころか実在しないはずの転移魔術を涼しげな顔で使うマサシ。そしてそれを珍しくもないという顔で慣れた様子のリュカ。


 三人はもう何も言えなくなっていた。


 が、驚きはまだこれだけではなかった。三人の視界の奥には見慣れぬ様式の大きな家が建っていた。


 二階建ての立派な建物なので、てっきり宿屋かと思ったのだが、マサシはそれが自分の家だと紹介した。


「なあ、マサシってもしかして偉い人だったりするのか?」


「貴族様……なの?」


「ええ……? どうしよう! 私、結構叩いたりしちゃったよ……」


 うろたえる三人に苦笑いでそれを否定しながら、家に入るよう促すマサシ。


「あ、そうだ。忘れるところだったけどこの家は土足禁止だからね。玄関……ここで靴を脱いでスリッパに履き替えて下さい」


 三人はドソクという言葉や、スリッパという物が何かわからなかったが、靴を脱げと言われたことから、そういう意味かとなっとくし、同じくマサシが並べたものを見てどうやら室内用の靴であると判断した。


 そしてそれを履いた一同は驚いた。


「うわ、なんだこれ……」

「ふわふわだわ……」

「これ……もらえないかな……?」


 客間だという部屋に案内された三人はそこでもまた驚く。


 椅子に腰掛ければやたらとフカフカとして身が沈み、厚く透明なガラスで出来たテーブルには同じくガラスのコップがおかれ、中には氷と何か黄色い液体が注がれていた。


「疲れてるだろうから……甘い飲み物を注いだけど口に合わなかったらごめんね?」


 慣れた手付きで配膳をするリュカ。


 三人はゆっくりと察していく。


 二人は転移術でこの家に毎日帰っているのだろうと。であれば野営の必要はなく、二人で行動しても平気なわけだと。


 そして注がれた飲み物を飲み、またもや目を見張る。


「……なあ、このコップ、触ったら壊れたりしねえよな?」

「もう私は何も気にしないことにしたわ! んく……あら、これ美味しいわ……」

「おいし……これは果実水? いや、果実そのもの? なにこれ? なにこれ!」


 恐る恐るコップを手に取ったかと思ったら、後は夢中になってオレンジジュースを飲む三人。


 時刻はもう直ぐお昼を迎える。取り敢えず昼食を一緒に取ってもらうことに決め、三人には先に風呂に入ってもらうことにした。


 一応この世界にも風呂は存在するし、王都に行けば公衆浴場というものが存在する。


 高級な宿にも風呂を備えるものがあり、それは立派な客寄せになっているが、それでも十人程度の客が一緒に使う浴場しか備えていなく、ひとりで落ち着いてゆったりと入れる風呂というのは庶民には手が届かないものなのだ。


 貴族であれば、当然屋敷にそれを備えているのだが、一般庶民はどう頑張ろうとも個人用の浴室はお目にかかれないものなのである……


 ……のだが。


 その浴室に三人は案内されていた。


 なんてこと無いという顔のリュカがする説明は殆ど耳に入らなかった。それでも何とか最低限の説明を聞き取った三人は、まず先に女性二人が入り、次にリムという順番で風呂を済ませる事に。


「凄いねあれ……魔導具ってやつなのかしら? 公衆浴場には無かったわよね?」

「あれと比べちゃだめだろ……あんなの王宮にもねえんじゃねえの?」

「無いと思う……便利そうだけど、触るのちょっと怖いよね……」


「「わかる」」


「じゃ、お先するわね……」

「おう、ゆっくりしてこい」

「……あの浴室で出来ると思う?」


「わかんねえ……」



 間もなくして。


 女性陣二人がシャンプーとコンディショナーで潤った髪をタオルで拭いて戻ってきたが、それを見たリュカに連れ戻されドライヤーの使い方を教えられていた。


 轟音とともに熱風を出す魔導具に目を白黒とさせたが、それが髪を乾かす魔導具であること、これで乾かすと自然乾燥よりフワフワになると聞き、目の色を変えて髪を乾かした。


 ゆったりとソファに腰掛け、うっとりとした顔で髪を撫でる二人。


「凄かったわよ、リム。あんたも早く入ってきなさいよ」

「うん、別に怖いことは無かった。早く行ってこい」


「ま、まじかよ……そんなにか?」


「「そんなによ」」




 まもなくして、風呂から上がってきたリムは、嬉しそうな顔で頬を撫でながら感想を述べた。


「なあなあ、俺の顔を見てくれよ! 凄いぞあのヒゲソリセットとかいうやつは! 俺の顔なのに俺じゃないみたいになったわ!」


「たしかに。いつも汚いリムのほっぺがつるつるになってる」

「そうね……ヒゲというヒゲが消え去って年相応に若返っているわ……」


「ぐっ……お前ら普段どんな目で俺を……いやあ、これでもちゃんと顔を剃っているんだぞ? でもどうしても剃り残しはあるし、剃った後血が出るしで酷いもんなんだが、あれはすげえ……無傷でこの肌だよ」


 わいわいと風呂の話で盛り上がる三人を温かい目で見守るリュカ。


 かつて自分が通った道を歩む三人の姿をにこにことみつめる。


 当時は言葉が通じずマサシに伝えられなかった驚きの言葉をわいわいと話す三人を羨ましく思いながらも、懐かしいなと暖かな気持ちで見守っていた。


そして(気軽に連れてきちゃったけど……元の生活に戻れるのかな……)と、彼らの今後を心配するのだった。

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