第34話 昆虫由来の美味しいアレ

 銀の牙の三人を残し、リュカと共に二階に上がったマサシはゲームをするリュカを後ろから眺めていた。


 スキルのお蔭でほぼほぼ完璧に日本語を使えるようになったリュカに『もう俺抜きでもゲーム出来るね』と、マサシは言ったのだが


 『ううん。僕はね、マサシと一緒にゲームをする時間が好きなんだよ』


 なんて、嬉しいことを言われてしまったので、引き続きリュカに付き合うことにしたのだ。


 現在リュカが遊んでいるのは、某グレイセスfだ。


 そろそろ終盤なため、マサシは次に何をやらせるか頭を悩ませる。


 順番通りに某エクシリアを1、2とやらせ、ゼスティリアといくか、それはスキップして先にベルセリアをやらせるか……ああ、ヴェスペリアもあったかと。


 はたまた、某最後のファンタジーに戻り、Ⅴに近い雰囲気のⅨをやらせるか、某グレイセスfで科学的な要素に少し慣れつつあるからいっそ15でも……いや、15はまだ早いか。


 それならば16のほうがここに世界観が似ていていいかもしれん……今使ってるハードより大きく世代が進んだハードのゲームにリュカはどんな反応をするだろう……と、これはこれでワクワクとしながら今後について考えていた。


 今後と言えば、オークションの結果が気になるところ。


 どうやら大金が転がり込んでくるのはほぼ確定しているようだし、そうなれば暫くの間はお金に悩まず自由に行動できそうだが……。


 さてどうするか?


 マサシは悩む。


 ファストトラベルと言う名の転移が使えるマサシは、いつでも気軽にこの家やラナールに帰ってくることが出来る。


 まだラナールを満喫しきってないので、そう直ぐに何処かに旅立とうとは思っていなかったが、何処か面白い土地があれば、旅行がてらそれを見に行くのも悪くはない、そんな事をぼんやり考えていた。


 と、時計を見ればもう直ぐ十五時だ。


 流石にゲームをやりっぱなしというのも身体に悪いので、おやつタイムを区切りとして休憩させるようにしているのだ。


「リュカ、三時だよ。お茶にしようか」


「ん……はい、おっけー。ふふ、どこでもセーブ出来るのは便利だよね」


 ゲームを中断したリュカがマサシと共に一階に降りると、銀の牙の面々は眠りの世界に入り込んでいた。


 退屈な思いをさせて申し訳なかったなと、一階に降りてきたマサシだったが、幸せな顔でぐっすりと寝入ってる三人を見てほっと胸をなでおろす。


「じゃ、サクっと作ってくるからリビングで待ってて」

「はーい」


 エプロンをつけキッチンへ向かうとストレージから出してきた材料をずらずらと並べていく。


 大量に有り余っている砂糖に、ラナールで手に入れた鶏卵の様な卵と牛乳らしきもの、そして小麦粉だ。


 今日のおやつはパンケーキ。

 

 材料を混ぜ合わせ、ざっくりと種を作る。


 ベーキングパウダーや重曹を使うか少し迷ったが、代替品が見つかるまで節約しようと、それは使わず、ぺたんとしたパンケーキを焼き上げた。


(パンケーキなんて知らないだろうし、この世界ではこれがパンケーキってことで)


 焼き上がったパンケーキはぺたんこだったけれども、味見をしてみればそこまで悪いものではなく、なんだか素朴な感じで。


(……爺ちゃんがこういうの良く焼いてくれたっけな……)


 亡くなった祖父を思い出し、微妙にしんみりしながらどんどんパンケーキを焼いていく。


「うし、出来た。多少焼きすぎたような気もするが……人数が人数だし、みんな食べる方だから平気だろう」


 リビングにパンケーキと共に紅茶セットを運ぶと、銀の牙の三人がじっと目で追ってくる。


 どうやら調理の香りで目を覚ましたようで、今度は一体何が出てくるのかとワクワクしながら待っていたようだ。


「ねえ……マサシくん。それは……なに?」


 たまらずリオンが説明を求めると、マサシは事もなげに笑顔で答える。


「ああ、俺が住んでいた土地ではこの時間にお茶を飲む習慣がありましてね。一緒にお茶菓子を……今日はパンケーキを焼いてみましたのでどうかなって」


 どうかな、そう言われても三人はうまく反応をすることが出来ない。


『お菓子』という概念が彼らの中に無かったからだ。


 同じくリュカもマサシと出会うまでそのようなものを知らなかったが、今ではすっかり慣れて説明をする側に回っている。


「お菓子ってね、色々あるんだけど、基本的に甘い食べ物なんだ。ご飯とは別に食べる……ほら、焼いたアプリールを食べたりするじゃない? あれも一種のお菓子だよ」


「なるほど、甘みがある果物を使った何か……ということなのかな?」

「甘くない物もあるみたいよ?」

「むう……よくわからなくなってきた……」

「食事と何が違うのかしらね……?」


 マイナとリオンが混乱しているが、リュカは『まあ食べてみなよ』と微笑んでいる。


 パンケーキの上にはバターが乗っていて、傍らには何やら液体、黄金色に輝く液体が入った小瓶がおいてある。


 この小瓶がまた非常に高価そうで触るのが少し恐ろしかったが、マサシが出す食器全てがこの調子。


 いちいち気にしていてはまともに味わえないと、三人はもう気にするのを辞めることにした。


(バター? バターってアレだよな、ちょっといい店で肉料理なんかに乗って出てくるやつだ……甘い食いもんじゃなかったのか?)


 製法が同じなのかはわからないが、この世界にもバターやチーズ等の乳製品が存在している。


 牛乳の加工品なので、それなりに良いお値段がするのだが、庶民でも十分買える程度のお値段なので、ちょっと贅沢をしたいと言う時に使われたり、リムが言ったように少しお高いお店で使われていたりする。


 なので、彼らからすれば、まったく未知のカレーよりはとっつきやすそうに思えた。ぱっとみた感じはパンのような何かであるし、それに乗っているバターも知っているもの。


 しかし、これはどうやら甘い食べ物だ。それなのに、上に乗せられているバターがやたらと異質に思えて戸惑ってしまった。


 ……が、それは一瞬のこと。


「さあ、冷めないうちにどうぞ」


 漂う香りで既にやられていたリムは、マサシの言葉とともに一気に落ちた。


 湯気を立てる生地にフォークを入れ一口頬張る。


「うわっ……なんだこれ? すげえうめえ!」


 その声を聞いてリオンが続いて頬張った。


「え? なにこれ? 果物が入っていない? ……なのに甘い……でも、果物の甘みじゃないわよね? 塩の味はバターだってわかるけど……不思議な甘さだわ……」


 声を上げるリムにリオン。


「はっ! わ、わたしもたべる!」


 呆けている場合ではないと、マイナもフォークを握ったが、恍惚とした顔で例の液体、どうやら粘度が高そうなとろりとした液体をかけるリュカに目が行った。


(リュカがあんなにもとろけた顔をしている……つまりあの液体はこれをより美味くする物体よね。ならば私も!)


 躊躇すること無く、リュカに習ってとろりと液体をかける。黄金色の液体がパンケーキにとろとろとかかると、キラキラと輝きまるで宝石のようであった。


 その様子に目を奪われながらも、立ち上る甘い香りで我に返る。


(そ、そうだ! たべないと!)


 慌てて一口分切り取り、口に運んだマイナはそのまま動かなくなった。


「マ、マイナ?」


「ふわぁあ……」


 恍惚としたマイナの表情。そう言えばマイナはリュカのマネをしてあの液体をかけていた。リオンはすべてを察して即座に真似をする。そして……。


「ひああ……」


 無論、リムもそれは見逃さず真似をするのだったが、


「うお! なんだこれ! すっごく甘くなるな? 美味いっちゃ美味いが、俺はかけないほうが好きだわ」


「「それはない」」


「えー? まあ、好みの問題だろ……っていうか、ほんとうまいなこれ!」


「それには同意」

「これなら毎日だって食べられるわ……」


 どうやらリムには少し甘すぎたようだが、が何なのか聞く余裕が無いほど夢中になってパンケーキを平らげてしまった。


 思い出したかのように、お茶を口にすれば、それもまたやたらといい香りで……口全体が甘ったるくなっていたのをさっぱりとさせてくれて。


「ほんとマサシくんには驚かされてばっかりだわ。このお茶も美味しいし、パンケエキ? あれは反則! 甘いパン、それもあんなにふかふかなのなんて初めてだわ!」


「そうだよ。マサシはリュカと一緒に銀の牙に入るべき!」


「おいおい、お前ら無茶言うなよ……でも、それくらいうまかったよ。で、あの液体はなんなんだ? ああは言ったが、嫌いじゃない味だった。良かったら教えてくれると嬉しいな」


 そう言われたマサシは少し考える。液体の正体は蜂蜜である。

 正直な話、銀の牙が蜂蜜の存在を知らないことに少し驚いていた。


(えぇ……もしかして蜂蜜って一般的な食材じゃなかったりするの?

 リュカは普通に知ってたし、気にせず食べてたんだけどな……)


 マサシが知るこの世界の常識は偏っている。


 なにせ、一番の先生がエルフであるリュカだからだ。


 リュカのように集落を飛び出し街に出るエルフは他にも居ない事はない。けれど、街に五人も居れば多い方で、大抵は居ても一人や二人、居るだけで二度見されるような土地すらある程度にはレアな存在だったりする。


 マサシはそんなレアキャラを基準とした常識を元にこの世界のことを考えているわけだが、エルフは普人種ヒュームから見ればなかなかに変わった生活をしているわけで……。


 森と共に生きるエルフたちにとって、蜂蜜とは身近な調味料であり、幼い頃からおやつ代わりに舐めていたリュカにとってもそれほど珍しい物ではないのだ。


 しかし、普人種ヒュームやドワーフ、ノーム等、エルフ以外の種族にとってはそうではない。


 ごく一部に、珍味として食べているものも居なくはないが、決して一般的なものではない。


 多くの者にとって、ハチミツとは、未知の食材だ。


 なぜなら、この世界には蜂という昆虫が存在せず、代わりに居るのが蜂型の魔物たち。


 いつもの森に生息している種を上げればレッド・ビーがそれに該当するのだが、わざわざ魔物の巣を襲撃して蜜を取ろうと思う変わった奴は研究者とエルフくらいなのである。


 当然、マサシはそんな事は微塵も知らない……が、そのレッド・ビーの巣が頭に浮かんでいた。


(ふむ……割と好評だな。砂糖の代わり……とまでは行かないけど、銀の牙の様子を見るに、蜂蜜も悪く無さそうだ。

 あんだけでっかい蜂がいるって事は、えげつない量の蜜を蓄えた巣があるかもしれないし、上手くすれば安定供給出来るようになるんじゃないかな?)


 製法が未知すぎる砂糖と違い、蜂蜜は蜂の巣を強襲すれば得ることが出来る。


 そこから発展して養蜂の様な事を始められれば、より一般的な食材になるかもしれない。


(リュカ達エルフには一般的な物みたいだし、別に教えちゃってもいいよな)


 そう考えたマサシは液体の正体について明かすことに決めた。


「この液体は蜂蜜ですよ。えっと、蜂ってわかります? レッド・ビーみたいの……それがせっせと森を飛び交って集めて巣に溜め込んだ蜜です」


「「「うえええええ?」」」


 三人が顔をしかめ、ひどい声を上げた。


 マサシは『えっ? えっ?』と、戸惑うが、それも仕方がないことだった。



 自分がハチミツという物を知らなかったとして、『これは虫が集めた蜜である』そう言われたらどうだろう?


 昆虫食同様の感覚……までとは行かなくとも、少なからず頭に虫の姿がよぎり、微妙な気持ちになるのではなかろうか。


 きっと、銀の牙の頭の中にはプレトルビルトンカブトムシの魔物から掠め取った樹液をせっせと運ぶレッド・ビーの姿が浮かんで居ることだろう。


「マサシの言い方がちょっと悪かったと思う」


「え? そうかな?」


「あのね、蜂蜜の原料となるのは花の蜜なんだよ。どの花から集められたかによって味が変わるんだ」


「花の蜜か……そう言われると、ちょっとマシか?」

「子供の頃に村の花壇に咲いてた花の蜜吸ったりしたわね」

「あったあった。あのほんのり甘いのを集めると……こんなに濃厚に……?」


 彼らの頭の中から、樹液バトルが消え去り、ほのぼのとした花畑が現れたようだ……が、まだちょっと足りないようだ。

 

「花の蜜なら俺も吸ったことあるし、悪い気はしねえけどさ、でもレッド・ビーが集めてんだろ? なんか……な?」


 暗に少し汚いのではないか、と苦笑いをするリム。


 それを察したマサシはうろ覚えながらも蜂蜜の利点をあげていく。


「蜂蜜にはね、栄養……人が生きるために必要な物がたっぷりはいっているんです。

 それに加えて抗菌作用もあるから、もぎたての果実を齧るよりよっぽど清潔だと思いますよ」 


「コウキンサヨウ?」


 マイナが不思議そうな顔で聞く。


 この世界にはまだ『菌』という概念はない。なので抗菌作用と言われた所で理解が及ばないわけだ。それを雰囲気から察したマサシはざっくりと説明する。


「俺は本職じゃないので詳しくはありませんが、身体の調子が悪い時……熱が出たり、咳が出たり、腹が痛くなったりする時ってあるでしょう? あれは病原菌と呼ばれる目に見えない小さな物が身体に悪さをするのが原因なんです」


「信じられないけど、マサシくんが言うのだからきっとほんとのことね」

「ああ、こいつは俺達が知らないことを知ってるからな、これも――」

「待って、今マサシが話してるから!」


「ははは。いやまあ、それでですね? 蜂蜜はそういった悪さをするものに耐性があるんで、そのまま食べても平気なんですよ。

 ただ、それも万能ではなくて、身体が弱い人なら負けちゃうくらいの菌が生き残ってることがあるとかで、赤ちゃんには食べさせるなって言われてますけどね」


 そんな具合にざっくりと菌と病気、蜂蜜のミラクルパワーについて語られた三人はなんとか割り切ることに成功した。


 そしてそのうち探しに行って見つかれば売りに出してみようと思っているというマサシにマイナがアドバイスをする。


「正直素晴らしい素材だと思うけど、虫の魔物が由来となると嫌がる人は多いかも知れない」


「まあそうですよねえ」


「だから最初はさ、素材として小さな屋台で売ってみるといい。レッド・ビーの巣なんか好んで襲う人は殆ど居ないからこの素材は珍品として目につく。

 そのついでに『使用例』としてパンケーキなんかを味見させたり、売ったりすればいいと思う」


「なるほど、若干強引気味に割り切らせていくと……それはいい案ですね。ありがとうございます」


 初めは口にして貰えないかもしれない。けれど、好奇心に負けた者がひとくち食べ、美味いと声に出したらどうだろう。


 じゃあ、自分も試しにと続き、徐々に忌避感を食欲が上回って受け入れられていくのではなかろうか。


 マイナはそう語り、実際に蜂蜜の魅力に飲み込まれつつあるリオンは力強く頷いている。



 こうして突発的に始まった『蜂蜜会議』の結果、オークションが終わった後、暇になったら皆でレッド・ビーの巣を探しに行くことに決まった。



 マサシは別にリュカと三人でも何とかできそうだと思っていたが、賑やかな冒険も悪くはなかったのでそれを断ることはせず、三人と冒険の約束を交わすのだった。

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