第42話 作戦会議
テレビに接続されたノートPCを操作し、作戦指示を説明するマサシ。
最初は謎の魔導具に心を奪われていた銀の牙一同だったが、徐々に考えるのを辞め、作戦を耳に入れ始めた。
「まず、巣の周りには大型のソルジャーが最低八体、特大のコマンダーが二体居ます。これらの戦闘用個体は恐らく俺や皆さんで討伐にあたることになるでしょう」
「涼しい顔で言ってくれてるけどよお、コマンダー? だっけ。この妙に精密な絵が事実なら、かなり大きいぞ? 俺達で大丈夫か?」
「それに関しては俺がキチンとヘイトを取りますので……そうですね。では先に作戦の続きを説明していきましょう」
トラックボールを操作し、資料を次のページに切り替える。表示されているのは巣を上から見た図で、何か戦争でもするかのような丁寧過ぎる仕事に少々引いてしまう銀の牙。
「まず、実は一番やっかいなのが通常種、小型の働き蜂です。小さいとは言え、かなりの数が居ることが予想されますので、奴らに群がられてはちょっとキツいでしょう」
そこで、と言いながら別の窓を開き動画を再生してみせる。
銀の牙はマサシを質問攻めにしたい気持ちでいっぱいだったが、そこは耐えることにした。
映像に映っていたのは巨大な蜂の巣に挑むアメリカ人男性だ。何処か風変わりな服を着ていたが、それに関しては『全身を覆う防具である』と、マサシが説明をした。
納屋に作られた大きな蜂の巣に遠慮なくスコップを差し込むと、怒った蜂が一斉にカメラに向かって飛んでくる。パラパラという雨が降るような音が聞こえるが、それにマサシが『この小さな蜂たちが人や魔導具にぶつかる音である』と説明をすると、一同から悲鳴が上がった。
「はい。これは攻略失敗の一例です。今見てもらったように、小さな蜂が相手でも、迂闊に巣を突けば待っているのは悲惨な未来です……しかし」
次に映されたのは日本人男性がスズメバチの巣を駆除しに行く動画だった。
とは言え、彼も防護服に身を包んでいるため、それがマサシと同郷の人間であるとわかったのはマサシと日本語を聞き取れるリュカだけだった。
そして、映像に映る人物の特徴がマサシと何処か似ている様子に気づけなかったのにはもう一つ理由がある。
先程のアメリカ人男性の映像は昼間のものだったが、今回見せている映像は夜。防護服に身を包んでいる上に、暗がりの中での撮影なので、人物の顔は殆ど見えないのだ。
その人物が挑んでいるのは、先程の映像よりもだいぶ小ぶりの巣。しかし、それに張り付いている蜂は先程の五倍近い大きさで、非常に凶悪な面構えをしていた。
そう、オオスズメバチである。
「レッド・ビーと比べると随分と可愛く見えますが、こいつは蜂の中でも攻撃性が高く、近づくものが居れば容赦なく襲いかかってくる恐ろしい存在です。
噛みつき攻撃をするほか、毒性が非常に強い毒針をもっていて、それに刺されると死んでしまうこともあります」
「随分と小せえ蜂だけどよ、人を殺せるくらいの毒を持ってるとかヤバいよな」
「小さいせいかレッド・ビーより数が多い。戦いにくい大きさであの数はヤバい」
「あんな大きさじゃ私の魔術なんて絶対当たらないわよ……ほんとヤバい魔物だわ」
ひたすら『ヤバい』を繰り返す仲が良い銀の牙達は、危険な蜂に向かって無謀にも近づいていく男にいつしか感情移入をしていた。
「ほら! 無防備に近づくから気付かれた! 逃げて!」
思わずマイナが半立になり、声を上げる。
「なんだ? 止まってじっと見ているのか?……あっ! これは警告だ! おい、それ以上近づくんじゃねえ!」
リムも立ち上がり男に向かって声を掛ける。
「ああもう、魔術で巣を狙いなさい! 今ならまだ焼き払えるわ!」
とうとうリオンまでもが立ち上がり、拳を振り上げて応援している。
マサシはその様子を微笑ましく思いつつも、まあ、大丈夫だから見ていてよと告げる。
いよいよ男に向かって群がっていく……と、思った瞬間、スズメバチ達はフラフラと見当違いの方向に飛んでいき、やがて諦めて巣に戻っていってしまった。
ここで一度映像を一時停止する。
「さっきの蜂と種類が違うというのもあるけど、明らかに様子がおかしいですよね。何故ああなったのかわかります?」
マサシの質問にマイナが元気よく手を上げた。
「我ながら馬鹿らしい意見だと思うけど、これって眠くてぼーっとしてる? 様子を見に来たけど、眠すぎてまともに探せないまま帰ったとか」
「ん~、まあ、正解でいいでしょう。 眠いかどうかはわからないけれど、殆どの蜂は夜になると動きが鈍るらしいんです」
「おー、やっぱり。野営のときに見張り番だよってリオンを起こすとこんな感じだから」
「マイナ!」
厳密に言えば、夜だから眠いというのは誤りだ。
確かに、活動しにくい夜は、巣や草木の上でじっとしてエネルギーを温存する行動――つまり睡眠と思われる行動を取ることがわかっている。
しかし、夜間における蜂の動きが悪いのが眠気のせいかと言えばそうではない。
スズメバチは寒さに弱いため、気温が下がる夜間だと動きが鈍り、昼間ほど積極的な行動を取れない。
それに夜目が効かないのが相まって、夜間は昼間ほど積極的に攻撃をしてこない……と、言われている。
折角ネットが使えるのだからと、スズメバチの駆除について調べたマサシは上記の情報を得た。
知ってしまった途端、むくむくと湧いてくる好奇心。
一緒に見ていたリュカもそれは同じだったようで、二人仲良くナイトウォークに出かけたわけだが。
リュカに水球を飛ばしてもらい、レッド・ビーの行動を確認したところ、やはり昼間より動きが鈍く感じた。
暫く実験を繰り返した結果、やはり明らかに弱体化している事が確認できた。
そう、レッド・ビーも地球のスズメバチに近い生態をしていたのだ。
本当は夜間調査に行き、上記の情報を得た事も伝えるはずだったのだが……。
(下見したって言ったら凄い怒ってたもんな……夜間調査の事は黙ってたほうが良い……よね?)
(うん? ああ……夜間調査の事を黙ってるつもりなんだね? うん、僕も言わないほうが良いと思う……絶対また怒られるから……)
既に先行調査について酷く怒られて居るため、リュカと視線を交わして内緒にすることにした。
弱っちいルーキーであるという誤解は解けては居るが、危険な大森林に、それも一部の魔物が活性化すると言われている夜間に二人だけで出掛けたとなれば、説教どころか泣いて怒られてしまうかも知れないからだ。
(心配してくれるのは嬉しいんだけどね)
夜間のレッド・ビーがどういう反応をするか、スズメバチを例にして説明をするマサシは、どう見ても実際に見てきたかのように話していて。
まさかこいつ……と、銀の牙は察しかける。
それに気付いたリュカがマサシの袖を引き、慌てて動画の続きを再生させた。
「ほ、ほらマサシ。この後が本命でしょ」
「うん? ああ、そうだね。はい、それでは実際に攻略するシーンを見てみましょう」
最初に再生した昼間の映像はひたすら破壊して終わるため、大して攻略の参考にはならなかったが今度の映像には対処方法がばっちりと収められていた。
防護服に身を包んだ男がフラフラと立ち向かってくる蜂を物ともせず巣に近づいたかとおもったら、何か布のようなものを巣穴にぎゅっと詰め込んだ。
「うっわ、大胆な事をするわね……」
「小さいとは言え、人を殺せる魔物の巣によくあんな事出来る……」
「穴を塞いで出れなくしようって事なんだろうが、あんなの直ぐに壊されるんじゃねえのか?」
もっともなリムの質問にマサシは待ってましたと答える。
「あれはアルコール――酒精が強い酒を染み込ませた布で、巣穴の蜂を酔わせるのが目的なんですよ」
「え、蜂も酔っ払うのか?」
「そうらしいです」
「らしいって……本当に効くのかこれ?」
疑わしい視線で動画を眺めるリムだったが、次の瞬間絶句した。
動画の男が巣をビニール袋で覆ってしまったからだ。
「おい、あれはなんだ? 袋のようだが、ガラスみたいに透き通ってるぞ?」
「ああ、ビニール袋ですね。あれは中が見えるようにそうしてるだけなので、別に透明である必要はないんですよね」
「いやそういう話じゃねえんだが……まあいい」
銀の牙は興味を別の所に持っていかれかけたが、スズメバチの巣がアップになり我に返る。
「うっわ……アップで見ると中々気持ちが悪いわね」
「あんな事されたら怒って出てきそうなもんだが、出てこねえな?」
「酔っ払ってねてるんだと思う。依頼が終わった後のリムみたいに」
「う、うるせえな」
ビニール袋に包まれた巣は、そのまま家屋から切り離され、袋の口から大量の殺虫剤を噴射された後、さらに分厚い袋で包みこまれて完全に密閉されてしまった。
万全を期すのであれば、穴をほって埋めてしまうのが一番いいらしいのだが、蜂蜜を採るという目的があるため、その部分は省く。
また、殺虫剤を使用するという部分も蜜の採取が目的である以上、好ましくはない。
なので――
「というわけで、これを応用した駆除方法を使おうと思います」
マサシは再びお手製の見取り図を大きく表示し、説明を再開した。一通り聞き終わった銀の牙は皆なんとも言えない顔をして、
(((これ本当に可能なのか?)))
と、少々不安に思っていた。
しかし、それでもマサシとリュカという規格外の存在であればいけるのだろう、マサシが言うなら出来るのだろうと思考停止しかけた諦めに近い納得を持って作戦を了承した。
作戦決行は今夜。
会議の後、銀の牙の皆さんに英気を養ってもらうためのおもてなしが始まった。
まずはしっかりと英気を養ってもらおうと、こちらの世界の肉を使ったカツを作りカツカレーを振る舞った。
前回好評だったカレーに加え、食べたことがないサクサクとした肉が乗っている。
美味いに美味いが加わって最強にうまいと、メンバー揃って腹がはちきれんばかりにおかわりをしていた。
食後は自由時間として、各自好きなように過ごしてもらったが、マイナがパソコンにとても興味を示してしまい、ここでやる気を削ぐのはまずいかと、しかたなく触らせることにした。
とはいえだ。
文字が読めないとは言え、あまり地球のWEBサイトを見せるのもちょっと考えものだったので、例によって無難そうなPCゲームを体験させる、という行動でお茶を濁した。
それにリュカが食いついてきたのは言うまでもなく。
「ちょっとマサシ! これ僕知らないやつなんだけど!」
と、今後はPCゲームも触らせることを約束させられたのだった。
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