第43話 蜂の巣襲撃
会議から数時間が経過し、現在の時刻はマサシの時計で二十二時を少し過ぎた頃。
一時間前に出発していたマサシ達は既にポイントに到着していて、周囲の様子を伺っている。
いくら夜間で活性が落ちているとは言え、大声で騒ぎ立てればあっという間に取り囲まれてしまう。
当然、ここは静かにしてもらいたいところなのだが、あの巣をまともに見てしまえば、リオン辺が『キャッ』と、声を上げてしまっていたかも知れない。
しかし、時間が時間だけに辺は暗く、レッド・ビーの巣がぼんやりと輪郭が見える程度だったのが幸いしたのか、その雰囲気にゴクリとツバを飲む事はあっても、誰一人として騒ぐような者はいなかった。
「……よし、もう少し近づきますよ。会議で見たとは思うけど、実際に見ると結構来る物があるから……声を出さないように努力してくださいね……」
ゆっくり、ゆっくりと近づいていく。
巣まであと僅かと行った距離まで来ると、よりしっかりとその姿が確認できるようになった。
見た目的には二階建ての家くらいの球体がごろりと地面に落ちている、ただそれだけなのだが、スズメバチの巣のようにマーブル状の模様が禍々しくうねるその巨体は見るものが見れば正気を失う不気味さがある。
マサシから貸し出されていた道具によって、その姿を断片的に捉えたときにはリオンだけではなく、銀の牙全員が声を出しそうになったが、丸っと見えるよりはだいぶマシなようで、ここでもなんとか抑えることが出来た。
「しかしこれ凄く便利な魔導具だな。 両手が使えるし明るさも結構あるってやばいぞ」
「……魔力消費している気配がないから魔導具なのか疑わしいけどね……」
「でも、どうして光が赤いの?」
銀の牙に貸し出しているのはヘッドライトだ。マサシはこれを大量にもっているため、今回の作戦に採用したのだが、何故そんな物を大量に所持していたのか。
……世の中には『購入すると仲間を呼ぶ類の危険な道具』という物が存在している。
例えばカメラだ。
撮れればいいと、コンパクトデジタルカメラを買ってみれば、どうもスマホと似たような画質で満足できない。
じゃあ、試しに中古でミラーレス一眼でも買ってみようと、買ったが最後、今度はレンズの沼にハマって次々とレンズを買う羽目になってしまう。
そのうち、フルサイズへと目が向いて……新型ほしいな……でもマウントが変わるのか……買うか……と、軽い気持ちで買った安いデジカメから始まった流れは七桁万円を消費するほどの濁流になってしまうのだ。
マサシにとってのそれがライトだった。
キャンプ用にひとつ買ったライトが予想していたよりも大分満足できるもので、この値段でこれだけ明るいのならば、もう少し高いのはどうなんだろう? そんな好奇心で二つ目を購入し、不必要なまでの明るさに興奮してしまってから早かった。
あれもこれも、それもあれも、全部使ってみたいと、他人に見せれば呆れるほどのライトを買い集めてしまった。
その流れでヘッドライトも大量に購入していたため、妹から呆れた目で
『なぜ同じようなのをいくつも買うの?』
と、言われてしまったが、マサシからしたらそれは愚問であった。
(光量の違いとか、装着感とか色々あるんだよ……)
興味がない物から見れば同じに見えても、好きで集めている者にとってはそうではない。
今回の襲撃に採用したヘッドライトを仮に妹に見せていれば『普通のと何が違うのさ』と言われたかも知れないが、もしも実際に言われていたとすれば『これはミリタリーモデルだから頑丈で電池が長持ちするのだ』と答えていたことだろう。
そしてマイナの質問どおり、今回装着しているライトは赤い光を放っていた。
これは別にそういうモデルであるというわけではなく、ただ単にマサシが赤のセロファンを貼り付けているだけなのだが、勿論これにもきちんとした理由があった。
「蜂って赤い光を感じにくいらしいんですよ。こちらだけ相手を視認できる一方的に有利な状況を作るために布みたいなのを貼って赤くしてるんです」
「なるほど、流石マサシくんエグい」
「そこは褒めてくれると嬉しいです……」
慎重に赤い光で巣を照らすも、それに張り付いているコマンダーやソルジャーは気にする様子もなく、大人しくしている。
「うん、大丈夫そうですね。それでは作戦開始です。皆さん位置について下さい」
銀の牙の三人は巣の正面からやや離れた所に位置を取る。
夜で感覚が鈍っているとは言え、三人が移動を始めるとソルジャーが何匹かフラフラと警戒しはじめ、銀の牙は肝を冷やす。
(動きそうなのはソルジャー四匹にコマンダーが二匹かな……?)
マサシはリュカの肩をポン、と軽くたたき、それをもって作戦が開始された。
『集え我が手に集え集い
リュカが通常とは異なる呪文を詠唱する。
今回はエルフでも使える者がそう多くはない魔術を発動させる必要があった。
それを発動するには、流石のリュカでも無詠唱とはいかず、やや長めの詠唱をする必要があり、少々無防備になってしまうのだが、それを守るのは銀の牙達の役目だ。
リュカよりも巣に近い位置に立ってもらい、こちらに向かってくるようなら防衛してもらうのだ。
(よし、そろそろ俺も準備をしておこう)
マサシはアイテムボックスから『とある薬物』を染み込ませたシーツを取り出し、それで同じ薬物が入っているらしい小瓶を包むように、くるくると丸めて片手に持った。
(リュカの詠唱はまだもうちょっと掛かりそうだ……っと、気付かれたか!)
巣の周辺に集まる異様な魔力に反応したコマンダー達が慌てたように巣から飛び立った。
詠唱はまだ終わらない。
マサシは片手で木刀を構えリュカを護るように立ちあがった。
こちらに気づき向かってきているのはコマンダーが二匹、ソルジャーが三匹だ。
(あれ、思ったより多いぞ)
マサシが苦笑いをしつつ、それに備えていると……カッと、紅い炎がコマンダーを包みこんだのが見えた。
火属性魔術、ファイアーボールだ。
それを見たソルジャー達が火の元に向かってフラフラと飛んでいく。炎の発生元を見てみれば、親指を立てるリオンの姿がうっすらと確認できた。
(リオンさん、ありがとう)
そして間もなくリュカの詠唱が終了しようとしていた。
「っと、俺も頑張らないと! シーツを運べ! エアバレット!」
シーツを内包したエアバレットが巣に向かって勢いよく射出された。
射出されたシーツは、巣穴に向かってまっすぐに飛んでいき、すっぽりと中に収まった。
「よし、入った! じゃあ、リュカ頼んだよ!」
『……球よ育て育ち包めど濡らさず包み流面の折となれ――アクアバルーン!』
巨大な巣を包み込むように大きな水球が現れた。
水球は内側が空洞になっており、その表面には水流が発生しているようだ。
その水流が巣を地面にくくりつけていた『根』となる部分を強引にへし折ると、巣をそっくり水球の中に閉じ込めてしまった。
巣自体は魔力によって濡れずに保護されているようだが、中の住人たちはたまったものではない。
直ぐに慌てたレッド・ビー達が巣から飛び出して来たのだが、その動きは精彩を欠いていて。
どうにか飛ぼうと頑張るのだが、フラフラと右往左往したのち落下していく。
(よし! 眠り薬が効いてるぞ!)
マサシがシーツと共に放ったのは、蜂型の魔物に特化した眠り薬だ。
当初は、エルフ流の採取方法である『魔術を使ったゴリ押し』をする予定だった。
今回同様に、リュカが巨大な水球で包み込み、マサシが風の魔術で中の空気を抜いて窒息死サせるという、中々にエグいやり方だ。
確かにそれは確実で、安全な方法かもしれないが誰にでも出来るわけではない。
採取するだけならそれで構わないのだが、あくまでも最終的な目標は蜂蜜の普及だ。
なので、魔術だよりではない採取方法を見つける必要があった。
マサシは森で採取した植物や魔物素材を片っ端から鑑定し、さらに調合しまくった。
結果として、蜂に特化した眠り薬という非常に都合がいいものを見つけることが出来た。
実際に使用するのは今回が初めてだったため、安全を得るためにリュカに水球で包んでもらったが、あの様子を見れば大丈夫だろう。
薬剤を投入して二分。もう既に巣から飛び出してくる様子はない。
恐らく、内部の蜂はぐっすりと眠りに落ちてしまったのだろう。
しかし、警備のために外に出ていたコマンダー達は別である。
先ほど銀の牙達の元に何匹か飛んでいったようだが、リュカが魔術を発動したのを見てこちらに気付いたコマンダー達がそれをやめさせようと飛来した。
マサシは木刀を腰に構え、体勢を低くしてこちらに向かってきたコマンダーを迎え撃つ。
まずは牽制のつもりでファイアボールを放った。
詠唱もせず、まして手や杖で構えた様子もないのに、マサシの肩の辺りから発動し飛んでいくファイアボールというのは見るものが見れば頭を抱える光景だろう。
(魔術とは精霊から力を貸してもらって発動するものだ。という事は、手や杖からじゃなくても撃てるんじゃない?)
以前、魔術の訓練中にそんな事を思いついてしまい、試してみたら出来てしまったのだ。
これに関してはリュカからたいそう褒められることになった。
「よく気づいたね、そうなんだよ。杖はあれば安定するからあったほうが良いけどさ、発動する場所に関してはどこでも良いんだよ。ほら、こんな感じに……きゃっ」
と、足の裏から風を発生させて廊下を滑って見せてくれたのだ。
……その後転んでいたが。
牽制と言いつつも、マサシはどんどんファイアボールを撃っていく。
最初はひょいひょいと避けるコマンダーだったが、あまりにもマサシが連射するものだからやがて避けきれなくなり、羽根や身体を焼かれてガチガチとアゴを鳴らして怒っている。
たまらず一匹がマサシめがけて突進をする……が、マサシはこの時を待っていた。
『この技に耐えきれた者は存在せぬ……ゆくぞ……秘奥義……迅雷斬……ッ!』
保険の『
コマンダーの首が身体から離れたのを視界の隅で確認すると、そのままの勢いでもう一体のコマンダーの元へ飛び込んでいく。
『おまけの
もはやただの痛い人にしか見えないセリフだったが、これはキチンとした『負けフラグ』なのである。
どうやらリュカの耳にも届いてしまっていたようで、プルプルと肩を震わせているようだ。
それに気付いて顔を熱くするマサシだったが、あまり笑いすぎると術が解けてしまうため、マサシは気が気ではない。
(リュカ! 笑ってないで集中してくれよ!)
マサシはレーダーを開き、周囲のコマンダーを確認すると、残数は一匹。どうやら銀の牙もうまく立ち回れたようである。
「リュカ、あっちも終わりそうだしそろそろ仕上げをするよ。ごめんね、疲れたでしょ」
「お気遣いありがとう。でも大丈夫だよ。僕の魔力なら明日の夜まで余裕なくらいさ」
「じゃあ、そのまま朝までリュカの水球で閉じ込めたままにしてもらっちゃおうかな」
「うそうそ! 冗談だよ! 流石に朝まで持たないから! 無理だから!」
少々調子に乗って盛ってしまったリュカだったが、マサシの血も涙もない発言を聞いて慌てて否定するのだった。
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