第44話 襲撃を終えて
ソルジャーとコマンダーが片付いた今、残るは巣に潜むレッド・ビー達、そしてクイーンのみとなった。
厳密に言えば幼虫も多数居るはずなのだが、今回それは数に入れていない。
一般向けに想定している方法としては、この後するのは数の暴力に任せた巣の解体だ。
巣を樹木から切り離し、地上に落とした後に巣を解体しつつ、内部で眠るレッド・ビー達を見つければとどめを刺していく。
途中、蜂蜜が見つかれば採取役の仲間に声をかけ、それを任せて解体と処分に戻る。
巣の大きさからすれば、最低でも十二人、万全を期すならば二十人程度のレイド戦になるだろう。
巣穴に薬剤を打ち込める技術を持った魔術師か弓師、それとレッド・ビーと戦えるだけの力を持った前衛職、援護役の魔術師、それに解体役の人間が何人か居ればなんとかなりそうだ。
マサシは遠くない未来、冒険者達が蜂蜜採取のレイド依頼を受けるのを想像し、頬を緩ませる。
……が、上記の方法で頑張らなければいけないのは一般人だけである。
一般人から逸脱しているマサシにかかればそんな面倒な方法を取らなくてもいい。
(ま、今回はエルフ流のやり方でゴリ押ししちゃうんだけどね)
「では、仕上げと行きますか。前に練習した通り……いくよ、リュカ」
「本当にマサシは出鱈目だよね。エルフでも皆出来るってわけじゃないのにさ……まあいいや。いつでもおっけー」
ソルジャーを片付けた銀の牙達も駆けつけ、水球に覆われた巣を見て改めてため息をついている。
これだけ巨大な水球、しかも外周には水流が生じ、内側が空洞になっているという手が込んだ魔術。
それを発動させるのも維持をし続けるのもリオンには信じられない事だった。
しかし、リュカはまだ良い。
豊富な魔力を備え、魔術の知識が豊富であると言われている精霊の友、エルフならばまだしもわかる。
しかし、本作戦の仕上げはマサシが魔術でなにかをやるらしいのだ。
『今回は人数が少ないので、特別にエルフ流の方法で仕上げをしようと思ってます』
『エルフ流?』
『はい。リュカの魔術に介入して内側のレッド・ビー達にとどめを刺すんです。
どういうものかは……そうですね、見てのお楽しみということで』
作戦会議の際に笑顔でそう、語っていた。
(マサシくんも大概でたらめだけど……他人の魔術に干渉ですって? 本当にできるのかしら? だって彼、あれでもヒュームよね……?)
腕組みをして目をつぶり、何かぶつぶつと呟いているマサシ。
リオンは耳を澄ませて聞こうとするが、どうもそれは詠唱ではなく……そもそもリオン聞いたことがない何処か異国の言葉であった。
(内側の空気を外に空気を外に……水球をゆっくり抜けて外に外に……空気を外に)
暫くぶつぶつと何事かをつぶやくマサシの声が聞こえていたが、やがて水球に変化が現れた。
プクプクと泡立ちがはじまり、それが徐々に速度を上げていく。
そのうち巣から多数の蜂が飛び出し、水球から出ようともがくが、体当たりをしているうち、どんどん下に落ちていく。
(うっ……リュカから聞いた時はエルフ流は効率的でいいなって思ったけど……
これ、実際見てみるとかなりエグいぞ……)
それから暫くの間ポコポコと音を立てていた水球だったが、やがてその音も止み、同時に巣から飛び出し暴れる蜂の姿も無くなった。
(静かになった……倒しきれたかな? うん、残数0だ)
マップでレッド・ビーの全滅を確認したマサシがリュカに向かって親指を立てる。
リュカがそれに笑顔で頷くと、ぱっと水球を弾けさせて解除した。
それと同時に無数のレッド・ビー達の亡骸がバラバラと辺りに散らばり、その上にドスンと巨大な巣が落ちた。
この一連の様子をあんぐりと口を開けて見守っていた銀の牙達だったが、落下音で我に返ったのか、マサシに説明を求めた。
「し、仕上げってなにをやったんだ?」
「確か、リュカの魔術に介入するとか言ってたわよね?」
「えっと、巣ってリュカの水球で密閉されてたじゃないですか。そこに介入して、残ってる空気を風魔術で全部抜いちゃったんです」
「……マサシ、まさかレッド・ビー達の呼吸を出来なくしたの?」
「そうです。窒息死させました」
(((エグい……)))
銀の牙全員がそう思った。
マサシも内心そう思っている。
リュカだけは(なんか懐かしいなあ)と、里での蜂蜜狩りを思い出してほっこりとしていたが。
ソルジャーが十二体、コマンダーが六体はまだしも、働き蜂に至っては数え切れないほどの数が転がっている。
つまりは、一族郎党窒息死させたわけだ。
エグいと思ってしまうのは仕方がないことだ……。
取り敢えず、ということで『かばん』を空にしてきていたマサシがレッド・ビー達の亡骸を収納していく。最終的にアイテムボックスの表示を見ると、
『ソルジャー×16 コマンダー×8 レッド・ビー(働き蜂)×582』
と、ものすごい数の数字が見えてマサシは軽くめまいを起こす。
これはこれで素材として納品できるため、取り敢えずキープしておくことにした。
そして問題となるのは蜂蜜の取り出し方だが、それも取り敢えず巣をそっくりそのままカバンにしまい、後日良い案が出てから取り出そうということにした。
何しろ現在時刻にして二十一時を回ったところである。取り敢えず今日のところは後回しにして帰宅し、ゆっくり身体を休めたい。。
その提案に銀の牙は大喜びだ。
今から帰るということは、マサシの家にお泊り出来るということである。
マサシはファストトラベルが出来るので、街まで飛んで夫々の宿へ、という事も出来るのだが、幸いにして今日のマサシはゆっくりと風呂に浸かりたい気分で。
「良かったら今日はうちに泊まりませんか」
と、催促するまでもなく、マサシ邸に泊まることが決定したのであった。
「じゃ、先ずは女性からお風呂使ってくださいね」
それを聞いたリオンとマイナは大喜びで風呂へ向かっていく。その背中から慌ててマサシが声を掛ける。
「そうだ、良かったら新品の下着と、古着ですが室内用の楽な服がありますので着替えませんか? 脱いだ服は浴室にある大きな箱の扉を開いて中に入れてもらえれば――」
女性たち……と、リュカの表情が引きつり、マサシの言葉を遮って冷たい言葉を浴びせかける。
「え……なに? マサシは一体何を求めているの……?」
「マサシくん……私達が脱いだ下着をどうするつもりなの……?」
「マサシ……なんで君がそんな物をもっているんだい……?」
剣呑な表情を浮かべる女性たち……と、リュカを見て慌てて足らぬ言葉を継ぎ足して弁解をする。
「いやいや、待って待って!せっかくお風呂に入ったのに、汗で湿った服をまた着るの……いうじゃない?
それにリュカ、君には話しただろ? 俺には妹が居たって。ズボラな妹が残したままの下着類が未開封で残っているんだよ……。
箱は洗濯の魔導具だよ! 使い方は教えるから、俺がマイナさん達の……なんだ、下着を触るとかそういうことはないから!」
それを聞いて暫く相談をしていた二人だったが、リュカから耳打ちをされ、決心をしたような顔で頷いた。
「じゃあ、マサシ、僕がリオン達を妹さんの部屋まで案内するね。勝手に貰っていいんだよね?」
「ああ、勿論。妹からも『適当に捨ててちょー』って嫌な頼みを受けててね、正直困ってたくらいなんだ」
妹も例の古代エルフ服屋さんと親しくしていて、彼の店で売られている服(攻めていない一般的なもの)を良く購入するお得意さんだった。
コミュ力が高い妹は店の宣伝を良くしてくれるため、メーカーから送られてきたサンプルの下着類を『お友達に配って感想を聞かせて頂戴』と、サイズ問わず大量にくれた事があった。
結構な数を配った妹だったが、それでも配りきれない下着類はまだまだ残っている。
友人からもらった手前、売るのも捨てるのもアレだなと、押し入れに眠らせていたのだが、結局結婚して出ていってしまったため、その処分を兄であるマサシに委ねるしか無かったのだ。
委ねられて困ったのがマサシだ。
マサシとしても服屋の彼がくれた者を気軽に処分するのは気が引けた。
それに、やたらと買いだめをしてストックしてしまう性格もあって、いつか何かに……使うことはないだろうが、まあ、一応取っておこうと残しておいたのだ。
……実際、様々なサイズの下着類が役立つ日が来てしまったわけだが。
「じゃ、いこっか。こっちだよ。階段上がってねー」
リュカは女性たちを連れ二階へ上がっていく。
実は、リュカは既にマサシの妹が着ていた服を何着か貰って着ていたりする。
ある日マサシから
「気を悪くしたら謝るけど、どうもリュカは俺の服より妹の服のが合うような気がするな」
突然そのようなことを言われ、軽く動揺をしたのだが、
「えっと、女物が似合うとかじゃなくてさ、サイズ的な問題ね! ほら、リュカって小柄だろ? 妹と背丈が似てるからいいんじゃないかなって。
どうせ捨てるしか無い服達だし、イヤじゃなかったら貰ってほしいなって」
と、慌てたように説明され、そういう事かと納得する。
マサシが所持している服たちは(例のシリーズを除けば)中々に良いデザインで、素材も仕立ても他では手に入らないような高品質なものなので、くれるというなら喜んで貰いたい物だった。
その一件から、リュカはちょいちょい無難な……中性的な服を選び着ていたのだ。
『妹さんの服もね、この家にあるだけあってどれも凄いんだよ。肌触りは良いし、軽くってさ……見た目も勿論良いしね。それと……その、下着もね? 実はいくつか貰ってるんだけどさ、凄く良くってさ……胸につけるのは僕にはまだわからないけど、リオンとか気にいると思う』
そんな説明をコソコソとリオン達に話してみれば、文字通りイチコロだったのだ。
そして、三人は『服を選んでいる間に俺等の風呂が済ませられたのでは?』と、リムとマサシが呆れてしまうほどに時間をかけ、なんだかとっても嬉しそうな顔で二階から降りてきた。
『ほんとにもらっていいのよね? ありがとう』
『妹さんに会ったらお礼言っといて』
にこやかにな女性たちがリュカと共に浴室に向かっていく。
そして、リュカが洗濯乾燥機の使い方を指導すると『わぁ』っと、黄色い声が上がり、間もなくして女性たちのバスタイムが始まった。
水音がし始めてもリュカが戻ってこず、マサシは首を傾げたが、
(律儀なリュカのことだ。きっと見張りをしているんだろうな)
と、一人勝手に納得をし、時間がかかりそうだからと、マサシとリムは早めの乾杯をする。
飲んでいるのはマサシ秘蔵の缶ビールだ。
もう色々と隠すのが面倒になってきたマサシはいわゆる『ツッコミ待ち』の状況を作り、堪らず聞かれたら銀の牙には打ち明けよう、そう思っていた。
なので遠慮なく缶ビールを冷蔵庫から取り出すと、それをそのままリムに手渡し、飲み方を教えて二人仲良く喉を鳴らした。
「へえ、一体何を手渡されたのかと思ったら。凄いなこれ、密封できる容器にエール……?が入ってるとはね。しかもなんだ、よく冷えててこれはやばいな!」
「そうでしょう、そうでしょう! やはり労働の後はこれですよ!」
「にしてもこれ美味いな。普段飲んでるエールはよ、もっとこう甘ったるくてさー」
「ああ、これは作り方は似てるんだけど、ラガーってやつですね」
「へえ、俺はこれのが好きだな。街でも飲めりゃ嬉しいんだけどなー」
二人がつまみにしているのは、マサシが市場で見かけたどう見てもエダマメにしか見えなかったマメだ。
このマメも塩ゆでにしてつまみにする事が多いらしいのだが、見た目だけではなく味もエダマメそっくりなため、バッチリビールにあい、酒が進んでいく。
二人仲良く二缶目を空けた所で女たちがドヤドヤと上がってきた。
「あ! こら! マサシずるいよ! 先に始めてるなんてさ!」
「あーわるいわるい。リュカ達も適当に飲んでていいからさ……ね?」
「うし、じゃあマサシ! 今度は俺達も一緒に入ろうぜ!」
「そうですね! 裸の付き合いと行きますか!」
マサシはかついて少年野球をやっていて、練習後に仲間達とちょこちょこ一緒に銭湯に行くことが多かったため、同性と共に風呂に入るということにあまり抵抗がなかった。
なのでリムからの提案にも快く頷き、体格もやや近かったことから自分のストックである下着を提供し、二人仲良く洗濯機をかけてから風呂場へ突入する。
ここの風呂は、入浴にこだわりを持っている両親が設計士と喧嘩をしながら作り上げた家だけあって、個人の家にしては規格外に広く、六人は悠々と入れる大きな風呂だ。
なので、男二人が一緒に入った所で密着してしまうような、気持ちが悪いことにはならず、快適な入浴を楽しめるのだ。
風呂に浸かり、ぼんやりとしているとふと、疑問が頭に浮かぶ。
(そういえば……リュカは来なかったな……見張りで体が冷えただろうに、今日くらいは一緒に入っても良かったのに……いや待て。さっきリュカは湯上りだったような……んん?)
リュカがあの二人と一緒に……?
リュカだから一緒に入ることが許された?
いや、いくらリュカが女の子にしか見えないからといって、流石にそれを許すような二人じゃないだろ?
じゃあ、なんで一緒に入れたんだ?
まさかリュカって……
理解が出来ない答えが脳裏に浮かぶ。
(いやまて、リュカの下腹部には可愛らしいアレがあっただろ……びっくりするほど……子供でもちょっと無いほど小さかったけどさ……そうだよ、うっかり見ちゃってるじゃないか……)
マサシがそんな事を考えていると、ゴボボボボボボと、妙な音が聞こえる。
何事か、と振り向くと寝落ちしたリムがゆっくりと湯船に沈んでいく姿が見えた。
「うわああああ! リムさん? おきてえええええ!!」
結局この救助劇のせいでマサシの思考は有耶無耶になり、リュカの秘密はまだもう少し明らかになることはなかったのである。
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【フラグブレイカーの残り香】「ガタッ」
【ラノベ主人公】「なんでもねえ、座ってろってか、いい加減封印されろ!」
【フラグブレイカーの残り香】(……おかしい? ラヴコメの波動を僅かに感じたのに……)
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