第51話 秘密の公開

  マサシがアルベルト達を屋敷に招待した理由、それは二つあった。


 元々はストレージの機能を公開し、実演して見せることによってマサシが持つ恐ろしい速度の解体についての実証と、それを傷まず保存できるストレージの存在を明かすために招待をする事にしたのだが……。


 契約魔術を用いたことで(そこまでしてくれるんなら、もういっその事……)と、マサシについて核心的な秘密をもうそっくり明かしてしまうことにしたのだ。


(商売関係でアルベルトさん以上の協力者は現れないと思う。だったら、もう完全にこちらの手を明かして身内にしちゃったほうが楽だよね)


 説明をするだけであれば、別に先にあの部屋ですれば済んだかも知れないが、何しろマサシが抱える秘密は荒唐無稽な話である。


 ではとても信じられないだろうし、上手く伝わるかも不安なところだ。


 ならば、一発でズドンと理解してもらえる様にを使ってやろうと。

 どうせ家に招待するのだ、もうこれ以上無いくらいの衝撃を与えてやろうと考えた。


 しかし、それを使えば、それはそれで質問攻めになりそうだ。


 それに答えることは吝かではないのだが、彼らにその予備知識があるかないかで話は変わる。


 その確認をするために小道具をマサシは机に置くと、三人に見るよう促した。


「アルベルトさん、これがなにかわかりますか?」


 両手を合わせたよりも少し小さいくらいのそれは、金属質な光沢を持つ銀色の四角い物体で。


 その中央には何か丸い穴があいていて、そこにはガラスのようなものがはめ込まれている。


 その謎の道具をあるベルトに手渡し、好きにさせる。暫くそれを回してみたり、触ってみたり、していたアルベルトだったが、とうとう降参をする。


「いやはや、悔しいけれどわからないね。鑑定もしてみたんだけど、それでも正体不明と来たよ。なんなんだいこれは?」


 その言葉にマサシは少々当てが外れたといった表情をしていたが、念の為、それを使った実演をしてみせた。


「これはですね、こう使うんですよ……リリィさん、ちょっとこっちを見て下さい」


「え? 私ですか?」


 キョトンとした顔で小首をかしげるリリィ。瞬間、パシャリと音がなり、まばゆい光が走る。


「キャッ」

「むむっ!? マサシ殿? 一体何を?」

「あっ、マサシ君……その道具はもしや……?」


 それぞれ別の反応をした客をみてマサシは満足そうに笑顔を見せ、カメラから現れた厚手の紙を三人の前においた。


 それは何やら白い厚紙に見えたが、やがてじわじわと何かが浮かび上がる。そしてそれが何かわかるところまで浮かび上がると三人はそれぞれ声をあげた。


「え? これってもしかして私ですか……? 似顔絵を書く魔導具? 私よりずいぶん間抜けな顔をしてますが……」


「いや、これは写真機だよ。凄いな……色がついているし現像の必要も無いなんて。それになんて小さいんだ……」


「これが写真機ですか……リリィ、これは絵ではない。真実をそのまま紙に転写する魔導具だ」


 その会話を聞いたマサシは、どうやらこの世界にも『写真』という概念が存在するようだとほっとする。


 彼らの反応からすれば、初期のカメラ程度のものしか無いのだろうが、写真というものの理屈を知っていれば、これからしようとしている説明の信頼度が上がるからだ。


(良かった……思った以上に文明レベルが高いからもしかしたらって思ってたんだよね)


 リュカが写真の存在を知らなかったため(まあ、無いよね)と思い込んでいたのだが、実際に街に行ってみれば、きちんとした『紙』があるし、それを使った印刷物もある。


 何より、この世界には『魔力』という、とんでもエネルギーが存在しているわけだ。


 ならば、科学力で何かを成すまで文明レベルが育っていなかったとしても、魔力というファンタジーで殴って実現できるかもしれないじゃないか、マサシはそう考え、もしかしたらば写真機もあるのではないかと考えたのだ。


 そして、それが最先端技術であればどうだろう。


 一般庶民にはまだ全然馴染みが無く、上流階級の人間や、それに関わる者たちにしか存在が知られてないのかも知れない。


 その可能性に賭け、無かったら無かったで良いやくらいの気持ちで写真機を見せたらビンゴだ。


 リリィは知らなかったが、アルベルトとライオットはしっかりとそれを『写真機』と断定した。


 特にアルベルトは実物を見たことがあるようで、マサシは(流石商業ギルドのマスターをやっているだけはある)と感心をした。


 さて、なぜ写真が存在するか確認したのかといえば、それはリリィの反応に答えがあった。


 マサシがいくら写真を見せたからと言って、それを写真だと知らないものが見れば『精巧な絵である』そう判断するだろう。


 絵であればどんな物だろうと『想像で』描けてしまう。写真を見せ、どれだけこれは真実であると訴えても証拠として使うことが出来ないわけだ。


 しかし、写真という物が存在し、それを理解できるものであれば話は別である。


「これは前置きでして……こちらをご覧ください……」


 マサシがアルベルトに渡したもの、それはマサシが趣味で撮影し、カメラ屋でプリントしてもらった写真たちであった。つまりは『日本の日常的な景色』であり、マサシにとっては非常に見慣れた、少々懐かしく感じる景色。


 しかし、アルベルトから見れば……。


「マサシ君これは一体……どこの国……いや、なんだい?」


 この世界は地球で言う所の十七世紀末期~十八世紀あたりをに近い文明レベルであるようだ。


 魔物と魔法が実在していたり、文明レベルが一部の分野において発達していたりするため、厳密に同等であるとは言えないのだが、それでもそんな世界において、マサシが撮影した二十一世紀の日本の写真には、明らかにこの世界の文明を超越した高度な生活が写されていた。


 いくら世界が広くとも、いくら未知の大陸があろうとも。


 このように高度な文明を築いて居る大国があるとはアルベルトには思えなかった。なので国ではなく、『世界』と言い直した。


 その反応にマサシは喜んだ。


 流石アルベルトさん、話が早い! と。


「アルベルトさん、そしてライオットさんにリリィさん。俺と交わした契約の三つ目を思い浮かべて下さい」


 三人の思考の中に以下の文章が思い浮かぶ。


【以上を含め、マサシが開示を認めたもの以外での『この大陸に到着した以前のマサシに関わる情報』の開示を禁ずる】


「その契約を取り交わした時点で、皆さんに何処まで俺の情報を明らかにするのか決めかねていたため、広く縛れる様にそのような回りくどい契約をさせていただきました」


 そしてマサシは語る。


 とある事情でこの土地に自宅ごと『転移』してきた『異世界人』であること。


 その際、とある存在から様々な能力を与えられたこと。


 予めこの土地から転移出来る場所として『タトラ大森林』が登録されていて、その縁があってリュカと出会い、その近隣にあった『ラナール』に向かうことになったということ。


「なるほど……この土地がマルリール大陸の外ということであれば、私と会う前に居た場所、つまりこの土地の情報を誰かに話すことは出来ないし、さらにそれ以前に居た異世界の情報も話せない。そういうわけか……なかなか上手に契約したもんだね」


 何だかおかしそうにクツクツと笑うアルベルト。


「正直なところ、俺が持つ知識は世界に大きな影響を与えてしまいそうなので情報を明かすのは迷ったんです。でも、アルベルトさん、貴方は契約魔導紙まで用いて約束をしてくれました」


「……私は君が言うほど立派な人間ではないし、何より商人だ。君の家や持ち物、知識にはそりゃもう興味が尽きないよ。でもね、恩人として、友として。君を食い物にしようとは思わない。心からそれを信じてもらうため、あの契約は必要だったのさ」


「はい、そんな貴方になら、全てを打ち明けて良き相談役になってもらったほうがいい、そう思ったんです」


「ああ、喜んでやるとも。は協力を惜しまない。そして決して裏切らないと誓うよ」


 マサシはその言葉を真実だと確信し、嬉しさに笑みをこぼした。


「俺がこの世界にいつまで居ることになるのかわかりませんが、いる間はこちらの世界の発展に協力をしたい、そう思っています」


「砂糖をうちに持ち込んだのもその一環かな?」


「それは……まあ、結果的にそうですかね? 食以外にも、何らかの技術や知識は提供するつもりですので、その辺は追々相談をしながらですね」


「なんだか……マサシ君って神様が遣わした使徒様みたいな存在だよね」


「そ、そんな大層なもんじゃ無いですよ……技術提供するのも……その、お金になるなとか、砂糖が広まれば街で美味しいお菓子を食べられるようになるなとか……そういう下心のほうが大きいですし」


 アルベルトはそれに嬉しそうに頷いた。


「ははは、清廉潔白な人よりも、それくらいの人のほうが好ましい、僕はそう思う」


 改めてこれからもよろしくと、マサシと握手を交わす。


 そしてちらりとマサシの隣に視線を送ると、ニヤリと笑いながらマサシに質問をした。


「しかし、君はほんと縁というものに恵まれているね」


「縁、ですか?」


「ああ、初めて出会ったこちらの住人がリュカくんだ。それは凄く幸運な事だと思ってね」


「確かに。あの日リュカと出会っていなかったら、俺はまだこちらの言葉を話すことは出来なかっただろうし、下手をすれば街の門番と意思の疎通が出来ず、牢に入れられていたかも知れないですね」


「あり得るね。もしもそうなっていればこの場は無かった、いや私もあの日あそこで命を失っていたことだろう。リュカくんとの出会いは我々にとって、世界にとってありがたいものだったと言えるね」


「そ、そんな事ないんじゃないかな! ほら、例えばさ、銀の牙なんかとばったり会っていて、おんなじ展開になってたかもしれないし!」


「いや、俺はリュカだからここまで上手く行ってるんだと思う。銀の牙の事はもう友人だと思ってるけど、リュカほど安心して心を許せる相手かと言えばそうじゃないしね

 リュカは俺の先生であり、師匠であり……なにより掛け替えのない大切な相棒だよ」


「も、もう! マサシは! もう!」


(ふふ、お熱いことで)


 ニヤニヤと笑い、そのやり取りを楽しむアルベルト。


 マサシはそれには気づかず、感謝の言葉を吐き出しまくってリュカの顔を真っ赤に染め上げていくのであった。

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