第52話 見学

 アルベルトを家に招き、今後の付き合いを円滑にするために敢えて『異世界人』であることを明かしたマサシ。


 驚くだろう、むしろ信じないかも知れない。そう思っていたマサシだったが、アルベルトはマサシが手渡した写真アルバムを一通り眺めると、マサシの言葉を真であると簡単に信じてくれた。


 契約魔術を使用してまで契約した機密保持。これほどの情報ならさもありなんと納得していたのだ。


 一通り事情の説明が済んだマサシはいよいよ蜂蜜や素材の話を……と、なるはずだったが、アルベルトたっての願いで家の案内をさせられる羽目になった。


 そう、ここに来てからずっとちらちらとアルベルトの視界に入っていた『魅力的な未知の物たち』への興味がとうとう爆発してしまったのだ。


「マサシ君。折角の機会なんだ、是非異世界で作られた家の中を案内してくれないか」


「えっと、一般的な普通の家ですよ? 何も面白いことは――」


「何を言っているのかな? この家はこちらの世界よりも数百年は先の未来をゆく技術力の結晶なんだよ? 君にとっては普通でも、我々にとっては神の技術とも言える至高なんだよ!」


 食い気味に迫られ、熱く語られて。


「僕は商人だ。だから君の家にあるものを見て、これは実現可能な異世界技術だと感じたものは好奇心から再現したくなるだろう。けれど、例え魔術契約が無かったとしても、私は決してここで見たものを勝手に再現しようとは思わない。君の許可なく外部に漏らすことは決してしないから! どうか、どうか――」


「わー! ア、アルベルトさん少し落ち着いて下さい。別に構いませんから!

 それに……あちらの世界のものをこちらに持ち込むなとも言われてませんし、この家にあるのは概ね生活用品で、戦争につながる危険な道具は無いので……気に入ったものがあれば協力しますし、勿論開示許可も出しますから……っていうか、そういうお話をしてたじゃないですか」


 マサシは自分の考えをアルベルトに改めて説明する。


 先に言った通り、自分がこの世界で快適に暮らすためになる事であれば、惜しみなく情報は提供する。


 魔術契約には『マサシの許可を得られれば、それに関しては自由に技術や知識の取り扱いができる』様に、それらは個別の開示許可が出せるよう記されている。


 平和に利用できるものならば、人々の生活が豊かになるものならば喜んで許可を出すので、そこは商人としてよしなにして下さいと。


 そして最後に改めて


『どのような形にせよ、この世界の戦争に変化が起こるような情報はもたらしたくない』


 そう付け加えてアルベルトに頭を下げる。


「手に余る力は身を滅ぼす原因になりますが、うまく付き合える物であればその限りではありません。異世界人である俺は真の意味で余所者……そんな俺と対等に付き合ってくれようとしている貴方はありがたい存在です。

 アルベルトさん……良きパートナーとして、今後も末永くお付き合いしていただけると嬉しいです」


 それを聞いて逆にかしこまるのはアルベルトだ。


「いやいやいや! 頭を下げるのはこちらだよ! どうか頭を上げて下さい。良きパートナーとして末永くお付き合いしたいのはこちらなんですから……!」


 そんな二人の会話を見てリリィが妙な笑顔を浮かべる。


(なんだか……不器用な二人のプロポーズを見てる気分だわ……ぐふふ……)


 リュカも同じようなことを考えてしまったようで、顔を赤くして俯いている。


(やれやれ……マサシ様も旦那様も……もう少し言葉を選べばよろしいのに……)


 ライオットすら苦笑いを浮かべている。会話の妙に気づかないのは当事者二人だけであった。


 結果的にアルベルトとの話し合いはスムーズに終わり、マサシが持つ異世界の所有物や知識を元に何かを作った際、純利益から一定の割合がマサシに支払われるという契約を結ぶ事に決まった。


 マサシとしてもこの方式はありがたかった。


 権利を大金で売る契約だった場合、売れなかったり、実現出来なかったりしたらと考えると胸が痛むからだ。


「さて、早速だけど案内してもらおうかな?」


「あ、そうでした……なんか熱く語っちゃいましたけど、家の中を案内するって話でしたね」


「まったく……マサシはもう少し言葉をさ……そういう趣味があるのかと思っちゃうくらい……」


「うん? リュカ、なにか言った?」


「べ、別に!」


 というわけで……マサシはずらずらと人を引き連れ、まずは違いがわかりやすいキッチンへとやってきた。


 この世界にも上下水道はきちんと存在している。


 流石に施設で浄化された水が出るというわけでは無いが、上水路から水を汲み上げる蛇口と同等の魔導具があるのだ。


 上水道を通る水は、清浄とされる水源地から流れているため、一応はそのまま飲んでも平気である事になってはいるが、その水源地で何かがあればその限りではないため、本当は煮沸してから飲んだほうが安心だ。


 現に、小さな事は気にしねえ! なんて豪快な人間以外の殆どの者は、なるべく煮沸してから飲むよう気をつけているし、飲食店で出される水も一度煮沸した物を使っていたりする。


 その点、下水道はある意味では地球より優れていたりする。


 キッチンの排水口やトイレから落とされたゴミや汚物を含んだ水は、下水道内に生息するスライム達により分解・浄化された後、川に流れ込むようになっている。


 スライムによる浄化作用は凄まじく、下水が川に到着する頃には一切の汚れが含まれない、清浄な水に変わっているのだ。


 その御蔭で川が汚染されることはなく、街に嫌な匂いが漏れ出したり、病原菌の温床になったりする事もなく。


 下手な地球の都市よりも余程清潔な街作りがされているのであった。



 したがって、水道に関しては生水がそのまま飲めるくらいしか驚かれることは無かったのだが、水道に付属している技術に関しては別だった。


「この青いレバーを押すと水が流れますが……水を出したまま赤いレバーをゆっくりこちらにひねって下さい」


「水が出る魔導具だろう……? 他に何が……むっ! これは……お湯か……?」


 そう、給湯器である。


 どうやらお湯を作り出す技術は存在していなかったようで、とても驚き嬉しそうにしている。


 マサシが『炭のような石』と称していたのが火属性の加護を持つ石で、それが熱を放つ事は広く知られているし、実際に調理に使ったり、風呂を沸かすのに使ったりはされているのだが、それをそのまま『使用する』するのが関の山。


 魔導具に組み込んで火力を調節したり、お湯を出せるようにしたりする研究はされているらしいのだが、制御が難しい性質を持っているらしく、未だに実用化はされていないらしい。


 それが常識である世界の住人達が見たのが給湯器である。


 さらに、それに続けてIHコンロまで見てしまったのだから大変だ。


 見た目はただの台でしかないそれに、フライパンを乗せるマサシを不思議そうに見ていたリリィだったが、やがてパチパチと油が跳ねる音が聞こえ始めたから驚いた。


「えっ? えっ!? なんで? なんでフライパンが熱くなってるんです!?」


 きちんと調理が出来る証拠にと、冷蔵庫から玉子を取り出すと、手早く甘い卵焼きを作って見せる。


「はいどうぞ、せっかくなので召し上がって下さい」


 一番前で見学をしていたリリィにそれを差し出すと、まだ何か信じられないという顔をしていたが、恐る恐る卵焼きを口にし、顔を蕩けさせていた。


「わぁ……ふわふわで甘い……卵ってこういう使い方も出来るんですねえ」


「ちなみに今玉子を取り出したのが冷蔵庫……ああ、こちらの世界にも魔導具でありましたね。あ、でも冷凍室はもしかしたらないのかな? えっとこっちに入れたものはカチコチに凍結するので、より長持ちさせられるんですよ。氷も簡単に出来るので――」


 気軽にあれやこれやと説明をするマサシに既に三人の理解が及ばなくなってきていた。

 

 そしてマサシは止めの一発を使ってしまう。


「で、この冷凍室に入っているのがこの……冷凍食品です。これは長期保存を目的とした加工食品で、その名の通りカチコチに凍っています」


 マサシが取り出し、三人に見せたのは冷凍のエビグラタンだ。華やかな包装にまず目を奪われていたが、そこから出てきた物は石のように固く凍り、どう考えても直ぐには食べられそうがない代物。


(あの包み紙の写真をみるからに、あれはきっと美味しいものね……でもあれ、溶けないと食べられないんだよね? あれだけカチコチだと居るうちには無理そう……ああ、食べたかったなあ)

 

 流石にこれは見せるだけなのだろうと、リリィががっかりしていると……


 マサシは『グラタン』を何か扉がついた金属製の箱のような物に入れた。


 それに触れる度、何やら音がすることから『もしやこれも何らかの調理器かもしれないと』三人は推理をする。


(ふむ……もしやあれはオーブンのようなものでしょうか? 予熱もなしに入れていたようですが……あれだけ凍結している物がどうなるのか想像もつきませんね)


 その形状からライオットが鋭い推理をしたのだが、流石に正確な答えまでたどり着くことは出来なかったようだ。


 間もなくして、ブゥンという低い音が聞こえてきた。


 思わず顔を近づけようとした三人を止め、マサシはなにかの表示を指さした。


「ここの数字が0になったら完成ですよ」


 指し示した部分は徐々に表示が変化していた。マサシが『数字』と呼んでいたことから、この文字は時間を現しているのだろうとアルベルトは判断し、およそどのくらい掛かるのかたずねる。


「そうですね、全体で四分……あっと、時間の単位は……ああ、翻訳されてるのか……ええと、四分ですが、今喋ってる内に残り二分になってますね」


「「「二分?」」」


 この世界における一日や一月、一年の長さは厳密には地球と異なっているのだが、翻訳スキルの妙でそれは補われている。


 そしてやはり四分という、雑談をしている内に過ぎ去ってしまうだろう短い調理時間であの氷塊が料理として蘇るという事はにわかに信じられなかった。


 しかし、賑やかな音とともに調理終了が告げられ、マサシが扉を開くとモワッと熱い湯気が吹き出してきた。


「むむ、すごいなこれは……この中は非常に熱くなるのですか?」


「こいつはオーブンにもなりますが、グラタンを温めたのはちょっと違う仕組みですね。説明が大変なのでそこは申し訳ないですが……」


 アチアチとグラタンをテーブルに乗せ、三人で少しずつ味見をして感嘆の声を上げていた。


(キッチンだけでこれだぞ……? 他の部屋に行ったら我々はどうなってしまうのだろう?)


 アルベルトはマサシの家に興味が尽きぬ反面、自分の心臓が持てば良いなと苦笑し、先程から静かなリュカは、なんだか懐かしい気分に浸りながら三人を温かい目で見守っているのであった。

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