第53話 握手

 マサシ屋敷で一通り心の臓を揺さぶられたアルベルト一行は、精も根も尽き果ててリビングのソファに沈み込んでいた。


 未知の情報に脳を焼かれ、既にお腹いっぱいになりつつあるのだが、マサシは容赦なく追撃をしているようだ。


 リビングの五十型テレビに映し出されているのはG社のストリートビューアーだ。


 まるで、その場にいるかのように景色を眺めたり、移動できたりするそのアプリで表示されているのはマサシの地元。


『田舎なんでこんなもんなんですよね』と、アプリで地元を案内しているのだが、アルベルトたちからこぼれるのはため息ばかりだ。


「これで田舎……マサシ君が住む世界は本当に凄まじい所なんだね。

 道は何処を見ても綺麗に舗装されているし、それも継ぎ目がない素晴らしいものだ。

 そこを走る馬車には馬がなく、恐ろしい数が列をなしている。

 そしてどの建物を見ても必ずガラスが使われているし、その透明度の高さと言ったら!」


 都会を見せてしまえば、ショックが強すぎるのではないかと自分の地元である地方都市……人口六万人程度の田舎町を見せることにしたのだが、それはそれで刺激が強かったようだ。


 なにしろ、彼らの目に映る異世界の街には、現代の技術力では実現出来なさそうな物が溢れているわけだ。


 仕組みや製法すら想像がつかないような『ヤベエ』物がわんさか溢れすぎていて、他国に比べてそれなりに先進的であると思っていた自国が途端に色褪せてしまった。


 そんなぼやきが思わず口から出ると、マサシはそれは違うと首をふる。


「あちらの世界は三百年から六百年くらい未来の世界だと思って下さい。

 かつてはこちらの世界と類似した文明レベル……いえ、魔力がない分劣っていたうちの世界が今やこうなっているんです。魔力という素晴らしい物を備えたこちらの世界なら、あっという間に追いつき追い抜けるかも知れませんよ?」


「そうかも知れませんが、しかし『今』を比較すると、その技術力に膝をついてしまいます……いやはや、こちらにやってきたのがマサシ様なのが幸運でしたね、旦那様」


「そうだね……マサシ君のように善良な異世界人だからこそ、僕らはこうしていられる。

 もしもマサシ君が征服欲に満ちた者だったら、それも戦争に使える道具を多数備えた建物と共に現れていたら……きっと今頃は『魔王』として恐れられていたかも知れないね」


「マサシが魔王……くくく……」


「俺が魔王……似合わなすぎる……」


「あーっはっはっは、おっかし。魔物を率いて王都に攻め入るマサシを想像したら……もう、我慢できない……くくく……」


「リュカ……似合わないのはわかるけど、そんな笑うこと無いだろ!

 ……まあ、前にもいいましたけど、俺にはそんな野心はないですからね。

 そんなのがあったら、あの方もこうしてここに送り込んでくれなかったでしょうし」


(でも……俺だって世界を狂わせてしまう可能性も無くはないんだよな)


 マサシが所有している地球由来の物や知識。


 それは無限の財を生み出す宝箱に等しい。


 それを得られる者は大きな財を成し、その者を抱える国は大きく発展していくことは間違いない。


 文化が発展すること自体は問題はない。


 問題なのは、それを抱える事が出来なかった者はどう思うだろうか、国はどう思うだろうか。


 それを羨み、妬み、その宝箱を得ようと画策するかもしれない。

 

 ……そう、戦争の火種になりかねないわけだ。


(でも、折角だから知識チート見たいのもやってみたいんだよな……

 そうだ、こっそりあちこちにばら撒けばいいんだ。情報の出処が俺だってバレないよう、魔術契約で縛った協力者を各国に作って、その国の特色に合わせた知識や技術を平等にばら撒けば……うまくいくんじゃないか?)


(全部欲しい欲張りさんが現れたら……ううん、アルベルトさんと相談してからだな)


 面倒くさくなってきたマサシは、アルベルトに投げることに決めた。


(これからの事は後から相談するとして……まずは目先のことからだな)


「えっと、今まで見てもらったのは、元々この家が持っていた機能と、向こうの店で買った家電――こちらの世界で言うところの魔導具達ですが、今からお見せするのはこちらの世界に来る際に『ある御方』から授けてもらった機能です」


『こちらの世界に来る際に』 『ある御方』


 この二つの単語にピクりと反応をする三人。


 異世界に住まう者を召喚できる存在。

 

 召喚された者に能力を授けられる存在……


 召喚をするだけであれば、何処かに隠れ住む大魔術師ならば、もしかすれば可能かもしれない。


 しかし、能力を授けられる存在となれば相手は人類ではなく上位存在、そして恐らくそれは……


 

(マサシ君は否定してたけど……絶対使徒様だ……)

(あの御方とは、この世界を創られたとされる女神様でしょうなあ……)

(マサシ君は使徒……じゃあ、もしかしてここは神域だったり……?)

 

 三人がほぼ同じ事を考えているが、一名ほどさらに飛躍してしまって顔を青くしている。

 その様子をリュカは苦笑を浮かべながら見守り、マサシは特に気にせずに三人を立たせると、次の見学ポイントへと案内した。



「これは押入れと言って、元々は布団等をしまうスペースだったんですが……今ではこの通り、無尽蔵に保存できる倉庫に変わってしまったんです」


「む、無尽蔵にね……はあ、転移と言い、倉庫と言い。つくづく商人として羨ましい存在だよ君は……本気でやれば世界一の商人になれるんじゃないかな……」


「俺はあくまでも商売をするために便利な『道具』を持っているに過ぎません。

 それを上手く収益に繋げるためにはアルベルトさん、あなたが必要なんです」


「マ、マサシ君……っ!」


(だんだん旦那様とマサシさんが恋人同士に見えてきたわ……)

(マサシ……本当にそっちの趣味は無いんだよね?)


 ジト目で見つめるリリィとリュカ。


 何か変な目で見られているな? と、何かを察したマサシだったが、それがナニカなのまではわからず首を傾げる。


「それで、本題に入りますが……」


「……この家と君の正体を明かすのが本題じゃなかったんだね……」


「あはは、それはあくまでも前置きでして。今説明した物置、ストレージと言うものなのですが、それには中に入れたものを『解体』する機能がついているんです」


「もう何を言われても驚かないと思ってたけど……そんな機能までついてるのかい? ああ、なるほど……あの蜂蜜はそれを使って用意したというわけか」


「はい、そうなんです。それを説明するにはストレージを明かさなければいけない。ストレージはこの家から動かすことが出来ない。この家を見せれば、俺の正体も明らかになるだろう……そのために秘密を守ってくれると確信できるまでお話できなかったんです」


 なるほどと、疲れた顔をするアルベルトだったが、蜂の巣を襲撃したということは……と、マサシに確認をすると、予想通り『そのお話もしたかったんです』嬉しげに言われた。


「そうだよね……やっぱりレッド・ビーの素材も大量にあるよね……あ! いいよいいよ! いくつあるか言い直さなくても! 後で落ち着いてから書面で見せてもらうから!

 あ、でも討伐証明となる部分、レッド・ビーだと大顎だったかな。それはギルドに卸したほうが良い。量が量だけに凄い反応されるとおもうけど、君たちのためになるからね」


「僕達のため?」


「うーん、ここだけの話にして欲しいんだけど、冒険者ギルドは密かに登録者に評価点をつけて記録しているんだよ。

 例えばさ、見た目だけ立派な素人と、そこらの町人と変わらない見た目のベテランがいたとして、どちらに護衛を頼もうかと慣れば大体の人は立派な素人を選んでしまうだろう?」


「そうですね。冒険者の力量が視覚的にわかるランクという仕組みが無いわけですからそうなってしまうでしょうね」」


「いや、ランクはあるんだよ。ただ非公開なだけでね。評価点を元に格付けがされていてね、ボードに貼り出せないような依頼はそれを元に適切な冒険者を呼び出して交渉するんだ」


「あー、やっぱあるんですね、指名依頼。ギルドや国、貴族等から出されるような、機密性が高かったり、難易度が高かったりする類のですよね」


「そ、そうなんだけど……マサシくん見てきたように詳しいね……? まあ、その手の依頼をするためにね、実はこっそりと冒険者たちを査定しているというわけさ。

 これはほんとに秘密だよ? 皆が知っちゃったら査定のためだけに効率だけを求める冒険者だらけになっちゃって良い結果にならないだろうからね」


「勿論、秘密は守りますよ。なるほど、ランクは無いって聞いてたけど実はちゃんとしてるんだなあ」


「流石にこれは僕も知らなかったな。でも確かに理に適ってるよ。やるなあギルド」


(なんとか納得してもらえてよかったよ……。

 商業ギルドうちと冒険者ギルドの後ろ盾があれば、貴族や王宮からもある程度守れるからね)


 アルベルトはほっとため息をつく。


 なるべくマサシという存在が大きく目立たないように手を回すつもりだったが、マサシの性格と、この家の事を思えばきっとアルベルトだけでは手が回らない日が訪れる。


 となれば、役に立つのが冒険者ギルドだ。


 ギルドにとって有用な存在となれば、冒険者として活動を続けられるよう、冒険者が特定の勢力に取り込まれぬように保護をしてくれるのだ。

 

『ギルド』と名がつくものは国家を跨ぐ独自の自治権を持つ団体だ。


 そのためいくら国家とは言え、おいそれとギルドから登録者を強奪することは出来ない。ギルドに喧嘩を売ってしまえば、各ギルドがもたらす恩恵を受けられなくなってしまうからだ。


 それでも、貴族のわがままで無理やりどうにかされてしまう事はなくはないし、ギルドも好き好んで国や貴族と喧嘩をしたいわけではないから、余程酷い状況ではない限りある程度は見逃すようにしていたりする。


 しかし、ギルドから重要人物であると判断されれば話は別だ。

 

 何かあれば真っ先に抗議が飛び、場合によっては闘争だ。

 

 といっても、物理的な物ではない。


 ギルド施設の一時的な撤退という形で制裁を加えるのだ。


 街の商業が回らなくなり、街が魔物から守られなくなる。


 それを恐れない領主など居ない。



 ギルドの中でも強い力を持っている商業ギルドと冒険者ギルドの二箇所の後ろ盾があれば、マサシの護りは盤石なものとなる。


 そして、それはマサシが考えている『各地に協力者を作って知識や技術を少しずつばら撒いて文化の発展をお手伝いする』という密かな野望の手助けになる事だろう。



「それでは、今後も末永くよろしくおねがいしますね!」


「ああ! こちらこそ!」


 改めてアルベルトと握手を交わし、夕食を御馳走した後、幸せなのにどこか疲れた様子の三人を家に送り届けた。



 そして、ここからは久々であるリュカとのゆっくりとした時間だ。


 ……つまりゲームの時間である。


「ねえねえマサシ。喋るゲームって他にもあるんでしょう? パソコンにもなんか入ってるみたいだしさ、もっと色々やらせてよ」


「パ、パソコンのは……リュカにはまだ早……早くないかも知れないけど、うん、とりあえず今日はこのベルセリアをやってみようか」


「おお、名前がグレイセスfに似ているね? もしかしたら同じシリーズなのかな?」


「話に繋がりはないけどね」



 呑気なマサシが知らない所でどんどん話が大きくなっているのだが、それにまだ気づかない。


 上で見ている女神ムギエラールは、そんなマサシをハラハラ、ワクワクと見守りつつ


ムギ「そろそろベータテスターを増やしてもいいかも知れないわね」

パン「え、ムギちゃんが設定したパーティ加入条件で似たような感じになってない?」

ムギ「あっそうか。マサシくんの周りは実質テスターだらけなのか……」

パン「まあなるようになるわよ。うちのユウも結局なんとかしちゃったし」

ムギ「じゃあさ、マサシくんが仲間認定した子の権限をこうしたらどうかな?」

ブー「良いんじゃない? ウイルスみたいにジワジワ広がりそうでー」

ムギ「……大丈夫かな?」

パン「ああ、天罰フラグ仕込めばいいのよ。ライン超えの悪事に使ったら…」

ブー「身体が木っ端微塵に……」

ムギ「ヒェ」

パン「こわっ! そこまでしなくていいわよ! システム取り上げくらいでいいの」

ムギ「なるほど垢BANか……うん、それならレベル・スキルシステムを広めても平気かも……」


ブー(レベル・スキルが一般的にな世の中になったら『垢BAN』って死ぬよりキツい罰になるわよねー……ラインをどの辺に定めるか次第だろうけど……ミスったら面白いことになるわねー)


 なんて、マサシが聞けば顔を青くするような会話をしているのであった……

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